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おまけ
シュガー・ドーナツ5
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家に帰ってからは、大騒ぎだった。
珍しい存在だからと、南雲と拓海が先輩にまとわりついただけではない。
学校から帰って来た大地や宇宙が、姉貴に彼氏なんて明日は嵐か吹雪だと、目をむいていた。
まだ九月なのに、吹雪だなんて失礼な。
それだけならまだしも。
私が彼氏を連れてきたと定時連絡で拓海が告げていたものだから、父も母も驚いたらしい。
挨拶をしなきゃと仕事を早退したようで、飛ぶように帰ってきた。
南雲が熱を出しても祖父母に任せて、帰ってきたことなんて一度もなかったのに。
いったい、どういうこと?
先輩の顔を見て、更に両親は驚いていた。
「あの、貴方のような方が正気ですか?」
それが母の第一声だった。
あなた、私の親でしょう?
こんなに毎日尽くしているのに、どこまでもひどい。
なんだか、釈然としないんですけど。
私が恋愛をしたり異性と付き合うことが、そんなにありえないことなのかしらと苦悩する。
一応、思春期真っ只中の娘なのに。
無意識に「一応」をつけてしまう自分が、ちょっと悲しいけど。
先輩は、というと。
少しは驚いたみたいだけど。
騒がしいうちの家族のマシンガントークにも、余裕のある綺麗な笑顔を見せて、丁寧に大人びた受け答えをしていた。
それは新鮮な姿だった。
だって、甘えた子供みたいなことばかり言う、我儘な姿しか見たことがなかったから。
ペタッとテーブルに寝そべるどころか、スッと背筋を伸ばして綺麗に微笑んでいた。
へぇ、スマートで大人っぽいって噂、嘘じゃなかったみたい。
余所行きの顔は、知らない人みたいだ。
ほんの少しさみしくなったけど、私に向ける眼差しには温度があった。
そんなに見つめられると、恥かしいです。
だけど、目が合い続けるのは、私も先輩を見ているからに他ならなくて。
気がつくと、見つめあっていた。
恥かしいけれど、目を離せない。
隣に座っているだけで、胸がキュッとする。
最後に帰ってきたジェイクは、特に反応が激しかった。
特売の卵だけでなく肉などのお土産も片手にぶら下げたまま、真っ青になって頭を抱えた。
「ノー! 僕のアイリーンに害虫が!」
誰がアナタの……ですか?
断じて違う。
あいかわらず、芝居がかった奴だ。
「男は近づかないでくださ~い、彼女は本物の大和撫子なのですよ。アイリーンがいないと、僕の世界が終ってしまう」
「あのね、ジェイク。私をからかう暇があったら、手を洗ってさっさと座ってほしいの。みんな、ジェイクを待ってたんだから」
私はつれなくこたえた。
だって、私が嫌な顔をするのがわかっていて、わざと反応を楽しんでいるのだ。
留学してホームステイして一年程なのに、日本に馴染みすぎてしまい、頭もよすぎた。
勉強だけでは退屈なのだ。
ジェイクは容姿だけでなく、日本人ではない自分をよく知っている。
表に出さないけれど、ひどく冷めてクールだ。
そんな冷ややかな自分を出すと日常の退屈度が増すので、他人の反応を観察して喜ぶことを趣味にしていた。
だから、わざと突拍子もない事をする。
エンターテイナー精神があるのも確かだし。
漫画や映画でみつけてきた、日本人から見てもあきらかに怪しすぎる外国人を演じている。
ドイツ人のくせに、ドイツ語で話さない。
それどころか、スウィート・マイ・ハニーなんて間違えた英語もどきで懐いてくる。
来日してすぐ、本物のサムライね♪ と祖父に懐いたものの道場でしごかれ、祖母には騒がしすぎるとしつけられ、うちの両親は仕事で出払っているから、私に標的を変えた。
家族の中で、一番わかりやすいから。
うっとうしい。
その一言につきる。
ジェイクが調子のいいことをほざいたとしても、先輩が誤解する要素はかけらもない。
だけど。
先輩は不快そうな顔をした。
「一緒に住んでるの?」
「いとこですから」
なんだか、眉間にしわが……ジェイクの冗談なんて真に受けないでほしいのに。
「ずっと一緒に住むの?」
「まぁ、ホームステイしてる、いとこですから」
私と先輩のそんなやり取りの間も、ジェイクは「僕の愛を受け取ってくださ~い」なんて言って、特売品をブラブラさせている。
早く冷蔵庫に入れればいいのに、全員がスルー機能を身につけて相手にしないので、過敏に反応した先輩をからかう気らしい。
これは僕の真心ね~などと特売品を見せつけに、わざわざ私の横に来た。
チラッと先輩は、ジェイクに視線を流した。
ジェイクもチラッと先輩に視線を向けて、ニヤッと勝ち誇ったように笑った。
一瞬、火花が散った。
なにを張りあっているのやら。
先輩は何も言わなかったけれど、本格的に不機嫌な表情になった。
スッとジェイクから視線を外すと、私に向き直った。
「ふぅん、愛莉とこいつが一緒に住むんだ」
「あくまでも、ただのいとこですからね」
私は強く言った。
ついつい両手を握りしめてしまう。
だって、こんなつまらない誤解をされるのは、非常に不本意である。
ひどい! とジェイクは叫んで、ヨヨヨと泣く真似をした。
「いとこは結婚だってできるのに! ドイツは美しくていいところです。アイリーンだったら、いつでも迎える用意はできてま~す」
いい加減にしてほしい。
確かにドイツは美しいところですけどね。
アナタのエンターテイメント精神につきあっていると朝が来るので、サッサと食卓について欲しいんですけど。
イラッとしかけたところで、チビ軍団が動いた。
早く夕食をとりたいのに、いつまでもジェイクがフラフラしているのでじれたらしい。
なんと、先輩を守るように結束していた。
宿題の世話や肩車が利いているらしい。
「変態は去れ!」
「ジェイクより、冬真の方が勉強を教えるの、うまかったぞ」
先輩はちょっと目を見開いた後で、なぜかはにかんでいた。
ジェイクはまともにギャラクシーポリスの必殺技をまねた蹴りを喰らい、拓海や南雲に追い払われていた。
ひどいで~すと笑いながら、ジェイクは冷蔵庫の陰に避難している。
このまま乱闘に突入すると、収拾がつかなくなる。
「どうでもいいから、食事にしましょう」
冷たい私のひと声にピタッと騒ぎがやんで、皆がイソイソと食卓についた。
だけど、先輩だけは何かを思い出している顔で、クスクスと笑っていた。
どうしたのかと思って問いかけると、うん、と懐かしそうに目を細めた。
「やっぱり、榊をやりこめただけあるよ」
そんなこと、あったかしら?
いいんだ、と先輩は一人で笑っていた。
そして。
成人部の稽古までの空き時間で食卓を囲む、祖父母もそろってのにぎやかな夕食になった。
にぎやかで収めていいのかしら? なんて悩むほど我が家はうるさい。
「いいか、冬真。自分のおかずは守るんだぞ」
「そうだよ、積極的に参加しないと、食べられないから」
いや、あんたたち。
ハンバーグだって個人のお皿に盛りつけ、ちゃんと一個づつは配給してるでしょう?
確かに、おかわりぶんは真ん中に大皿でドーンと出しているけれど。
変なことを吹きこまないでほしい。
「知らなかった、おかずって守るものなんだ」
はじけるように先輩は笑った。
お祭りみたいだね! と楽しそうだ。
こんな悲惨な騒々しい空間なのに、本当に嬉しくてたまらない顔をしていた。
いつのまにか弟たちと先輩はすっかり仲良くなっていて、兄弟が増えたみたいだった。
先輩はもともとの性格なのか、妙な遠慮もしなかった。
最後の一個になったハンバーグの争奪戦に加わって、宇宙や大地と同じようにピシリと祖母に手をはたかれていた。
痛そうに手を引いたものの、拓海や南雲と顔を見合わせて「怒られたね」と嬉しそうにしていた。
初顔なのに、うちの戦闘状態に似た食卓にも、すっかりなじんでいる。
どうやら、かなり順応能力が高いらしい。
結局ハンバーグは六等分して、弟たちやジェイクと一緒にそれぞれに分配された。
「すごいすごい」
先輩は手を叩いて、目の前に置かれた小さなハンバーグに、無邪気に喜んでいた。
そんな小さなかけらでそこまで喜べるものなんだと、見ている私の方がおかしくなった。
なのに、実際に食べる時は先輩が自分のをさらに半分にして「愛莉のがなかったでしょ」と私にわけてくれた。
一口にも足りないのに、それはそれは丁寧な仕草だった。
先輩の笑顔は本当にキラキラと華やかで、愛情に満ちたものだった。
なぜかそれを見ていた母は箸を取り落とし、父はおかしそうにからかって、祖父母はそのぐらいで騒ぐなとあきれていた。
私は、羞恥心で倒れそうだった。
赤くなっているのが、自分でもわかる。
えっと、ハンバーグ、渡されただけなのに。
なぜか、キスよりも恥かしい。
「ノー! 僕はせっかくアイリーンといちゃつくチャンスだったのに、全部食べてしまった」
ジェイクだけは、泣き真似をしていた。
「ハンバーグ一つで幸せな人たちだな」
反抗期に入っている宇宙はボソリとつぶやきながら、やっと普通の顔で笑った。
帰宅後に、私に彼氏ができたと驚いた後で、先輩の名前を確かめてから妙な表情をしたうえに、無口になっていたからちょっと安心した。
それでもいつもとは様子が違うので、どうしたんだろう?
問いかけようとする私にチラッと目を向けた後で、宇宙は先輩に向き直った。
なんだか、値踏みしているような顔だ。
「佐々木さん、頭良さそうだね」
「うん、勉強は得意だよ。なんでもきいて」
「俺、勉強は苦手」
宇宙はきっぱり言い切った。
え? と私はあきれてしまう。
その通りなのは知っていたけど、自慢しないでほしい。
胸を張ってどうするの?
野球部の後に自主トレーニングもしているらしく、宇宙は宿題の途中でたいてい舟を漕いでいるけど、問題がありすぎだ。
部活が楽しすぎて、勉強が手につかないらしい。
高校受験の家庭教師を先輩に頼めばいいと拓海が偉そうに勧めたら、やっぱり今から考えないとかなぁと悲愴な顔をしていた。
「まだ中一でしょ? 基礎学力を高めておけば問題ないよ。早めに対策を考えておけば進路決めた時に焦らないってのは本当だけど」
秀才らしい余裕のある先輩のセリフに、基礎かぁと宇宙は遠い目になった。
姉貴と違って本とにらめっこなんてごめんだなんて、ふざけたことをぬかしているぐらいだ。
すでに基礎の辺から、問題があるらしい。
大丈夫なのかしら?
宇宙は少し考え込んでいたけれど、決心を固めたように顔を引き締めた。
「じゃぁさ、困らないだけの基礎とか、教えてもらってもいい?」
「いいよ。教科書、後で見せて。どこが厳しい?」
「厳しくない物をあげるのは難しい」
ええ~? なにそれ?
宇宙ったら、本当に大丈夫なのかしら?
非常に心配になった。
ただ、家族に対するよりも宇宙がまっすぐに話していて、父母は苦笑した。
弟たちの家庭教師役でうちに来てもらえるならお願いしたいと、後付けのように許可を出していた。
やった~っと、なぜか拓海が一番喜んだ。
「俺、バイトのない日は基本的に暇だから、いつ呼んでくれてもかまわないし」
どうせ一人暮らしだからとケロッとしている先輩に、弟たちが口をはさんだ。
「家庭教師代は出ないよ、絶対」
「姉ちゃんの飯付きだけどな」
「いつもこんな調子でうるさいし」
「普通のデートには絶対ならないよね」
いえいえ、別に自宅デートなんて望んでないし。
あんたたちの頭のできが問題で、家庭教師を頼むんだから、話をすり変えないでほしい。
なんたって家族の人数が多すぎて、部屋数は多いのにすべて埋まっているから、こうして隣に座って話すだけで精いっぱいだ。
でも、ふと頭を悩ませる。
勉強を教えるにもこの台所ぐらいしかないので、家族が出入りして集中できないだろう。
本当に、うちで勉強なんてできるのかしら?
だけど先輩ははやばやと、家庭教師役をしている自分を想像したらしい。
すごいね、と興奮気味だった。
「ご褒美が家族そろっての食事なんて、普通なら経験できない、最高の贅沢でしょ?」
キラキラ輝く鮮やかな先輩の笑顔に、家族そろって言葉を失っていた。
悩殺されたらしい。
後で拓海がこっそりと、あの兄ちゃん女たらしだから浮気に気をつけろよと耳打ちしてきたくらい、惹かれる笑顔だった。
そんな騒がしいけれど幸福な時間は、あっという間に過ぎてしまった。
帰り際に全員そろって玄関先に出て「またこいよ」と手を振るので、先輩はおかしそうに笑ってから深く頭を下げた。
「おやすみなさい。今日は突然来たのに、ごちそうになりました」
また電話かメールをするねと私にそっとささやいて、はずむような足取りで帰っていった。
母が無理やり渡した懐中電灯の灯りが、遠ざかっていく。
一度だけ振り向いた。
まだみんなが外にいると気づくと、びっくりしたような、はにかむような表情になる。
綺麗な笑顔を浮かべて、大きく手を振った。
私たちは、つられて手を振りかえす。
先輩は、夢みたいに綺麗に笑った。
今度は前を向いて、まっすぐに去って行った。
ざまみろ別れのキスは阻止したとジェイクが勝ち誇っているので、拓海がバカ? と突っ込んで、大地は底が浅いよと軽蔑していた。
「なんだと? お前らだって、そうとう邪魔してたぞ」
「あの兄ちゃんは邪魔されてるなんて、これっぽっちも感じてないけどな」
ジェイクの白い目に、なぜかつまらなそうに拓海がぼやいていた。
俺たちといても楽しいばっかりだったと鋭い事を言いながらも、女扱いしてくれる男がいてよかったなと私をえらそうに小突いてくる。
なんて生意気な。
だけど相手をしてケンカになるのも不毛なので、スルーしておく。
先輩からもらったせっかくのふわふわした気持ちを台無しにしたくない。
勉強するからと、私は自分の部屋に戻った。
珍しい存在だからと、南雲と拓海が先輩にまとわりついただけではない。
学校から帰って来た大地や宇宙が、姉貴に彼氏なんて明日は嵐か吹雪だと、目をむいていた。
まだ九月なのに、吹雪だなんて失礼な。
それだけならまだしも。
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挨拶をしなきゃと仕事を早退したようで、飛ぶように帰ってきた。
南雲が熱を出しても祖父母に任せて、帰ってきたことなんて一度もなかったのに。
いったい、どういうこと?
先輩の顔を見て、更に両親は驚いていた。
「あの、貴方のような方が正気ですか?」
それが母の第一声だった。
あなた、私の親でしょう?
こんなに毎日尽くしているのに、どこまでもひどい。
なんだか、釈然としないんですけど。
私が恋愛をしたり異性と付き合うことが、そんなにありえないことなのかしらと苦悩する。
一応、思春期真っ只中の娘なのに。
無意識に「一応」をつけてしまう自分が、ちょっと悲しいけど。
先輩は、というと。
少しは驚いたみたいだけど。
騒がしいうちの家族のマシンガントークにも、余裕のある綺麗な笑顔を見せて、丁寧に大人びた受け答えをしていた。
それは新鮮な姿だった。
だって、甘えた子供みたいなことばかり言う、我儘な姿しか見たことがなかったから。
ペタッとテーブルに寝そべるどころか、スッと背筋を伸ばして綺麗に微笑んでいた。
へぇ、スマートで大人っぽいって噂、嘘じゃなかったみたい。
余所行きの顔は、知らない人みたいだ。
ほんの少しさみしくなったけど、私に向ける眼差しには温度があった。
そんなに見つめられると、恥かしいです。
だけど、目が合い続けるのは、私も先輩を見ているからに他ならなくて。
気がつくと、見つめあっていた。
恥かしいけれど、目を離せない。
隣に座っているだけで、胸がキュッとする。
最後に帰ってきたジェイクは、特に反応が激しかった。
特売の卵だけでなく肉などのお土産も片手にぶら下げたまま、真っ青になって頭を抱えた。
「ノー! 僕のアイリーンに害虫が!」
誰がアナタの……ですか?
断じて違う。
あいかわらず、芝居がかった奴だ。
「男は近づかないでくださ~い、彼女は本物の大和撫子なのですよ。アイリーンがいないと、僕の世界が終ってしまう」
「あのね、ジェイク。私をからかう暇があったら、手を洗ってさっさと座ってほしいの。みんな、ジェイクを待ってたんだから」
私はつれなくこたえた。
だって、私が嫌な顔をするのがわかっていて、わざと反応を楽しんでいるのだ。
留学してホームステイして一年程なのに、日本に馴染みすぎてしまい、頭もよすぎた。
勉強だけでは退屈なのだ。
ジェイクは容姿だけでなく、日本人ではない自分をよく知っている。
表に出さないけれど、ひどく冷めてクールだ。
そんな冷ややかな自分を出すと日常の退屈度が増すので、他人の反応を観察して喜ぶことを趣味にしていた。
だから、わざと突拍子もない事をする。
エンターテイナー精神があるのも確かだし。
漫画や映画でみつけてきた、日本人から見てもあきらかに怪しすぎる外国人を演じている。
ドイツ人のくせに、ドイツ語で話さない。
それどころか、スウィート・マイ・ハニーなんて間違えた英語もどきで懐いてくる。
来日してすぐ、本物のサムライね♪ と祖父に懐いたものの道場でしごかれ、祖母には騒がしすぎるとしつけられ、うちの両親は仕事で出払っているから、私に標的を変えた。
家族の中で、一番わかりやすいから。
うっとうしい。
その一言につきる。
ジェイクが調子のいいことをほざいたとしても、先輩が誤解する要素はかけらもない。
だけど。
先輩は不快そうな顔をした。
「一緒に住んでるの?」
「いとこですから」
なんだか、眉間にしわが……ジェイクの冗談なんて真に受けないでほしいのに。
「ずっと一緒に住むの?」
「まぁ、ホームステイしてる、いとこですから」
私と先輩のそんなやり取りの間も、ジェイクは「僕の愛を受け取ってくださ~い」なんて言って、特売品をブラブラさせている。
早く冷蔵庫に入れればいいのに、全員がスルー機能を身につけて相手にしないので、過敏に反応した先輩をからかう気らしい。
これは僕の真心ね~などと特売品を見せつけに、わざわざ私の横に来た。
チラッと先輩は、ジェイクに視線を流した。
ジェイクもチラッと先輩に視線を向けて、ニヤッと勝ち誇ったように笑った。
一瞬、火花が散った。
なにを張りあっているのやら。
先輩は何も言わなかったけれど、本格的に不機嫌な表情になった。
スッとジェイクから視線を外すと、私に向き直った。
「ふぅん、愛莉とこいつが一緒に住むんだ」
「あくまでも、ただのいとこですからね」
私は強く言った。
ついつい両手を握りしめてしまう。
だって、こんなつまらない誤解をされるのは、非常に不本意である。
ひどい! とジェイクは叫んで、ヨヨヨと泣く真似をした。
「いとこは結婚だってできるのに! ドイツは美しくていいところです。アイリーンだったら、いつでも迎える用意はできてま~す」
いい加減にしてほしい。
確かにドイツは美しいところですけどね。
アナタのエンターテイメント精神につきあっていると朝が来るので、サッサと食卓について欲しいんですけど。
イラッとしかけたところで、チビ軍団が動いた。
早く夕食をとりたいのに、いつまでもジェイクがフラフラしているのでじれたらしい。
なんと、先輩を守るように結束していた。
宿題の世話や肩車が利いているらしい。
「変態は去れ!」
「ジェイクより、冬真の方が勉強を教えるの、うまかったぞ」
先輩はちょっと目を見開いた後で、なぜかはにかんでいた。
ジェイクはまともにギャラクシーポリスの必殺技をまねた蹴りを喰らい、拓海や南雲に追い払われていた。
ひどいで~すと笑いながら、ジェイクは冷蔵庫の陰に避難している。
このまま乱闘に突入すると、収拾がつかなくなる。
「どうでもいいから、食事にしましょう」
冷たい私のひと声にピタッと騒ぎがやんで、皆がイソイソと食卓についた。
だけど、先輩だけは何かを思い出している顔で、クスクスと笑っていた。
どうしたのかと思って問いかけると、うん、と懐かしそうに目を細めた。
「やっぱり、榊をやりこめただけあるよ」
そんなこと、あったかしら?
いいんだ、と先輩は一人で笑っていた。
そして。
成人部の稽古までの空き時間で食卓を囲む、祖父母もそろってのにぎやかな夕食になった。
にぎやかで収めていいのかしら? なんて悩むほど我が家はうるさい。
「いいか、冬真。自分のおかずは守るんだぞ」
「そうだよ、積極的に参加しないと、食べられないから」
いや、あんたたち。
ハンバーグだって個人のお皿に盛りつけ、ちゃんと一個づつは配給してるでしょう?
確かに、おかわりぶんは真ん中に大皿でドーンと出しているけれど。
変なことを吹きこまないでほしい。
「知らなかった、おかずって守るものなんだ」
はじけるように先輩は笑った。
お祭りみたいだね! と楽しそうだ。
こんな悲惨な騒々しい空間なのに、本当に嬉しくてたまらない顔をしていた。
いつのまにか弟たちと先輩はすっかり仲良くなっていて、兄弟が増えたみたいだった。
先輩はもともとの性格なのか、妙な遠慮もしなかった。
最後の一個になったハンバーグの争奪戦に加わって、宇宙や大地と同じようにピシリと祖母に手をはたかれていた。
痛そうに手を引いたものの、拓海や南雲と顔を見合わせて「怒られたね」と嬉しそうにしていた。
初顔なのに、うちの戦闘状態に似た食卓にも、すっかりなじんでいる。
どうやら、かなり順応能力が高いらしい。
結局ハンバーグは六等分して、弟たちやジェイクと一緒にそれぞれに分配された。
「すごいすごい」
先輩は手を叩いて、目の前に置かれた小さなハンバーグに、無邪気に喜んでいた。
そんな小さなかけらでそこまで喜べるものなんだと、見ている私の方がおかしくなった。
なのに、実際に食べる時は先輩が自分のをさらに半分にして「愛莉のがなかったでしょ」と私にわけてくれた。
一口にも足りないのに、それはそれは丁寧な仕草だった。
先輩の笑顔は本当にキラキラと華やかで、愛情に満ちたものだった。
なぜかそれを見ていた母は箸を取り落とし、父はおかしそうにからかって、祖父母はそのぐらいで騒ぐなとあきれていた。
私は、羞恥心で倒れそうだった。
赤くなっているのが、自分でもわかる。
えっと、ハンバーグ、渡されただけなのに。
なぜか、キスよりも恥かしい。
「ノー! 僕はせっかくアイリーンといちゃつくチャンスだったのに、全部食べてしまった」
ジェイクだけは、泣き真似をしていた。
「ハンバーグ一つで幸せな人たちだな」
反抗期に入っている宇宙はボソリとつぶやきながら、やっと普通の顔で笑った。
帰宅後に、私に彼氏ができたと驚いた後で、先輩の名前を確かめてから妙な表情をしたうえに、無口になっていたからちょっと安心した。
それでもいつもとは様子が違うので、どうしたんだろう?
問いかけようとする私にチラッと目を向けた後で、宇宙は先輩に向き直った。
なんだか、値踏みしているような顔だ。
「佐々木さん、頭良さそうだね」
「うん、勉強は得意だよ。なんでもきいて」
「俺、勉強は苦手」
宇宙はきっぱり言い切った。
え? と私はあきれてしまう。
その通りなのは知っていたけど、自慢しないでほしい。
胸を張ってどうするの?
野球部の後に自主トレーニングもしているらしく、宇宙は宿題の途中でたいてい舟を漕いでいるけど、問題がありすぎだ。
部活が楽しすぎて、勉強が手につかないらしい。
高校受験の家庭教師を先輩に頼めばいいと拓海が偉そうに勧めたら、やっぱり今から考えないとかなぁと悲愴な顔をしていた。
「まだ中一でしょ? 基礎学力を高めておけば問題ないよ。早めに対策を考えておけば進路決めた時に焦らないってのは本当だけど」
秀才らしい余裕のある先輩のセリフに、基礎かぁと宇宙は遠い目になった。
姉貴と違って本とにらめっこなんてごめんだなんて、ふざけたことをぬかしているぐらいだ。
すでに基礎の辺から、問題があるらしい。
大丈夫なのかしら?
宇宙は少し考え込んでいたけれど、決心を固めたように顔を引き締めた。
「じゃぁさ、困らないだけの基礎とか、教えてもらってもいい?」
「いいよ。教科書、後で見せて。どこが厳しい?」
「厳しくない物をあげるのは難しい」
ええ~? なにそれ?
宇宙ったら、本当に大丈夫なのかしら?
非常に心配になった。
ただ、家族に対するよりも宇宙がまっすぐに話していて、父母は苦笑した。
弟たちの家庭教師役でうちに来てもらえるならお願いしたいと、後付けのように許可を出していた。
やった~っと、なぜか拓海が一番喜んだ。
「俺、バイトのない日は基本的に暇だから、いつ呼んでくれてもかまわないし」
どうせ一人暮らしだからとケロッとしている先輩に、弟たちが口をはさんだ。
「家庭教師代は出ないよ、絶対」
「姉ちゃんの飯付きだけどな」
「いつもこんな調子でうるさいし」
「普通のデートには絶対ならないよね」
いえいえ、別に自宅デートなんて望んでないし。
あんたたちの頭のできが問題で、家庭教師を頼むんだから、話をすり変えないでほしい。
なんたって家族の人数が多すぎて、部屋数は多いのにすべて埋まっているから、こうして隣に座って話すだけで精いっぱいだ。
でも、ふと頭を悩ませる。
勉強を教えるにもこの台所ぐらいしかないので、家族が出入りして集中できないだろう。
本当に、うちで勉強なんてできるのかしら?
だけど先輩ははやばやと、家庭教師役をしている自分を想像したらしい。
すごいね、と興奮気味だった。
「ご褒美が家族そろっての食事なんて、普通なら経験できない、最高の贅沢でしょ?」
キラキラ輝く鮮やかな先輩の笑顔に、家族そろって言葉を失っていた。
悩殺されたらしい。
後で拓海がこっそりと、あの兄ちゃん女たらしだから浮気に気をつけろよと耳打ちしてきたくらい、惹かれる笑顔だった。
そんな騒がしいけれど幸福な時間は、あっという間に過ぎてしまった。
帰り際に全員そろって玄関先に出て「またこいよ」と手を振るので、先輩はおかしそうに笑ってから深く頭を下げた。
「おやすみなさい。今日は突然来たのに、ごちそうになりました」
また電話かメールをするねと私にそっとささやいて、はずむような足取りで帰っていった。
母が無理やり渡した懐中電灯の灯りが、遠ざかっていく。
一度だけ振り向いた。
まだみんなが外にいると気づくと、びっくりしたような、はにかむような表情になる。
綺麗な笑顔を浮かべて、大きく手を振った。
私たちは、つられて手を振りかえす。
先輩は、夢みたいに綺麗に笑った。
今度は前を向いて、まっすぐに去って行った。
ざまみろ別れのキスは阻止したとジェイクが勝ち誇っているので、拓海がバカ? と突っ込んで、大地は底が浅いよと軽蔑していた。
「なんだと? お前らだって、そうとう邪魔してたぞ」
「あの兄ちゃんは邪魔されてるなんて、これっぽっちも感じてないけどな」
ジェイクの白い目に、なぜかつまらなそうに拓海がぼやいていた。
俺たちといても楽しいばっかりだったと鋭い事を言いながらも、女扱いしてくれる男がいてよかったなと私をえらそうに小突いてくる。
なんて生意気な。
だけど相手をしてケンカになるのも不毛なので、スルーしておく。
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勉強するからと、私は自分の部屋に戻った。
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