青い鳥  ~ロクデナシの彼と生真面目な彼女(仮

真朱マロ

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初恋の部・冬真

見えない俺と謎めいた彼女3

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 静かだった。
 ソファーに座りなおしても、落ち着かない。
 当たり前だけど、やることがなかった。

 横になって、何度か寝がえりを打ってみる。
 静かすぎて、見えないと自分が起きているのか寝ているのかさえ、あいまいで怖かった。
 夜よりも暗く、視界が闇で埋まっていた。

 応接テーブルの上を探ってみると、いくつかのリモコンがあった。
 音が欲しくてテレビを探しても、よくわからなかったので適当に触ってみる。
 これはエアコンだとか、これはDVDだとか、ありすぎてよくわからない。

 ああ、もう!
 なんでリモコンって同じ形なんだろう?

 なかなか目的のテレビに行きつかないので、とにかく触れたボタンを適当に押しまくる。
 ただ、すぐに適当に触ったことを後悔した。
 変なボタンを押して冷房を切ってしまったのか、非常に室内が暑くなってきた。

 ン? 気温の上がり方が尋常じゃない。
 これ、暖房か?

 冗談じゃないと思ったけれど、慌てていたから探し損ねて、勢い余ってテーブルの下にリモコンが全部落ちてしまった。
 這いつくばって拾っても、見えないのでエアコン用が判別できなかった。
 探すのが嫌になって、リモコンを投げ捨てた。

 暑くて汗が噴き出してくる。
 最悪だった。

 手に電話の子機が触れた。
 俺に応える相手などどこにもいないけれど、フッとアイリーンを思い出した。

 彼女に頼るなんて、どうかしているけど。

 リモコンと一緒に落ちていたのかと思いながら子機を拾って、短縮の1を指先で探った。
 携帯があるから、こんな固定電話なんていらないと文句ばかり言っていた。
 定期的に電話をかける相手も榊ぐらいだし、今まで登録したナンバーは一つもなかった。

 でも、アイリーンは嘘を言わない気がした。
 電話も、本当につながるかもしれない。
 すがるように押すと、呼び出し音が聞こえた。

「はい。冬真君? どうしました?」

 三コールほどで響いた涼しげな声に、思わず泣きたくなった。
 本当につながった。

「アイリーン、助けてよ。もう、ダメかも」

 電話に出てくれただけでひどく安心した。
 思っていた以上にヘニャヘニャで力のない俺の声に、ひどく慌てた気配が受話器越しに伝わってきた。

「え? 大丈夫ですか? 何があったんです?」
 必死にアイリーンは状況を知りたがっていたけれど、説明する気力も出なかった。

「俺、死にそう……」
 そう言って、電話を切った。

 すぐに電話のベルが鳴った。
 アイリーンだとわかった。

 俺はそのままソファーの上に転がると、じっとそれを聞いていた。
 無音でいるよりもずっといい。

 ああ、俺を心配して呼んでいる。
 俺のことだけ、考えてるかな?

 けっこう根気強く鳴っている。
 何度も繰り返しながら、かなり長い間鳴っていたけれど、あきらめたように途切れた。
 しばらく待ったけど、再び鳴らなかった。

 残念、もう静かなままだ。

 少し寂しい気がした。
 俺にとっては当たり前の静けさだけど。

 でも、慣れてるからって、嬉しい訳じゃない。

 もう一度短縮で電話をかけてみようか悩んでいたら、玄関で大きな音がした。
 慌てて扉を何度も引いている。
 うちはオートロックだし、閉まるたびに暗証の必要な鍵が二重にかかるから、そう簡単には入れない。

 それを思い出したように、ガチャガチャと鍵を操作する派手な音がした。
 玄関を開けるなり「冬真君!」と俺の名前を叫びながら、アイリーンは駆けこんできた。

 乱れた足音が居間に近づく。
 歩調が乱れて、今にも倒れそうな感じだった。

「大丈夫ですか? 返事をしてください!」
 荒い息と慌てた声のままバンと勢いよく扉が開いて、一瞬だけ熱気が薄らいだ。
「あつっあっつい。これ、暖房? な、何やってんですか! ちょっと、しっかりして下さい!」

 ひどく乱れた荒い息で、アイリーンの声は上ずっている。
 急いで散らばったリモコンを拾い集めて、エアコンを操作したらしい。
 涼しい風が頬をなでた。

「冬真君? 冬真君! 大丈夫ですか?」
 ダラ~ンとソファーに伸びている俺の頬をペチペチと軽く叩いて、意識を確かめてくる。

「シッカリしてください。聞こえますか?」
 口調は冷静なのに、さっきからゼェゼェと苦しそうだ。

 俺はすぐに寝たふりはやめた。
 ヒョイと起きあがって、ソファーに座った。

「なんか、息、荒いね。すごく汗かいてない?」

 アハハッと笑った俺のからかいに、アイリーンは息をのんだ。
 そのままラグに座りこんだみたいだった。
 ほんの少しだけ沈黙があったけど、かすれた声が絞り出された。

「い、いい加減にしてください。私がどれだけ心配したか……また襲われたとか、倒れたとか、もう嫌なことばかり考えて……ふざけないで」

 そのまま押し黙る。
 ヒューヒューと荒い息のまま、少ししゃくりあげるような奇妙な沈黙に俺は驚いた。

 これって、もしかして。

「……泣いてるの? ね、アイリーン?」

 確かに倒れたフリは悪趣味だったけれど。
 どうして彼女が泣くのかわからなくて、俺は戸惑ってしまう。

 手を伸ばして探したのに、触れることはできなかった。
 スウッとアイリーンの声が遠ざかる。

「もう、ほっといてください」

 反対のソファーに座ったのがわかって、俺は彼女に触れるのをあきらめた。
 ただ、久しぶりに優しい気持ちになった。

「ごめんね。ほんと、ごめん。走ってきた?」

 のんびり歩いていないことなど簡単に予想がついたのに、つい聞いてしまった。
 俺は今まで、誰かに大事にされたり気にされたりする経験などほとんどないので、そんなわかりきった事でも確かめてしまった。

 まだ感情が高ぶっているのかアイリーンは鼻をすすりあげて、憮然とした口調で答えた。

「エレベーターの前で女の人たちが冬真君をめぐってもめてたから、非常階段使ったんです。もう階段なんて二度とごめんですから」
 誰が見舞いに乗りこむかのバトルがものすごくて、とてもエレベーターに近づける状態ではなかったらしい。

「榊さんもおっしゃってましたけど、ちょっとは日常から付き合う相手を考えたら?」
 ひどく棘のある声で怒っている。

 へぇ~そんなことになってるんだ。
 まぁ俺のせいじゃないけど。

「だいたい彼女と一緒にいると思って買い物をしていたのに……一人で、暖房なんてどういうこと?」

 なんて、アイリーンは納得ができないらしく、ブツブツつぶやいている。
 ただ、非常階段だと聞いて、更に驚いた。

「ここ、十二階だよ?」

「だから、階段なんて大嫌い!」
 本気で怒鳴られて、嬉しくなった。

「すごいね。本当に走ってきたんだ?」

 俺のために。
 ひたすら俺のことだけ考えて。
 それって、ほんとにすごい。

 確かめて俺が喜んでいるのがわかったらしい。
 不機嫌に押し黙った後、「片付けてきます」とアイリーンは立ち上がった。

「冷蔵庫に食品を入れてきますから」

 律義に説明してもつっけんどんな話し方だったので、俺はごめんと再び謝った。
 ただ、素直に感謝を表すような、うまい台詞なんて思いつかない。

「ね、後で一緒にお風呂に入ろうよ。なんかすごく汗かいちゃったし、俺、見えないもん」

 ちょっとだけアイリーンは立ち止まった。
 だけど。
 すぐに台所へと行ってしまい、返事がなかった。

 足音から、更に怒ったのだとわかったけど。

 からかっているわけじゃないんだけどな。
 うちのお風呂、普通なら気に入ってもらえるはずなのに。
 広くてジャグジー付だし、今まで側にいた女なら間違いなく喜んでもらえたんだけど。

 なぜだろう?

 アイリーンには、感謝だと通じなかった。

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