青い鳥  ~ロクデナシの彼と生真面目な彼女(仮

真朱マロ

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初恋の部:愛莉

儚い時間3

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 いつものように、私は病院に付き添った。
 だけど、車の中はガラスみたいに透明な空気が流れいた。

 その沈黙を壊さぬように、誰もが無口になっていた。

 診察待ちのベンチに座っている時に、先輩と二人きりになった。
 席を外す時に少しだけ榊さんが目配せしたので、二人になる時間を作ってくれたのかもしれない。
 確かに話すなら今しかないので、勇気を出して問いかけてみた。

「冬真君に、見たいものはある?」
「急に、何?」

 今まで二人してずっと無言だったから、先輩はひどく驚いた顔になった。
 私は肩をすくめるしかなかった。
 確かに、唐突だとは思うけれど。

「聞いた事がなかったから」

 本当は、淡く期待してた。
 もしも、初めて見たいと私を望んでくれたら。
 ずっと側にいたいと、伝えられるかもしれない。

 アイリーンとしてではなく、愛莉の気持ちを伝えられるかもしれない。
 夢と現実を近づける方法だって、考えられる。

 本当の私をさらけ出すのは怖いけど、最初の一歩を踏み出せるかもしれないから。

 だけど。
 先輩はサラリと答えた。

「別に……何も」

 私の都合のいい優柔不断さを知っているみたいに、本当に気のない返事だった。
 私のことだけじゃない。
 見えることも、見えないことも、興味がないようだった。

 先輩にとって、この夢みたいな生活もどうでもいいことの一つみたいだった。

 私はため息をつくしかなかった。
 わかっていたはずなのに、おかしくなった。
 昨日、先輩に抱かれたことが不意に思い出されて、自分の腕を抱いた。

 何を期待していたんだろう?
 夢は覚めるものだから、それ以上を求めるなんてどうかしている。
 バカみたいだ。

 私の様子がいつもと違うので、先輩は戸惑ったようだった。
 言葉を探しているのに、うまく浮かばない顔でいる。

 そのとき。
 榊さんが先輩を迎えに来た。
 ちょっと不思議な表情で私を見た。

 だけどそのまま先輩の手を取って、診察室へと連れて行こうとする。
 いつものように甘えた態度の、綺麗な後ろ姿が遠ざかる。

 不意に、これが本当に最後だと気付いた。
 思わず、その背中に声をかけていた。

「冬真君。今度はきっと、見えるから」

 先輩は軽く振り返った。
 包帯で半分隠れていても、綺麗な笑顔だった。

「どうせなら、榊よりアイリーンがいいなぁ。ねぇ? 見えるようになったら、笑ってよ」

 不意打ちだった。
 欲しかった先輩の気持ちを、確かに貰った。

 ブワッと涙があふれだす。
 また後でねと声にならない言葉が、私の心に届いた。
 その表情は、私が診察終了まで待っていると信じきっていた。

 私は、何も返せなかった。
 視界がにじんで、どうしようもない。

 ごめんなさい。
 もう、ここにはいません。

 こんなところで、声をあげて泣く訳にはいかなかった。
 私は嗚咽がこぼれないように、口元を押さえた。
 榊さんはそんな私を見ないふりをして、先輩と診察室の中へ消えた。

 たった今から、すれ違っても知らない人だ。
 こんなふうに言葉を交わすことすらできない。

 苦しいぐらい好きなのに、近くで見ることもないのだ。
 なんとか苦しい気持ちごと飲み込んでいたら、榊さんが戻ってきた。

「冬真様、見えるようになりましたよ。今まで、ありがとうございました」

 優しい声音で感謝を述べられて、いいえ、と私はかぶりを振るしかない。
 何か話したかったけど、涙をこらえるのに必死だった。
 唇をかみしめることしかできない。

 榊さんはポンポンと私の肩を軽く叩いた。

「もう一晩、別の夢を見ませんか? 真夏の夜の夢です。誰にも邪魔されない、あなただけの時間を贈りましょう」

 そう言って榊さんが手で合図をすると、スーツ姿の男の人が近寄ってきた。
 いつも診察に使う車とは別のリムジン専用の運転手で、今夜のホテルの手配も全てすませているから彼と行くようにと、榊さんは笑った。
 家に帰るつもりだったので、私はさすがに戸惑った。

 行ってくださいと、少し強引に榊さんは背中を押した。

「ここからは本当の夢です。あなたが行かなければ全て無駄になるんですから、一晩くらい金持ちの道楽につきあってください」

 その眼差しは、慈しみに満ちていた。
 断りの言葉を探す私に、どこまでも厄介な人だと歌うように微笑んで、そっと付け足した。

「貴女に断られると、私が困った立場になります。それなら行ってくれますよね?」

 よくわからないまま、はい、と私はうなずいた。
 誘われるまま、運転手について行った。

 たどりついたのは、本当に夢のような世界だった。

 海辺の高級ホテルで、最上階のロイヤルスウィートが貸し切られていた。
 今まで見た事もないような、華麗なドレスも着せられた。
 パリコレに出ていると雑誌で紹介されていたスタイリストが部屋の中で待っていて、丁寧にメイクまでされた。
 豪華な食事も、ルームサービスで用意されていた。

 そのありえなさに、ひたすら呆然とするしかない。
 それでも一人きりでいると、この豪華さの全てがむなしい気もして、冬真先輩をリアルに思い描いてしまった。

 先輩はいつも、こんな感情をもてあましているのだろうか?
 今すぐあの部屋に戻って、寂しい背中を抱き締めてあげたかった。

 すぐにかぶりを振る。
 もう二度と、関わることがない人だ。

 ただ、なんとなく。
 ここでなら声をあげて、素直に泣けそうな気がした。

 もともと、リアルからかけ離れた恋だから。

 先輩の前だと、泣き声を殺すことしかできなかった。
 自宅に戻っていたら、日常が強すぎて、きっとうまく泣けない。
 ありえないほど豪華なホテルは、夢の終わりに相応しい気がした。
 悲しい気持ちも、苦しい想いも、涙と一緒に置いて行ける。

 両手を組み合わせて、祈った。

 神様、私の恋と涙のすべてを捧げますから。
 どうか、彼だけの青い鳥が見つかりますように。

 先輩には言えなかったサヨナラを、自分自身に何度も言い聞かせる。

 サヨナラ、二度と訪れない夢に、サヨナラ。

 そして、子供みたいに声をあげて泣いた。
 泣いて、泣いて、少しだけ落ち着いた頃。
 ふと、窓の外から聞こえはじめた音に気付いて、カーテンを開けた。

 大きな花火が、窓いっぱいに広がっていた。
 視界を埋め尽くすまぶしさに、目を細めた。

 いくつもいくつも。
 夜空に、大輪の花が咲き続ける。

 それは。
 とても綺麗な、真夏の夜の夢だった。
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