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「英雄のしつけかた」 2章 英雄と呼ばれる男
37. 不滅の丘 2
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「王都のこんな近くにこんな素敵な場所があるなんて、わたくし、知りませんでしたわ」
深呼吸をした後で、できるだけ優しい表情で微笑んでみせた。
ガラルドは別に感慨を抱くではなく、いつもの尊大な調子でうなずいた。
「それはそうだ。惑わされない奴しか来れない」
街道の整備されていないこの場所に来るまでは魔物もいたずら好きの妖精も出る。
だからこそ、神聖な力に満ちた聖地だとわかっていても、恵みの森同様に好んで足を踏み入れる者は少ない。
精霊も住んでいると説明されたが、異形の住みかには程遠いので、ミレーヌはとても不思議だった。
人間以外の存在は、神の他は関わってはならないものだと教わっていたけれど。
善きものと悪しきものがいるのかもしれない。
ミレーヌの表情で考えていることを読んだのか、ガラルドは淡々と言った。
「普通の人に判断できるもんか。どっちもおまえにとっては、そんなに変わらん。俺から離れるなよ。ここにいるものは善きものだが、人をからかって遊ぶからな」
ハイ、とミレーヌはうなずいた。
命には関わらなくても、それなりに危ないちょっかいも出されるのだとわかった。
それでも。
この丘には魔の気配一つなく、誰も近づかないのが不思議なほど、聖別された神殿のように清浄な空気に包まれていた。
季節すらないのか、桃とリンゴとオレンジが並んでいるのをひどく不思議な思いで見つめた。
これが創世の力を残す場所である片鱗だと、ガラルドが延々と哲学的な説明をしかけたが、けっこうですわとミレーヌは断った。
ガラルドは少しだけ惜しいと言いたげな顔をしたけれど、そうかと言葉を納める。
語ったからと言って利があるわけではない。
なぜここに創世の力があるのかなんて、歴史から説明されてもミレーヌには理解できず、知っても生かす機会はやってこない。
ガラルドも知的な面を見せて尊敬されるならいくらでも語り続けるが、渋い顔をされて終りだとわかっていると面白くもなんともない。
二人きりで美しく綺麗な場所を丸ごと楽しめたら、それだけで良かった。
「ほら、持って帰れ」
ガラルドはオレンジをいくつか木からもぐと、ミレーヌに投げた。
目的はこれだと言いたげな表情だった。
本当にチキンのオレンジソースを食べる気満々なのだ。
ミレーヌは「どうかこの恵みをおすそ分けください」と祈ってから、必要なだけかごに詰めていった。
その様子をしばらく楽しそうに観察していたけれど、ガラルドはリンゴをかじりながらゴロンと横になった。
そして、こずえを渡る風を少しだけ見ていた。
「皆が言うのに俺は変わっているらしいが、おまえも相当変わっているな」
独り言のような口調で、そんなつぶやきをもらす。
ミレーヌがそちらへ目をやると、ガラルドはさっき傷一つなかった右手を見つめていた。
「失礼ですわね。ガラルド様から見て変わっているなら、普通ですわよ」
ツン、とミレーヌが横を向くと、ガラルドは上体を起こして腕を組んだ。
今度はまともにミレーヌを見た。
不服そうな顔をしている。
「ほらみろ。まったく気にせず、俺をボコボコ殴るし、心配までして。おまえ、相当おかしいぞ。俺がどういう存在か見ただろう?」
常日頃から奇人だと思っている相手に、類をみない変人扱いされてミレーヌは眉根を寄せた。
「心配してはいけませんの?」
キッと睨みつけた。
「あのぐらいで怖がる方がおかしいんです」
ケンカ腰のままはっきり言われて、ハァッとガラルドはため息をついた。
「そこが変だ。派手に見せただろう? 恐ろしがってくれねば意味がない」
え? とミレーヌは首をかしげた。
「あれは抑止効果だ。おまえには通用せんが」
「わざとなんですか?」
ミレーヌはびっくりしてしまった。
「当たり前だ。俺の力を見せつけて、流派に手を出すのは割に合わないと思わせねばならん。そうでなければ、異国にいる双剣の使徒の身や、その家族の身にまで危害が及ぶ」
本気で目立ちたくないなら最初にいた場所から動かずに倒すことも可能だし、誰にも気づかれず人目につかぬ所に引きずり込んで再起不能にだってできると胸を張った。
指一本でやっているとわざわざわかるように見せつけて、派手に動いたのにも理由がある。
公共の場で暴漢を半死半生の目にあわせるのだって、作戦の一つでしかない。
ガラルド自身だけではなく、東流派への畏怖を民衆へ植えつける狙いがあった。
素手であれだけのことができるのを見れば、剣を抜いたらどうなるかを勝手に想像して、尾ひれのついた噂を数多くつくる。
頼まなくても、ガラルドや東流派と対抗したくないと、勝手に恐れてくれるだろう。
ガラルドや東流派とは戦いたくないと思わせておけば、無駄な争いだって減るのだ。
流派は退魔の方法だが、名をあげたいだけの人間にも目をつけられる。
腕試しだのなんだのにいちいち付き合っていたら、一日が一〇〇時間あっても足りやしない。
そんなことをガラルドは語った。
深呼吸をした後で、できるだけ優しい表情で微笑んでみせた。
ガラルドは別に感慨を抱くではなく、いつもの尊大な調子でうなずいた。
「それはそうだ。惑わされない奴しか来れない」
街道の整備されていないこの場所に来るまでは魔物もいたずら好きの妖精も出る。
だからこそ、神聖な力に満ちた聖地だとわかっていても、恵みの森同様に好んで足を踏み入れる者は少ない。
精霊も住んでいると説明されたが、異形の住みかには程遠いので、ミレーヌはとても不思議だった。
人間以外の存在は、神の他は関わってはならないものだと教わっていたけれど。
善きものと悪しきものがいるのかもしれない。
ミレーヌの表情で考えていることを読んだのか、ガラルドは淡々と言った。
「普通の人に判断できるもんか。どっちもおまえにとっては、そんなに変わらん。俺から離れるなよ。ここにいるものは善きものだが、人をからかって遊ぶからな」
ハイ、とミレーヌはうなずいた。
命には関わらなくても、それなりに危ないちょっかいも出されるのだとわかった。
それでも。
この丘には魔の気配一つなく、誰も近づかないのが不思議なほど、聖別された神殿のように清浄な空気に包まれていた。
季節すらないのか、桃とリンゴとオレンジが並んでいるのをひどく不思議な思いで見つめた。
これが創世の力を残す場所である片鱗だと、ガラルドが延々と哲学的な説明をしかけたが、けっこうですわとミレーヌは断った。
ガラルドは少しだけ惜しいと言いたげな顔をしたけれど、そうかと言葉を納める。
語ったからと言って利があるわけではない。
なぜここに創世の力があるのかなんて、歴史から説明されてもミレーヌには理解できず、知っても生かす機会はやってこない。
ガラルドも知的な面を見せて尊敬されるならいくらでも語り続けるが、渋い顔をされて終りだとわかっていると面白くもなんともない。
二人きりで美しく綺麗な場所を丸ごと楽しめたら、それだけで良かった。
「ほら、持って帰れ」
ガラルドはオレンジをいくつか木からもぐと、ミレーヌに投げた。
目的はこれだと言いたげな表情だった。
本当にチキンのオレンジソースを食べる気満々なのだ。
ミレーヌは「どうかこの恵みをおすそ分けください」と祈ってから、必要なだけかごに詰めていった。
その様子をしばらく楽しそうに観察していたけれど、ガラルドはリンゴをかじりながらゴロンと横になった。
そして、こずえを渡る風を少しだけ見ていた。
「皆が言うのに俺は変わっているらしいが、おまえも相当変わっているな」
独り言のような口調で、そんなつぶやきをもらす。
ミレーヌがそちらへ目をやると、ガラルドはさっき傷一つなかった右手を見つめていた。
「失礼ですわね。ガラルド様から見て変わっているなら、普通ですわよ」
ツン、とミレーヌが横を向くと、ガラルドは上体を起こして腕を組んだ。
今度はまともにミレーヌを見た。
不服そうな顔をしている。
「ほらみろ。まったく気にせず、俺をボコボコ殴るし、心配までして。おまえ、相当おかしいぞ。俺がどういう存在か見ただろう?」
常日頃から奇人だと思っている相手に、類をみない変人扱いされてミレーヌは眉根を寄せた。
「心配してはいけませんの?」
キッと睨みつけた。
「あのぐらいで怖がる方がおかしいんです」
ケンカ腰のままはっきり言われて、ハァッとガラルドはため息をついた。
「そこが変だ。派手に見せただろう? 恐ろしがってくれねば意味がない」
え? とミレーヌは首をかしげた。
「あれは抑止効果だ。おまえには通用せんが」
「わざとなんですか?」
ミレーヌはびっくりしてしまった。
「当たり前だ。俺の力を見せつけて、流派に手を出すのは割に合わないと思わせねばならん。そうでなければ、異国にいる双剣の使徒の身や、その家族の身にまで危害が及ぶ」
本気で目立ちたくないなら最初にいた場所から動かずに倒すことも可能だし、誰にも気づかれず人目につかぬ所に引きずり込んで再起不能にだってできると胸を張った。
指一本でやっているとわざわざわかるように見せつけて、派手に動いたのにも理由がある。
公共の場で暴漢を半死半生の目にあわせるのだって、作戦の一つでしかない。
ガラルド自身だけではなく、東流派への畏怖を民衆へ植えつける狙いがあった。
素手であれだけのことができるのを見れば、剣を抜いたらどうなるかを勝手に想像して、尾ひれのついた噂を数多くつくる。
頼まなくても、ガラルドや東流派と対抗したくないと、勝手に恐れてくれるだろう。
ガラルドや東流派とは戦いたくないと思わせておけば、無駄な争いだって減るのだ。
流派は退魔の方法だが、名をあげたいだけの人間にも目をつけられる。
腕試しだのなんだのにいちいち付き合っていたら、一日が一〇〇時間あっても足りやしない。
そんなことをガラルドは語った。
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