青い鳥  ~ロクデナシの彼と生真面目な彼女(仮

真朱マロ

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おまけ2

ホワイト・ライン 愛莉の事情 1

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 山本愛莉。
 高校二年生。
 一番最初に驚かれるのは、身長が一七〇センチもあること。

 女子高生にしては高い。
 艶のある黒髪を肩ほどで切りそろえ、学校では眼鏡を使用している。
 視力はあまりよくないので、眼鏡がないと生活に支障が出てしまう。
 特待生を外れれば学費が年間で三十万円は上がるので、必死に勉強しているうちに眼鏡が必要になっていた。
 剣道の試合や旅行の時にはコンタクトを使用しているけれど、まつげの影が落ちて瞳がグレーだと気付かれることは少ない。

 祖母がドイツ人のクウォーターだが、ハーフの父ではなく容姿は母似で、いたって普通の日本人。
 運動も勉強もできるほうだが、それはコツコツと地道に努力を重ねた結果。
 何事も不言実行。あきらめず積み重ねれば何事も身につくと言うのを、実直なまでに身をもって周囲に示している。

 よく言えば真面目。
 悪く言えば、遊びの少ない人物。
 ただ、性格が素直で人当たりもいいので、幸いなことに人望はあった。

 付き合った人が十人いれば、十人が同じことを言う。
 いまだかつて見たことがないほど、まっすぐな人だと。

 ただ、そんな目に見えない性格など、付き合いがなければ分からない。
 パッと見は十人並みの容姿で、真面目なだけが取り柄の優等生なのだから。

「なんだ、たいしたことないじゃない」
 聞えよがしに届いた声に、愛莉はそっと校庭側の窓の外に視線を投げた。

「やっぱり……そうですよね」
 そんなふうにつぶやいても、聞こえないぐらい遠い位置から、パンダのように観察されている。

 十月になると通り過ぎる風が心地よくて、このところ授業中は開け放たれているので、それがあだになっていた。
 休み時間のたびに廊下に多くの人が愛莉の見学に来るので、かなり居心地は悪かった。
 見かねたのか、何人かの生徒が開け放たれた扉や廊下側の窓にタタッと走り寄って、無言のままピシャリと閉めた。
「あ~」とか「ひどい~」とかいくつかの声が聞こえたけれど、窓を閉めた生徒たちは「まったくもう!」と憤りをあらわに施錠した。

 扉はさすがに鍵をかけられないけれど、出入りする人間に「ちゃんと閉じて!」とピシリと言い放つ。厳しい声にも、ハイハイとクラスメイトはうなずいた。

 幸いなことに、この状態を嫌がる者はいなかった。
 愛莉の日頃の行いがいいせいだろう。

「山本さんも災難だね」
 そんなふうに苦笑してくれるので、愛莉はそっと頭を下げた。

 災難。
 好きな人ができて、交際を始めただけなのに。
 そんなふうに言われてしまうのは、少し悲しいことだった。

 でも仕方ないかな、と愛莉は小さくため息をついた。
 付き合いはじめた相手があまりにもすごい。
 御曹司とか、頭脳明晰とか、容姿端麗とか、あまりに王子様的要素にはまりすぎていて、言葉にするのも恥かしい。

 問題があるとすれば、過去の日常と性格?
 甘えたがりで、寂しがりやで、それでいてどこまでも素直ではないから。

 冬真先輩! と呼ぶとすねる猫のような仕草を思い出して、クスッと愛莉は笑ってしまった。
 他の人には見せないその甘えた顔は、とっておきだからよけいに気持ちが温もった。

 すぐに正気に戻る。
 思い出し笑いをしている場合ではなかった。

 授業と授業の合間の休憩時間は短いのだ。
 それを考えれば、愛莉を見学に来る人たちの興味の度合いが測れて、なんだか怖い気もした。
 今まで冬真が有象無象に付き合っていた少女たちは、こんなふうに注目を浴びたことはない。

 初めてのオンリー・ワン宣言だったから、余計なのだと思う。
 特別な付き合いだと公表されて嬉しかったけれど、単純には喜べない。
 この状態がいつまで続くかわからないことも、少しだけ不安だった。

 だけど気にしないことにして、次の授業の用意を始める。
 考えたって仕方のないことだ。
 そう割り切るしかない。
 でもすぐに、日頃はあまり話さないクラスメイトから声をかけられた。

「だいじょうぶ?」
「うん、ありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」

 お礼を言いながらも、愛莉はちょっと困ったように小首をかしげた。
 何か聞きたくてウズウズしている、好奇心に満ちた表情だったからだ。
 これもいつものこと。

「大変だと思うけど、どうやって冬真先輩と知り合ったの?」
「ごめんなさい。経緯については話さないでほしいと、先輩の御実家から直接お願いされているんです」
「本当に?」
「はい。私は沈黙を約束しましたから……どうしても公表する必要があれば、冬真先輩が直接お話します」

 ごめんなさいと謝れば、そう、と仕方なさそうに離れて行く。

 これも嘘ではない。
 冬真が愛莉の自宅に初めて訪問した翌日に、榊から電話があったのだ。
 悪いようにはしませんから、全てこちらに任せてください、と。

 ハイ、と答えながらも、少しだけ気持ちが沈んだのは仕方ない。
 普通に付き合うだけでも、色々とあるらしい。
 それが愛莉や愛莉の家族を守ることにもつながると、詳しい概要は伏せながらも真摯な物言いだったので、かえって怖くなった。

 良くも悪くも冬真はそういう人なのだと、初めて実感してしまった。
 常に世話役の弁護士がついていて、事前の根回しや事後処理も淡々と速やかに行われる。
 心とか想いとか、目に見えないことだけでは語れないのかもしれない。

 初めての恋なのに、どうしてこれほど落ち着かない人を好きになったのだろう?
 ほんの少し痛む胸を、愛莉はそっと押さえた。

 それでも、ここにある気持ちは誰にも消せない。
 たとえ未来への予感が、幸せの色をしていなくても。

 昼休み。
 愛莉は三年生の教室のある西棟に急いだ。

 肩に学校指定のショルダーバックをかけている。
 冬真に渡す弁当と、午後からの体育のための着替えが入っていた。
 真面目な愛莉は走ったりしないが、それでも知らず早足になっている。
 敷地も広い校内は、大雑把に言えば三つの棟に区切られている。

 一年生の教室と、図書室や家庭課室がのある東棟。
 二年生の教室と、事務局や購買の設置されている中央棟。
 三年生の教室と、職員室のある西棟だ。

 これだけ棟が別れているのに、なぜか生徒が使用する玄関は中央棟だった。
 中央棟を通らなければ、裏にある体育館にも行けない不思議な作りだ。

 ゆっくり歩いていたら時間を取られるので、冬真と話す時間が減ってしまう。
 三年生の棟に足を踏み入れるのは勇気がいるけれど、来て、と頼まれたから仕方ない。

 愛莉は思わず苦笑する。
 フワリと笑って耳元でそっとささやかれる、あの「お願い」には弱いのだ。
 貴重なお昼休みに三年生の教室に入り込むのは、かなり勇気がいるのに。
 わかりましたと答えてしまい、いつも断れなかった。

 確かに、西棟に無意味に足を踏み入れる下級生は少ないので、愛莉のクラスや食堂のある中央棟で会うよりは、ギャラリーが少ないから理にかなっている。
 ちょっぴり恥ずかしいと思いながら、愛莉はそんなふうに自分を納得させている。

 一階まで下りて購買の前を見て、少しだけひるんだ。
 大きな購買なので昼食時には人気があるから、廊下に人があふれる事は珍しくはない。

 けれど、以前の冬真の取り巻きたちが、ゾロゾロッとそろっていた。
 他の生徒たちもたくさんいるけれど、同じ制服を着ているはずなのにパッと目立つうえに、華やかな雰囲気なのですぐにわかる。

 こんな大輪の薔薇みたいな人たちと冬真はずっと付き合っていたんだと思うと、心の中がなんだかチリチリした。
 自分の普段の服装や雰囲気を振り返れば、うつむきたくなってしまう。
 誇れるモノなど、何もないから。

 向こうも愛莉に気がついたようで、軽く目くばせし合っている。
 その向けられた白い目にいたたまれないと思いながらも、軽く会釈をして愛莉はあまり気にしていない顔で通り過ぎた。

「いい気にならないことね」

 そんな冷ややかな声が、チクリと胸に突き刺さった。
 でも立ち止まらず、聞こえないフリをして行きすぎる。

 何か言葉を返すと、心の中にある不安や気持ちの揺らぎがこぼれ出てしまうだろう。
 華やかな彼女たちを少しでも見てしまうと、明るい色に染めた髪や、軽く化粧をしたツヤツヤした唇や、制服なのに少し手直しして可愛く見せているスタイルや、その全てに気押されてしまう。
 モデルになってもおかしくないくらい綺麗な人たちだと、素直にそう思うのでなおさらだ。

 綺麗さも可愛さも自分とは段違いだし、モデルと並んで引けを取らないのは身長だけだと思っている愛莉は、ホロリと心の中で見えない涙を流した。
 頑張っても素材が違うと、最初からあきらめているのは秘密だ。
 歩調も変えずに歩み去る愛莉の様子が気に触ったのか、いらだちまぎれの声がこれ見よがしに追いかけてきた。

「知ってる? 冬真って寂しがり屋のくせに、他人のこと全然信じないから」
「今も毛色の変わった子が珍しいだけでしょ?」
「そうね、なんでもすぐに飽きるんだから」
「せいぜい、今のうちに遊んでもらうことね」

 返事なんてまるで期待していない、捨て台詞みたいだった。
 だけど、ピタリと愛莉は足を止めた。

 うつむき加減に少しだけためらって、思い切ったように顔を上げる。
 いつのまにか、軽くこぶしを握りしめていた。

 クルリと向きを変える。
 スイスイとなめらかな足取りでその集団に歩み寄ると、まっすぐに見つめた。

「一つだけ、お願いしてもいいですか?」

 その静かな口調に、気圧されたようだった。
 全員ひるんだのか、ほんの少し後ずさる。
 何よ、と返す言葉もかすれていた。

 愛莉はゆっくりと口を開いた。

「私のことは、好きに言ってくださって、別にかまいません。その、身長もやたら高いですし、皆さんみたいに綺麗でも可愛くもありませんから」

 その言葉は静かに響きわたり、一同は「は?」とあっけにとられた。
 あんまり真摯な響きだったので、毒気を抜かれたというのが正直なところだろう。
 完全に、想定していた台詞を外していたのだ。

 愛莉の声は静かでもあたりによく通るので、関係のない者まで興味深げにチラチラと視線を向けはじめる。
 当たり前の反論や反応をまるで示さない、珍獣を前にしているようなたくさんの視線を浴びながら、そのまま愛莉は言葉を続けた。

「だけど、冬真先輩のことは、悪く言わないでもらえませんか?」

 眼鏡越しの大きな瞳が真摯な光を宿しているので、見つめられた者から順番に視線をそらせた。

 いたたまれない。
 そんな感情がふうっと浮き上がって、思わず狼狽してしまうような、そんなひたむきな瞳だったので見つめ返せなかったのだ。

「別に、悪くなんて……」
「当たり前って言うか、本当のことだし……」

 なんとかそう声を絞り出した少女に向かって、そっと愛莉は微笑んだ。
 本当のことだから、なおさらなのだ。

「確かに困ったところがたくさんある人ですけど……私、そういうところも全部知ってるのが、悲しいところなんですけど……」
「知ってるって、あなた……」
「先輩の世話役の人から、ちゃんと聞いてます」

 少女たちは、絶句してしまう。
 あきれ返った視線を受け止めて、愛莉は困ったように肩をすくめた。
 確かに、噂だけでも色々な艶めいた物が出回っていて、その正否はともかく派手な女性関係を知らない者は少ない。

 榊から電話をもらった日に「こんな人ですけど、本当に後悔しませんか?」とあけすけに語られたのは、記憶に新しい出来事だった。
 まったくもう! あきれ返ることしかできない問題行動でいっぱいだったし、この少女たちはその「困ったことがら」に関わった当事者である可能性が高い。

 妬かないと言ったらウソになる。
 でも、とその程度で揺らがない恋なのだ。
 新しい自分を見つけようと、ゆっくりでも最初の一歩を踏み出した冬真を、支えたいとか、側にいたいとか、想うことを止められない。

 そんな気持ちを一つづつ確かめながら、かみしめるように言葉を紡いだ。

「それでも、好きなんです」

 かみしめるようにハッキリ言って、まっすぐに少女たちを見つめる。
 答えはしばらくなくて、奇異なモノを見つめるように、あたりは静まり返っていた。
 オズオズと一人が口を開く。

「わざわざ、遊ばれてどうすんの?」

 真面目そうなのに、と小さく付け足されて、ほのかに愛莉は微笑んだ。
 ここにいる少女たちはたくさんの会話や肌を冬真と重ねていて、愛莉よりもずっと多くの時間を過ごしてきたのだろう。

 冬真と付き合うことは、遊ぶと同意義ととらえられるような関係を持っていた人たち。
 そう思うと、心が少し痛かった。

 冬真のことを考えるたびに、揺れたり、不安に思ったり、泣きだしそうな感情に支配される。
 未来が見えないからなおさら。
 怖くて、切なくて、苦しくなる。
 自分に自信がない分、その感情はよけいに強い。
 それに将来なんて、保証もなく見えもしない、ただの高校生でしかないのだ。

「冬真先輩のことはまだよくわかりませんし、不安がないと言ったらウソになりますけど」

 少し迷うように、スウッと床に視線を落とした。
「でも」と、すぐに視線を上げた。
 透きとおった瞳が軽く揺れて、ほのかに頬が染まっていた。

「名前を呼ぶだけで涙が出そうなほど、好きな人なんです。だから困ったところを、わざわざ本人のいないところで言わないでもらえませんか? お願いします」

 静かな口調のまま、ゆっくりと頭を下げる。

 シーンとあたりは沈黙で満ちてしまう。
 直接話していた少女たちだけでなく、チラチラと視線を向けていた者も毒気を抜かれたようだった。

 愛莉が顔をあげてからも、誰も何も言えなかった。
 背筋をスッと伸ばして、凛として立つ姿をただ見つめていた。

 長い長い沈黙の後、やっと一人が口を開いた。

「あなた、バカ?」
 あんまりハッキリ言われたものだから、愛莉は肩をすくめた。

 確かに、バカだな、と思う。
 もっと、安心できる穏やかな人を選べばいいのに。

「たぶん、そうです」
 苦笑したら、笑いをふくんだ声が答えた。

「ほんと、バカなんだから」
「ごめんなさい」

「謝らないで」
 少女たちは軽く視線を交わし合うと、苦笑して肩をすくめた。

「ホント、救いようのない人ね」
 仕方ないなぁと答える時には、あきれたように目元を緩めながら、本当に心から笑っていた。

「約束はできないけど、気をつける。あなたは好きになさい。行こう」
 じゃね、と残して、華やかな笑みを浮かべた少女たちは去っていった。

 その後ろ姿をぼんやり見送って、愛莉はハッとする。
 左腕の時計を確かめて、アッと小さく声を上げた。

 かなり時間を取られていた。
 急がなくちゃとつぶやいて、タタッと走りだす。

 その後ろ姿を購買の前で見送りながら。
 これほど一途な想いを向けられた冬真を思い出し。

 うらやましい、とつぶやいたのは一人や二人ではなかった。
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