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後日譚・海に浮かぶ月を見る
じゅうご 海獣のうた
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気が付くと、空中高くに放り出されていた。
銀の月が見えたかと思えば逆さまになり、ミントは勢いよくドボンと海へ頭から墜落する。
落ちた衝撃でつかまれていたはずの腕からローの手が離れ、グルグルと回りながら身体が深く暗い海底へと引き込まれていく。
水を飲み込まないように息を止めても、全身を押し包む冷たさは凍えるほどで、ミントは身体をこわばらせていた。
身体を推し包む水の冷たさに思わず息を吐き出してしまい、次いで口に流れ込んできた水の勢いにグッと息を止める。
ミントは泳げないが、こんな時は暴れずに力を抜くように教わっていた。
思い出して変にジタバタせず浮き上がると信じても、どうしても身体がこわばり衣服も重く水に含んで、海底へと沈んでいくのを止められない。
苦しい、と息を止める限界が近づいた時。
不意に腕をつかむ強い力があり、グン、と身体が引き上げられた。
熱く力強いその腕はローのもので、肌をなぶる水流はあっという間に後方へと過ぎていった。
目を開ければ銀盤の月でにじむ海面が見る間に近づく。
限界がきて吐き出してしまった呼吸も、後方へと流れて泡と消えた。
途中、わずかに海水を飲んでしまったが、あっという間に海上へ辿り着く。
ガッと腰を抱くように強く引き寄せられ、海面へと顔を出したミントは海水を吐き出した。
苦しくてゴホゴホとむせていたら、耳元で緊迫した声が響く。
「おい。つかまって離れんなよ」
思わず震えるほど低い声音に、ミントは顔を上げた。身体にすがるのはためらわれ、キュッとその服を握りしめる。
ローの赤い瞳が見据える先を目で追って、ギョッとして硬く身をこわばらせる。
放たれているローの赤い魔力の護りの外を、大小さまざま大きさの魚影がグルグルと回遊していた。
ミントたちに近づいては離れる、大きな魚の背びれがいくつも見える。
周囲だけではなく足元にも黒い巨影がぬるりと過ぎて、赤い護りにはじかれたように遠ざかっていく。
様子を伺うように魚影は距離を取っているが、身をくねらせることで引き起こった波が不意に大きく迫った。
ザブリと頭上から落ちる波頭を、ローは手にした槍で軽く薙ぐ。
ただそれだけで波は割れて過ぎたが、遊ぶように幾度か海上に閃いた尾びれに、ザァザァと白い波頭が迫っては防ぎ過ぎることが、数回繰り返されて止まった。
右手に槍、左手にミントを抱えた状態でも立ち泳ぎのまま、特に動揺した様子もなくローはその場にとどまっていた。
何かを探るように周囲を伺っている。
ただ、ロー一人なら簡単にこの場から抜け出せるはずで、自分が枷になっているとミントは嫌でも感じていた。
そっとミントはつかんでいたローの服から手を放す。
怖くないわけではないけれど、自分のせいで傷ついてほしくなかった。
「私は泳げないし、ローさん一人なら……」
「勝手に諦めんな。さっきまで血まみれだったからな、水浴びも悪くねぇ」
いつもと変わらない調子に思わず顔を上げ、目が合うとニッと笑いかけてくる恐れしらずな表情に、泣きたいような気持ちで笑ってしまった。
そうだった、と思う。
この人はずっと、こういう人だった。
たしかに船上で浴びた血は海水に溶けだし、衣服も白い色を取り戻しているから、水浴びだと思えばなんてことない。
底の見えない暗い海も、今の状況も怖かったけれど、変な気負いも抜けた。
気持ちが落ち着いたところでローにうながされ、その首に軽く両手を回した。
「それにしても敵意がねぇな。遊ぶってのとも違うし、なんなんだ?」
護りを解く気にはならないが、意味不明だとローは眉根を寄せた。
グルグルと周囲を回っているばかりで、無数に集まった魚たちは何かをするでもなく、たまに悪戯で波を立てるが、ただ様子を見ているだけとしか思えない。
かといって泳いで場所を移動しようとすると輪を縮め、大波を起こして動きを封じてこようとする。
輪を抜けるには殲滅すればいいが、祝祭の最中の殺生は基本的に御法度なので、強引な力技もためらわれた。
痛いぐらい観察されていることは、ヒシヒシと感じるので不可思議な状況だった。
「何かを待ってる……とか?」
「ふーん? あぁ、当たりだ。来るぞ」
何が? と尋ねる必要はなかった。
周囲を囲んでいた魚影がサァッと二つに割れて、一筋の道が現れる。
その道筋を光り輝く小さな影が近づいてきて、ポコリと白い頭が海上に浮かんだ。
なめらかでツルリとした丸い頭に、ツンと突き出て丸みを帯びた可愛い口。キラキラと宝石のように輝くつぶらな瞳は虹色に輝いていた。
キュイと鳴いた神秘的な色彩を持つ海獣に、ミントは数回まばたいた。
想像していた怖ろしいモノとは真逆な可愛らしさに、ただただ驚く。
「月の女神様?」
宝月祭の最中には、月の女神も海で遊ぶと聞いた。
その際には、月色に輝く海獣に身を変化させるという。
そんなまさか、と戸惑う表情をからかうように、愛らしい海獣はキュキュキュッと軽やかに笑った。
そして泰然とした泳ぎでおもむろに、二人の周囲をゆっくりと回る。
一周した後、スーイとなめらかに正面から近づいてきた海獣に、ローは槍先を向けた。
迷いのないその動きに、ミントは驚いた。
「ローさん?」
「こいつが何なのかもただの想像だ。何をしでかすかわかんねーうちは、近寄ってもらっちゃ困るんだよ。確かに敵意はねぇ。だが、それだけだ」
宝月祭の伝承を信じる信じないにかかわらず、得体のしれないものだとローは言う。
女神の伝承に便乗した別のモノの可能性もあるから、思い込みで警戒を解く気にはなれない。
腰に回された腕がミントの身体を強く引き寄せ、ローは海獣を見据えてニヤリと笑った。
「てめぇに付き合うのはごめんだぜ。人外の遊びほど、迷惑なもんはねーからなぁ」
向けられた鋭い槍先に「あらまぁ!」とでもいうような大げさなまばたきをパチパチ繰り返して、白銀の海獣はキューイと鳴いた。
それでも、挑発するようなローの様子を楽しみながら、一定の距離を保って二人を見ている。
「用がねーなら俺たちは去る。邪魔すんなよ」
今すぐにも跳びそうなローの様子に、あきれた様子でキュキュキュッと海獣は笑った。笑うたびに、白銀の光が粉のように周囲にキラキラと舞う。
幻想的な美しい光景にミントは、これはやっぱり神様の仮の姿なのでは?! とヒヤヒヤしながら、自分を抱き寄せる腕に身を任せた。
怒りを買っている様子はないし、出来れば早く陸に戻りたいのは本音だ。
と、不意に。
白銀の海獣の背後で、色違いの海獣が跳ねた。
遊ぶように一回転して、当然のようにスーイと白銀の海獣の横に並ぶ。
新たに現れたのはきらめく蒼の海獣で、深海のように深い色を湛えた瞳が愉快そうにまたたいている。
伝承の通りなら、こちらは海神の変化した姿だろう。
夫婦神がそろったの!? とミントが目を丸くしている横で、チッと舌打ちしたローが小さく「おかしいの増えやがった」と吐き捨てる。
その悪態が聴こえたのか、白銀と蒼の二頭はそろって楽し気にキュイキュイと笑った。
そして、蒼の海獣がクイッと首をひねって陸を示した。
落ちた夜の暗さの中で、満月に照らされた港町は、ランタンの放つ暖かな光で満たされていた。
街並みを行きかう人々のざわめきも喜びで華やぎ、赤々と燃える篝火に照らされた神殿も祈りで満たされている。
遠く、かすかな音色が聴こえてきた。
宝月祭のために歌い継がれる、単調だけど優しい愛のうた。
幼い子供でも数回聞けば間違えずハミングできるほど易しいその歌は、海と月を結び愛と慶びに満ちている。
怪訝な表情でローは眉根を寄せたが、ミントは察した。
夫婦神へ奉納する愛の歌を望まれているのだ。
深く息を吸い込んで、神殿から聞こえる歌に声を合わせる。
急に歌い出したミントにギョッとしたローだが、二頭の海獣がそれに合わせてキュイキュイ歌い出したことで、あきれ返って天を仰いだ。
そして、ツンとミントに肘で突かれて、軽く絶望した表情になったが、あきらめたのか声を合わせて宝月祭の奉納歌を歌った。
周囲に響きだした宝月祭の歌に合わせて、周囲を囲んでいた魚影がほどけていく。
次々と海原に広がり散って、月に届けとばかりに、遊びながら次々と海上に高く跳ねる。
銀盤のような月に照らされた暗く深い海も、キラキラと光が散るように輝き始める。
満天の星に似た海原は美しく、幻想的な光景だった。
海獣たちの興味が自分たちから離れたのを感じて、ローは「跳ぶぞ」とミントに告げた。
グッと強く腰を抱かれると同時に、一気に海上へと跳ね飛んだ。
渦を巻くように風が取り巻き、空高く舞い上がったことに驚いて、ミントはローの首にしがみつく。
冷たかった海水が雫となって、月光に輝きながら散り落ちていった。
目指すのは祭り会場から遠く離れた、人の少ない海岸の外れ。
水面を地面のごとくタンッと蹴るごとに、風を巻いてローは軽やかに跳ねる。
海原を駆け抜けるような速度であっという間に陸が近づいてきたが、ミントは歌いながら笑ってしまった。
月に向かって跳ねるのは、ウサギばかりではないのだと不意に思ったのだ。
今この時、月と海を讃える宝月祭が始まった。
魚も、獣も、人も、変わりなく歌っている。
祭りに踊り、愛を奏でる宴を楽しんでいる。
遠く、近くで、軽やかに踊る様々な魚たちに交じり、白銀と蒼の海獣も楽し気に跳ねていた。
銀の月が見えたかと思えば逆さまになり、ミントは勢いよくドボンと海へ頭から墜落する。
落ちた衝撃でつかまれていたはずの腕からローの手が離れ、グルグルと回りながら身体が深く暗い海底へと引き込まれていく。
水を飲み込まないように息を止めても、全身を押し包む冷たさは凍えるほどで、ミントは身体をこわばらせていた。
身体を推し包む水の冷たさに思わず息を吐き出してしまい、次いで口に流れ込んできた水の勢いにグッと息を止める。
ミントは泳げないが、こんな時は暴れずに力を抜くように教わっていた。
思い出して変にジタバタせず浮き上がると信じても、どうしても身体がこわばり衣服も重く水に含んで、海底へと沈んでいくのを止められない。
苦しい、と息を止める限界が近づいた時。
不意に腕をつかむ強い力があり、グン、と身体が引き上げられた。
熱く力強いその腕はローのもので、肌をなぶる水流はあっという間に後方へと過ぎていった。
目を開ければ銀盤の月でにじむ海面が見る間に近づく。
限界がきて吐き出してしまった呼吸も、後方へと流れて泡と消えた。
途中、わずかに海水を飲んでしまったが、あっという間に海上へ辿り着く。
ガッと腰を抱くように強く引き寄せられ、海面へと顔を出したミントは海水を吐き出した。
苦しくてゴホゴホとむせていたら、耳元で緊迫した声が響く。
「おい。つかまって離れんなよ」
思わず震えるほど低い声音に、ミントは顔を上げた。身体にすがるのはためらわれ、キュッとその服を握りしめる。
ローの赤い瞳が見据える先を目で追って、ギョッとして硬く身をこわばらせる。
放たれているローの赤い魔力の護りの外を、大小さまざま大きさの魚影がグルグルと回遊していた。
ミントたちに近づいては離れる、大きな魚の背びれがいくつも見える。
周囲だけではなく足元にも黒い巨影がぬるりと過ぎて、赤い護りにはじかれたように遠ざかっていく。
様子を伺うように魚影は距離を取っているが、身をくねらせることで引き起こった波が不意に大きく迫った。
ザブリと頭上から落ちる波頭を、ローは手にした槍で軽く薙ぐ。
ただそれだけで波は割れて過ぎたが、遊ぶように幾度か海上に閃いた尾びれに、ザァザァと白い波頭が迫っては防ぎ過ぎることが、数回繰り返されて止まった。
右手に槍、左手にミントを抱えた状態でも立ち泳ぎのまま、特に動揺した様子もなくローはその場にとどまっていた。
何かを探るように周囲を伺っている。
ただ、ロー一人なら簡単にこの場から抜け出せるはずで、自分が枷になっているとミントは嫌でも感じていた。
そっとミントはつかんでいたローの服から手を放す。
怖くないわけではないけれど、自分のせいで傷ついてほしくなかった。
「私は泳げないし、ローさん一人なら……」
「勝手に諦めんな。さっきまで血まみれだったからな、水浴びも悪くねぇ」
いつもと変わらない調子に思わず顔を上げ、目が合うとニッと笑いかけてくる恐れしらずな表情に、泣きたいような気持ちで笑ってしまった。
そうだった、と思う。
この人はずっと、こういう人だった。
たしかに船上で浴びた血は海水に溶けだし、衣服も白い色を取り戻しているから、水浴びだと思えばなんてことない。
底の見えない暗い海も、今の状況も怖かったけれど、変な気負いも抜けた。
気持ちが落ち着いたところでローにうながされ、その首に軽く両手を回した。
「それにしても敵意がねぇな。遊ぶってのとも違うし、なんなんだ?」
護りを解く気にはならないが、意味不明だとローは眉根を寄せた。
グルグルと周囲を回っているばかりで、無数に集まった魚たちは何かをするでもなく、たまに悪戯で波を立てるが、ただ様子を見ているだけとしか思えない。
かといって泳いで場所を移動しようとすると輪を縮め、大波を起こして動きを封じてこようとする。
輪を抜けるには殲滅すればいいが、祝祭の最中の殺生は基本的に御法度なので、強引な力技もためらわれた。
痛いぐらい観察されていることは、ヒシヒシと感じるので不可思議な状況だった。
「何かを待ってる……とか?」
「ふーん? あぁ、当たりだ。来るぞ」
何が? と尋ねる必要はなかった。
周囲を囲んでいた魚影がサァッと二つに割れて、一筋の道が現れる。
その道筋を光り輝く小さな影が近づいてきて、ポコリと白い頭が海上に浮かんだ。
なめらかでツルリとした丸い頭に、ツンと突き出て丸みを帯びた可愛い口。キラキラと宝石のように輝くつぶらな瞳は虹色に輝いていた。
キュイと鳴いた神秘的な色彩を持つ海獣に、ミントは数回まばたいた。
想像していた怖ろしいモノとは真逆な可愛らしさに、ただただ驚く。
「月の女神様?」
宝月祭の最中には、月の女神も海で遊ぶと聞いた。
その際には、月色に輝く海獣に身を変化させるという。
そんなまさか、と戸惑う表情をからかうように、愛らしい海獣はキュキュキュッと軽やかに笑った。
そして泰然とした泳ぎでおもむろに、二人の周囲をゆっくりと回る。
一周した後、スーイとなめらかに正面から近づいてきた海獣に、ローは槍先を向けた。
迷いのないその動きに、ミントは驚いた。
「ローさん?」
「こいつが何なのかもただの想像だ。何をしでかすかわかんねーうちは、近寄ってもらっちゃ困るんだよ。確かに敵意はねぇ。だが、それだけだ」
宝月祭の伝承を信じる信じないにかかわらず、得体のしれないものだとローは言う。
女神の伝承に便乗した別のモノの可能性もあるから、思い込みで警戒を解く気にはなれない。
腰に回された腕がミントの身体を強く引き寄せ、ローは海獣を見据えてニヤリと笑った。
「てめぇに付き合うのはごめんだぜ。人外の遊びほど、迷惑なもんはねーからなぁ」
向けられた鋭い槍先に「あらまぁ!」とでもいうような大げさなまばたきをパチパチ繰り返して、白銀の海獣はキューイと鳴いた。
それでも、挑発するようなローの様子を楽しみながら、一定の距離を保って二人を見ている。
「用がねーなら俺たちは去る。邪魔すんなよ」
今すぐにも跳びそうなローの様子に、あきれた様子でキュキュキュッと海獣は笑った。笑うたびに、白銀の光が粉のように周囲にキラキラと舞う。
幻想的な美しい光景にミントは、これはやっぱり神様の仮の姿なのでは?! とヒヤヒヤしながら、自分を抱き寄せる腕に身を任せた。
怒りを買っている様子はないし、出来れば早く陸に戻りたいのは本音だ。
と、不意に。
白銀の海獣の背後で、色違いの海獣が跳ねた。
遊ぶように一回転して、当然のようにスーイと白銀の海獣の横に並ぶ。
新たに現れたのはきらめく蒼の海獣で、深海のように深い色を湛えた瞳が愉快そうにまたたいている。
伝承の通りなら、こちらは海神の変化した姿だろう。
夫婦神がそろったの!? とミントが目を丸くしている横で、チッと舌打ちしたローが小さく「おかしいの増えやがった」と吐き捨てる。
その悪態が聴こえたのか、白銀と蒼の二頭はそろって楽し気にキュイキュイと笑った。
そして、蒼の海獣がクイッと首をひねって陸を示した。
落ちた夜の暗さの中で、満月に照らされた港町は、ランタンの放つ暖かな光で満たされていた。
街並みを行きかう人々のざわめきも喜びで華やぎ、赤々と燃える篝火に照らされた神殿も祈りで満たされている。
遠く、かすかな音色が聴こえてきた。
宝月祭のために歌い継がれる、単調だけど優しい愛のうた。
幼い子供でも数回聞けば間違えずハミングできるほど易しいその歌は、海と月を結び愛と慶びに満ちている。
怪訝な表情でローは眉根を寄せたが、ミントは察した。
夫婦神へ奉納する愛の歌を望まれているのだ。
深く息を吸い込んで、神殿から聞こえる歌に声を合わせる。
急に歌い出したミントにギョッとしたローだが、二頭の海獣がそれに合わせてキュイキュイ歌い出したことで、あきれ返って天を仰いだ。
そして、ツンとミントに肘で突かれて、軽く絶望した表情になったが、あきらめたのか声を合わせて宝月祭の奉納歌を歌った。
周囲に響きだした宝月祭の歌に合わせて、周囲を囲んでいた魚影がほどけていく。
次々と海原に広がり散って、月に届けとばかりに、遊びながら次々と海上に高く跳ねる。
銀盤のような月に照らされた暗く深い海も、キラキラと光が散るように輝き始める。
満天の星に似た海原は美しく、幻想的な光景だった。
海獣たちの興味が自分たちから離れたのを感じて、ローは「跳ぶぞ」とミントに告げた。
グッと強く腰を抱かれると同時に、一気に海上へと跳ね飛んだ。
渦を巻くように風が取り巻き、空高く舞い上がったことに驚いて、ミントはローの首にしがみつく。
冷たかった海水が雫となって、月光に輝きながら散り落ちていった。
目指すのは祭り会場から遠く離れた、人の少ない海岸の外れ。
水面を地面のごとくタンッと蹴るごとに、風を巻いてローは軽やかに跳ねる。
海原を駆け抜けるような速度であっという間に陸が近づいてきたが、ミントは歌いながら笑ってしまった。
月に向かって跳ねるのは、ウサギばかりではないのだと不意に思ったのだ。
今この時、月と海を讃える宝月祭が始まった。
魚も、獣も、人も、変わりなく歌っている。
祭りに踊り、愛を奏でる宴を楽しんでいる。
遠く、近くで、軽やかに踊る様々な魚たちに交じり、白銀と蒼の海獣も楽し気に跳ねていた。
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