青い鳥  ~ロクデナシの彼と生真面目な彼女(仮

真朱マロ

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初恋の部・冬真

見えない俺と謎めいた彼女2

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「お客様ですね」

 榊じゃないからほっとけばいいよと言ったのに、アイリーンは玄関を開けたようだった。

「あなた、誰?」

 この声は誰だったっけ?
 甘ったるい感じの女の声。
 つい最近も聞いた気がする。

 記憶から引っ張り出しながら考えていたら、榊の用意した(?)都合のいい返事をアイリーンは口にしていた。

「しばらく雇われた家政婦です」
 動揺もせずに、本当に毅然としている。
 俺は感心してしまった。

「デートの予定だったのに来なかったから」
「お付き合いされてるんですね」

 アイリーンはあっさり来客を居間に通した。
 この近くにいる女は追い払いなさいと、榊まで言い残して帰ったのに。
 すぐに招き入れるなんて、思いのほか気が利かないんだと俺は少しムッとした。

「冬真、大丈夫? 今日は待っても来なかったから、心配してたの。ケガしたって聞いて……」

 スルスルと来客の女が俺にまとわりついてくるので、相手をするのも面倒くさいなと思っていたら、アイリーンが断りを入れてきた。

「あの、今から買い物に行ってきます。一時間ほど出ますけど、欲しい物があれば……」

 ああ、そう。
 俺を置いて本当に出かける気だとわかって、まともに答えるのがどうでもよくなった。

「じゃぁさ、酒と、タバコ」

 銘柄はと続けようとしたのを、アイリーンは冷え切った声でさえぎった。

「冬真君に聞いた私がバカでした。あの、床に張ったテープは、トイレと繋がっています。自分でそのぐらい行ってくださいね」

 テープ?

 俺は首をかしげた。
 このソファーはラグの上にあるけれどと思いながら裸足の足を下ろすと、ビニールテープが本当に床に張ってあった。
 これをたどれということかと、なんだかびっくりしてしまった。

「なに、これ?」
 けっこう床のテープが目立つのか、押しかけて来た女がすっとんきょうな声をあげた。
「バカみたい」

 すぐ横で笑うのを、うるさいと思う。
 ただ、アイリーンは留守番する俺の事もちゃんと考えていたのかと、言葉にできない気持ちで胸が詰まった。

「わざわざそんなことしてたの?」

 確かめようとしただけなのに、ひどく優しい声になって、俺自身が驚いてしまった。
 アイリーンは特別に返事をすることもなく当たり前の調子で、応接セットのテーブルの上にコトンと電話の子機を置いた。

「何かあったら、短縮の1に私の携帯を登録してますから、彼女さんにでも連絡してもらってください。一人じゃないから大丈夫でしょう?」

 やわらかな口調でそれだけ残して、アイリーンは忙しそうに出て行った。
 行かないでほしいと、言葉にする隙もない。
 スイスイと遠ざかる足音も静かだった。

 パタンとあっさり閉じた扉に、女はあきれた声をあげた。

「やだ、冬真。なんなの、アレ?」
 そう言いながら、首に腕をまわされたのが不快だった。

 アレなんて失礼なこと言ってんじゃないよ。
 こいつ、バカなのかな。
 まぁ、話し方も頭が悪そうだけど。

 真夏だというのに、ベタベタと触ってくる。

「なに? 美人だった?」
 出来るだけ不快感を押し殺して、何気ない声を作った。
「初めて来た家政婦なんだけど、どんな人?」

 問いかけると、女はプッと吹き出した。

「やぁだ、そんなの知らない。マスクして、サングラスして、帽子かぶって、変質者よ?」
 身長は高いけれど年齢もわからないし、シャツとジーンズでしゃれっ気もないのでおばさんじゃないのと笑っている。

 なるほど。
 変装のつもりらしい。

 真夏だというのに長袖のUVパーカーまで羽織って出て行ったと聞いて、俺は腕を組んだ。

「完全防備? 普通、そこまでするかな?」

 アレのせいかな?
 このマンションに出入りすることで、俺を突き落とした奴だけでなく、数多い自称彼女に顔を覚えられたら刺されるかもしれない。
 なんて榊が脅していたから、それなりに考えたのだろう。

 ただ、それでは逆に目を引いてしまいそうで、ちょっとやる事がずれている。
 いやいや、おばさん呼ばわりされるぐらいなんだから、雇われ家政婦だとみんな信じるだろう。

 アイリーンは細やかなところまで気を使って行動しているらしい。
 榊と対等に話していたぐらいだから、ちゃんと考えて行動しているに違いない。

「ねぇ、そんなことより、しよ?」
 胸元のボタンを外してくる手を、俺はつかむ。
 思考を中断されて、うんざりした。
「なんで?」

 この女は甘ったるい声をしているけど、どんな顔だったか努力しても思い出せない。
 好きだとか薄っぺらい告白があって、部屋に行きたいとねだられた。
 別にいいけどと答えたら本当に来るので、何回か寝たような気がする。

 寝るときにいつも灯りをつけているけどやることは一緒だし、適当にやり過ごすからどの女だったか顔を思い出せなかった。
 相手なんてどうでもいいから、その程度の印象しかない。

 今日は買い物に行くから家にいないと断った俺に、一緒に選んであげるから待ち合わせしようよと、勝手に場所を決めていた。

 基本的に、アレが欲しいとかコレが欲しいとか、それ以外にはただSEXしたがる。
 そんな女。

 俺がつかんでいるのは、細い手首だった。

 ふと思い出す。
 アイリーンの手は細くても、なにかで鍛えている感じだった。

「今日はダメになっちゃったけど、次の日曜にララ・クロスでワンピを選んでよ……ね、慰めてあげるから……」

 拗ねるように唇を重ねてくる。
 真夏だからか制汗剤かコロンの匂いがきつくて、俺の喉元にキスした時に触れた髪も人工臭がただ不快だった。
 確か同じ学年だけど、クラスは違う。

 なんて名前だったかな?

 顔も思い出せないから、名前なんてもっと思い出せる訳がないんだけど。
 考えながら手を離すと、当然のように俺のボタンをゆっくりと外していく。
 打ちつけてズキズキしている肩までなでまわしてくるから、どうせ俺の痛みやケガなんか、どうでもいいに違いない。

 そう、本当は俺だってこいつのことなんてどうでもいいから、お互い様だけど。

 シャツを後ろに落として、俺の肩を艶めかしく探る動きに、ククッとつい笑いがもれた。
 どんなふうに見えているかわからないけど、包帯でグルグル巻きの俺を見てもケガの程度も聞かずに、いつもと変わらない無神経さが気に障る。
 イラつくから、ひどく凶悪な気分になった。

「俺、いつぶっ倒れるかわかんないらしいよ。このまま死んじゃったらおもしろいだろうね」
 悪意がそのままあふれた声音だったせいか、女の手が止まった。
「冗談やめてよ」

 俺が肩に手をかけて引き寄せると、怯えたように女は身を引こうとする。

「冗談だったらよかったね」
 逃げる前に捕まえて、そのまま押し倒した。

「ある意味、男の理想じゃね? 腹上死って」
 手首をつかんで、クスッと笑った。

「このまま試していい?」

 聞くや否や、突きとばされた。
 悲鳴のように「知らない!」と叫んで、女は転がる勢いで出て行った。

 バ~カと思ったのもつかのま。
 俺は広い部屋の中に、ポツンと一人で取り残されていた。

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