29 / 37
後日譚・海に浮かぶ月を見る
じゅうろく 宵歩きと再会
しおりを挟む
宝月祭は三日三晩続き、最終日に願いを乗せたランタンを海に流す。
それまでは昼夜を問わずお祭り騒ぎで、大通りにはズラリと隙間なく無数に露店が並び、中央広場の舞台では演劇や大道芸も間断なくおこなわれている。
神殿に行けば舞や歌を奉納する祭事が続き、神殿前の広場では昼夜を問わず祝福を込めた細工物が用意されていた。
貝で出来た螺鈿細工や魚の骨であつらえたペンダントや腕輪が定番だが、アクセサリーに限らず財布等に付ける細工飾りもある。
恋人や若い夫婦向きのペアの細工物の数が一番多いが、長く添い遂げた熟年向きの落ち着いたデザインのものや、良縁を結びや子供への守護用品もたくさんあった。
初日は特に人が集中して祝福品の近くはギュウギュウ詰めになるし、誘拐だのなんだのがあったので一日のんびりした後で、二日目にミントとローは夕方に神殿に詣でていた。
日中は屋台を見て回ったり、広場で劇を見たり、街角のゲームに参加したりと、祭りそのものを楽しんだが、宝月祭の要は神殿での祈願である。
夕刻になると少し引いていたがそれでも人出で多く、はぐれないようにミントはローの腕につかまっていた。
神殿に祈りをささげた後、巫女たちが手招いて選ぶように促された祝福品を、年齢や性別にかかわらず、行きかう人々は楽しそうに見ていた。
神官や巫女が作った品だけでなく、孤児院や救貧院や刑務院といった施設で作られた品も、神殿で祝福を与えられてからテントに並び、すべてに値札はついていない。
心漬け程度でもお布施を払えば、老若男女を問わず祝福品をもらうことができるのだ。
神殿横にあつらえられたテントも人出を見込んで多く並び、それぞれの台に並んだ宝飾品も圧倒されるほどの数があった。
アクセサリーを身に着けるのはローが嫌がるかな、と思っていたミントだがそうでもなかった。
物珍しそうに一緒に見て回って、漁師仲間に聞きかじったモチーフの謂れを話しながら選んでいたが、パッと直感でローがつまんだのがイヤーカフだった。
耳に付けても邪魔にならないシンプルなデザインで、ミントの人差し指ぐらいの幅なので存在感もそれなりにある。
蒼と銀を基調にしたそれは二つ重ね合わせれば、月に向かって夫婦の海獣が跳ねている図柄の螺鈿細工だった。
「これはアイツらにそっくりだな」
ククッと喉の奥で笑っているので、確かに似ていると、ミントもつられて笑ってしまった。
宝月祭の初日は色々ありすぎて、二人してびしょ濡れのまま宿に帰るしかなく、思い切り「ひでぇ目にあった」とぼやいたが、宿の主人にはおめでたい事だと喜ばれた。
「ここの夫婦神は悪戯好きでね。祭りの日になると気に入った夫婦もんの頭から大波をかぶせるのさ。あんたらはこの先、喧嘩知らずの夫婦円満間違いなしだ。知らずに波打ち際を歩いたね?」
知らなかったのは確かだが、波打ち際を歩いていたわけではなく、頭から海中にドボンと真っ逆さまだった。
宿の主人の言葉から推察すれば、神の愛し子に等しい熱烈な祝福ぶりだが、ドボンと水底まで沈んだので一歩間違えば死んでいたし、誘拐直後のちょっかいはひどい目に違いなかったので、ミントはあいまいに笑う事しかできなかった。
とはいえ、御利益だからとびしょ濡れでも宿に入れてもらえたし、階段も濡らしたが怒られないのは幸いだった。
少し前の出来事を思い出しながらイヤーカフの図柄を覗き込んでいたら、海に落とされた際に歌を強要されたローの渋い顔まで浮かんでしまった。普通に歌も上手かったからあんな嫌そうな顔をしなくていいのにと、クスクス思い出し笑いが止まらなくなってしまい、そのうちその鼻をローがつまんだ。
「コラ、よけいなことまで思い出してんじゃねーぞ」
なんでわかるの?! と驚くミントに満足したのか、さっさとお布施を払ってその場を離れた。イヤーカフはすぐに、互いの耳に片方ずつ付ける。
不思議とすぐに耳に馴染み、あつらえたように収まった。
特に言葉はなかったが、悪くねぇな、と思っている様子に、ミントはそっと指先でイヤーカフを確かめる。
ヒヤリと冷たい感触が、なぜかくすぐったく感じられて、嬉しかった。
そして、ローの腕につかまって、人混みに向かって歩き出した。
夕刻を過ぎれば、食事処や屋台のある広場は特ににぎわっている。
並ぶ屋台もラタンフェの郷土料理だけでなく、外国の珍しい食べ物まで種類が豊富で、見るだけでも目が楽しかった。
毎日違う物を食べても宝月祭の最中に食べきれないほど種類が多いので、ミントとローは目についた珍しいモノ中心に買い求めていた。
串焼きのように立ち歩きしながら食べるものもあったし、異国の果物のように宿に帰ってからの土産にするものもあった。
先日、宿の床をびしょ濡れにしたお詫びもあるが、宿泊客に対応するため宝月祭に出歩かないと言っていた宿の主人たちへの土産も買い求める。
連れ添って長い宿屋の夫婦たちも、ちょっとしたお菓子でお祭り気分を味わっていいと思うのだ。
さんざん屋台で買い物をして、人混みを抜けてしばらく歩いたところで、後ろから「ティアちゃん」と呼び止める声が聞こえた。
やわらかな女性の声に聞き覚えがあり、ミントは振り返った。
そこには誘拐現場で別れたきりのロザリンデが、ベールも付けていない町娘姿で立っていて、その横には羽織ったマントのフードを深くかぶった旅人姿のダンテがいた。
あまりに軽装だったので高貴な身分であることを知っているミントは驚いたが、一瞬だけ周囲を嫌そうにローが気にしたので、隠れた護衛が何人も居そうだった。
「ロザリンデ様、あの後は大丈夫でしたか?」
ケガがない事はわかっていたし、後からロザリンデの身の上を聞いて非常に驚いたのは確かだ。
けれど、宿の中ではコイバナを楽しんだ仲であるし、他国の王族としての対応をするためにジルが第三王子のところへ連れて行ったと知って、ひどい目にあわされていないか心配だった。
アレクサンドル殿下は年齢に見合わない思考回路をしているので、許可なく訪問していることや誘拐騒ぎをネタに圧をかけ、なかなかの無茶ぶりをしそうな人物なので怖い目に合っていないか気になっていたのだ。
心から心配しているミントの表情に、ロザリンデはふふふと笑った。
横に立っているローの、腹黒にちょろく騙されてるな、と半分呆れた眼差しに、ふふんと優越感に満ちた視線を返してロザリンデは微笑む。
「ええ、ありがとう。あのね、ティアちゃん。色々と話し合ったのは確かだけど、アレクサンドル様は上手く落としどころを見つけてくださったから大丈夫。心配なさらないで。わたくし、この国の住人になるのよ」
綺麗な微笑みで「祝福してくださる?」と尋ねられて、素直に「はい」とうなずいた後で、ん? と首をかしげる。
無垢な乙女のようにロザリンデは笑っているけれど、相手はあの第三王子である。
それにこの国の住人になるとは、どういうことなのだろう。
亡命するような国勢でもないし、そもそも夫だと名乗っていたダンテは海洋王国の住人である。
謎だらけだと悩んでいる様子も可愛らしいと言いたげに、ロザリンデは微笑んでいた。
「この宝月祭が終わる頃には公式発表されるから、楽しみにしておいてね。わたくしの本当の夫はダンテだと知っているのは、アレクサンドル殿下と貴方たちだけだから、これからも内緒話ができるわ」
「神の手もですよ、ロザリンデ様」
「えぇ、そうね。そうだったわ。あの方と糸目も知っていましたわね」
ダンテの正直な申告に、ロザリンデは嫌そうに顔をしかめた。
その表情が常日頃は感情を見せない王侯貴族から遠く離れた、そこら辺にいる町娘にも負けず劣らずの豊かな表情だったので、ミントは目を丸くした。
「お師匠様とジルさんも、何かやらかしました?」
ロザリンデらしくない表情と「あの方と糸目」という言い方にヒヤヒヤしながら尋ねる横で、ヒョイと手を伸ばしたローがダンテのフードを軽くはねてすぐに戻した。
それまで静かに佇んでいたダンテの酷く慌てた様子と、その右頬にクッキリ焼きついた赤い手形に、ミントは察した。
子供がお腹の中に居るとわかっていながら安定期前にイチャイチャと肌を合わせたお仕置きで、バチーンと手加減なしのビンタはお師匠様らしい行動である。
「ロザリンデ様、お尻は大丈夫ですか?」
男性に対しては顔に一発手形を付けることが多いが、女性に対しては肉が厚くて跡が見えないという理由でお尻の左右をバシバシとそれぞれ叩く。
男よりも手加減しているから二回だと言われたものの、ミントもイタズラをしていた幼い頃は何度かやられたので、お尻が痛くて椅子に座るのが辛かったのを覚えている。
妊婦相手だから多少は手加減をしているだろうが、ロザリンデはまったくもって大丈夫ではない表情で、言葉もなく痛むお尻を押さえて一瞬だけ遠くを見た。
「えぇ、まぁ。やらかしたのはわたくしだから……そんなことよりも、ティアちゃん。貴女のお話は、貴女のお師匠様から聞きましたわ。もう少し待たせるけど、貴女が堂々と貴女のままで暮らせる国にするから大丈夫。アレクサンドル様とわたくしに任せてね」
やわらかく歩み寄ってミントの手をキュッと握りしめて優雅に微笑むと、ロザリンデは「簡単には会えない間も、貴女はわたくしの大切なお友達よ」と告げて、一歩後ろに下がった。
そしてダンテと手をつなぎ、瞳の奥底まで伺うように真っすぐ見つめてくるので、ミントはお別れを悟った。
「ロザリンデ様、ダンテさん。いつか、また」
「えぇ。いつか、また」
会釈をして身をひるがえしたロザリンデは、数歩進んで振り返った。
そして、クシャリと子供みたいに笑った。
「宝月祭では絶対に祝福されない私たちを、ティアちゃんにだけは祝福して欲しいなんて思ってしまったわ。あなたたちの宿に、以前約束したものも届けておいたから楽しんで。大好きよ、優しいあなた」
それだけ残すと返事も聞かずに、ロザリンデとダンテは連れだって去っていった。
なんだかひっかかりを覚えたものの、それが何か確かめる手段はなかった。
これからロザリンデが何をするのかはわからなかったけれど、簡単に会えない遠い存在になった事だけは理解できた。
それでも大切なお友達なのだから、いつかまた会えたらいいとミントは思った。
宵歩きで散々祭りを楽しんでから、二人は宿屋に帰った。
そのお友達からのプレゼントの大きな箱を店主から受け取って、一目で高級品とわかるその箱をドキドキしながら開けたミントは驚愕する。
箱いっぱいにセクシーランジェリーが詰まっていたのだ。
甘いフリルがふんだんに使われたガーターベルトや、総レースのベビードールや、大切なところを少しも隠していない穴あきのパンティの数々にも驚いたが、ふわふわした素材でできた首輪や、どうやって使うのかわからない尻尾や、兎耳や猫耳のカチューシャまである。
確かに、旦那様を誘惑する方法を尋ねたけれど、思っていたのと違う。
これはちょっと、高度過ぎるのでは?! と頭の中が真っ白になって固まっているミントの様子に、それまで言葉少なだったローが横から覗いて「こいつはすげぇ」とお腹を抱えて笑いだす。
「こりゃ、当分飽きないな。お、下にまだなんか道具が……」
「待って! 待って! 使わないから! 出しちゃダメ!」
「なら、売るか? 全部売りゃ貴族のお嬢さん並みのドレスが数着買えるぐらい、すげぇぞ、コレ」
「そこまで凄いの?! 売らないけど、売った方がいいの?! どういうことですか、ロザリンデ様―?!」
面白がって中身をあさるローと、それをキャァキャァ言いながら止めるミントの夜の戯れは、長引きそうだった。
見るだけで誘惑になるロザリンデ推奨のセクシー品の数々なので、直接プレゼントを使用しなくても二人が当分楽しめることは間違いなかった。
受け取りすぎだと返すこともできず、どう使うかもミントが迷っているうちに衝撃の告知が数日後に各国々を揺らす。
海洋王国の優雅な白鳥と名高いロザリンデ王女21歳と、アレクサンドル第三王子・13歳の政略婚姻が正式に発表されるのだ。
それは政権を簒奪する大切な足掛かりの一歩なのだが、今はまだ、当事者以外は誰も知らない。
それまでは昼夜を問わずお祭り騒ぎで、大通りにはズラリと隙間なく無数に露店が並び、中央広場の舞台では演劇や大道芸も間断なくおこなわれている。
神殿に行けば舞や歌を奉納する祭事が続き、神殿前の広場では昼夜を問わず祝福を込めた細工物が用意されていた。
貝で出来た螺鈿細工や魚の骨であつらえたペンダントや腕輪が定番だが、アクセサリーに限らず財布等に付ける細工飾りもある。
恋人や若い夫婦向きのペアの細工物の数が一番多いが、長く添い遂げた熟年向きの落ち着いたデザインのものや、良縁を結びや子供への守護用品もたくさんあった。
初日は特に人が集中して祝福品の近くはギュウギュウ詰めになるし、誘拐だのなんだのがあったので一日のんびりした後で、二日目にミントとローは夕方に神殿に詣でていた。
日中は屋台を見て回ったり、広場で劇を見たり、街角のゲームに参加したりと、祭りそのものを楽しんだが、宝月祭の要は神殿での祈願である。
夕刻になると少し引いていたがそれでも人出で多く、はぐれないようにミントはローの腕につかまっていた。
神殿に祈りをささげた後、巫女たちが手招いて選ぶように促された祝福品を、年齢や性別にかかわらず、行きかう人々は楽しそうに見ていた。
神官や巫女が作った品だけでなく、孤児院や救貧院や刑務院といった施設で作られた品も、神殿で祝福を与えられてからテントに並び、すべてに値札はついていない。
心漬け程度でもお布施を払えば、老若男女を問わず祝福品をもらうことができるのだ。
神殿横にあつらえられたテントも人出を見込んで多く並び、それぞれの台に並んだ宝飾品も圧倒されるほどの数があった。
アクセサリーを身に着けるのはローが嫌がるかな、と思っていたミントだがそうでもなかった。
物珍しそうに一緒に見て回って、漁師仲間に聞きかじったモチーフの謂れを話しながら選んでいたが、パッと直感でローがつまんだのがイヤーカフだった。
耳に付けても邪魔にならないシンプルなデザインで、ミントの人差し指ぐらいの幅なので存在感もそれなりにある。
蒼と銀を基調にしたそれは二つ重ね合わせれば、月に向かって夫婦の海獣が跳ねている図柄の螺鈿細工だった。
「これはアイツらにそっくりだな」
ククッと喉の奥で笑っているので、確かに似ていると、ミントもつられて笑ってしまった。
宝月祭の初日は色々ありすぎて、二人してびしょ濡れのまま宿に帰るしかなく、思い切り「ひでぇ目にあった」とぼやいたが、宿の主人にはおめでたい事だと喜ばれた。
「ここの夫婦神は悪戯好きでね。祭りの日になると気に入った夫婦もんの頭から大波をかぶせるのさ。あんたらはこの先、喧嘩知らずの夫婦円満間違いなしだ。知らずに波打ち際を歩いたね?」
知らなかったのは確かだが、波打ち際を歩いていたわけではなく、頭から海中にドボンと真っ逆さまだった。
宿の主人の言葉から推察すれば、神の愛し子に等しい熱烈な祝福ぶりだが、ドボンと水底まで沈んだので一歩間違えば死んでいたし、誘拐直後のちょっかいはひどい目に違いなかったので、ミントはあいまいに笑う事しかできなかった。
とはいえ、御利益だからとびしょ濡れでも宿に入れてもらえたし、階段も濡らしたが怒られないのは幸いだった。
少し前の出来事を思い出しながらイヤーカフの図柄を覗き込んでいたら、海に落とされた際に歌を強要されたローの渋い顔まで浮かんでしまった。普通に歌も上手かったからあんな嫌そうな顔をしなくていいのにと、クスクス思い出し笑いが止まらなくなってしまい、そのうちその鼻をローがつまんだ。
「コラ、よけいなことまで思い出してんじゃねーぞ」
なんでわかるの?! と驚くミントに満足したのか、さっさとお布施を払ってその場を離れた。イヤーカフはすぐに、互いの耳に片方ずつ付ける。
不思議とすぐに耳に馴染み、あつらえたように収まった。
特に言葉はなかったが、悪くねぇな、と思っている様子に、ミントはそっと指先でイヤーカフを確かめる。
ヒヤリと冷たい感触が、なぜかくすぐったく感じられて、嬉しかった。
そして、ローの腕につかまって、人混みに向かって歩き出した。
夕刻を過ぎれば、食事処や屋台のある広場は特ににぎわっている。
並ぶ屋台もラタンフェの郷土料理だけでなく、外国の珍しい食べ物まで種類が豊富で、見るだけでも目が楽しかった。
毎日違う物を食べても宝月祭の最中に食べきれないほど種類が多いので、ミントとローは目についた珍しいモノ中心に買い求めていた。
串焼きのように立ち歩きしながら食べるものもあったし、異国の果物のように宿に帰ってからの土産にするものもあった。
先日、宿の床をびしょ濡れにしたお詫びもあるが、宿泊客に対応するため宝月祭に出歩かないと言っていた宿の主人たちへの土産も買い求める。
連れ添って長い宿屋の夫婦たちも、ちょっとしたお菓子でお祭り気分を味わっていいと思うのだ。
さんざん屋台で買い物をして、人混みを抜けてしばらく歩いたところで、後ろから「ティアちゃん」と呼び止める声が聞こえた。
やわらかな女性の声に聞き覚えがあり、ミントは振り返った。
そこには誘拐現場で別れたきりのロザリンデが、ベールも付けていない町娘姿で立っていて、その横には羽織ったマントのフードを深くかぶった旅人姿のダンテがいた。
あまりに軽装だったので高貴な身分であることを知っているミントは驚いたが、一瞬だけ周囲を嫌そうにローが気にしたので、隠れた護衛が何人も居そうだった。
「ロザリンデ様、あの後は大丈夫でしたか?」
ケガがない事はわかっていたし、後からロザリンデの身の上を聞いて非常に驚いたのは確かだ。
けれど、宿の中ではコイバナを楽しんだ仲であるし、他国の王族としての対応をするためにジルが第三王子のところへ連れて行ったと知って、ひどい目にあわされていないか心配だった。
アレクサンドル殿下は年齢に見合わない思考回路をしているので、許可なく訪問していることや誘拐騒ぎをネタに圧をかけ、なかなかの無茶ぶりをしそうな人物なので怖い目に合っていないか気になっていたのだ。
心から心配しているミントの表情に、ロザリンデはふふふと笑った。
横に立っているローの、腹黒にちょろく騙されてるな、と半分呆れた眼差しに、ふふんと優越感に満ちた視線を返してロザリンデは微笑む。
「ええ、ありがとう。あのね、ティアちゃん。色々と話し合ったのは確かだけど、アレクサンドル様は上手く落としどころを見つけてくださったから大丈夫。心配なさらないで。わたくし、この国の住人になるのよ」
綺麗な微笑みで「祝福してくださる?」と尋ねられて、素直に「はい」とうなずいた後で、ん? と首をかしげる。
無垢な乙女のようにロザリンデは笑っているけれど、相手はあの第三王子である。
それにこの国の住人になるとは、どういうことなのだろう。
亡命するような国勢でもないし、そもそも夫だと名乗っていたダンテは海洋王国の住人である。
謎だらけだと悩んでいる様子も可愛らしいと言いたげに、ロザリンデは微笑んでいた。
「この宝月祭が終わる頃には公式発表されるから、楽しみにしておいてね。わたくしの本当の夫はダンテだと知っているのは、アレクサンドル殿下と貴方たちだけだから、これからも内緒話ができるわ」
「神の手もですよ、ロザリンデ様」
「えぇ、そうね。そうだったわ。あの方と糸目も知っていましたわね」
ダンテの正直な申告に、ロザリンデは嫌そうに顔をしかめた。
その表情が常日頃は感情を見せない王侯貴族から遠く離れた、そこら辺にいる町娘にも負けず劣らずの豊かな表情だったので、ミントは目を丸くした。
「お師匠様とジルさんも、何かやらかしました?」
ロザリンデらしくない表情と「あの方と糸目」という言い方にヒヤヒヤしながら尋ねる横で、ヒョイと手を伸ばしたローがダンテのフードを軽くはねてすぐに戻した。
それまで静かに佇んでいたダンテの酷く慌てた様子と、その右頬にクッキリ焼きついた赤い手形に、ミントは察した。
子供がお腹の中に居るとわかっていながら安定期前にイチャイチャと肌を合わせたお仕置きで、バチーンと手加減なしのビンタはお師匠様らしい行動である。
「ロザリンデ様、お尻は大丈夫ですか?」
男性に対しては顔に一発手形を付けることが多いが、女性に対しては肉が厚くて跡が見えないという理由でお尻の左右をバシバシとそれぞれ叩く。
男よりも手加減しているから二回だと言われたものの、ミントもイタズラをしていた幼い頃は何度かやられたので、お尻が痛くて椅子に座るのが辛かったのを覚えている。
妊婦相手だから多少は手加減をしているだろうが、ロザリンデはまったくもって大丈夫ではない表情で、言葉もなく痛むお尻を押さえて一瞬だけ遠くを見た。
「えぇ、まぁ。やらかしたのはわたくしだから……そんなことよりも、ティアちゃん。貴女のお話は、貴女のお師匠様から聞きましたわ。もう少し待たせるけど、貴女が堂々と貴女のままで暮らせる国にするから大丈夫。アレクサンドル様とわたくしに任せてね」
やわらかく歩み寄ってミントの手をキュッと握りしめて優雅に微笑むと、ロザリンデは「簡単には会えない間も、貴女はわたくしの大切なお友達よ」と告げて、一歩後ろに下がった。
そしてダンテと手をつなぎ、瞳の奥底まで伺うように真っすぐ見つめてくるので、ミントはお別れを悟った。
「ロザリンデ様、ダンテさん。いつか、また」
「えぇ。いつか、また」
会釈をして身をひるがえしたロザリンデは、数歩進んで振り返った。
そして、クシャリと子供みたいに笑った。
「宝月祭では絶対に祝福されない私たちを、ティアちゃんにだけは祝福して欲しいなんて思ってしまったわ。あなたたちの宿に、以前約束したものも届けておいたから楽しんで。大好きよ、優しいあなた」
それだけ残すと返事も聞かずに、ロザリンデとダンテは連れだって去っていった。
なんだかひっかかりを覚えたものの、それが何か確かめる手段はなかった。
これからロザリンデが何をするのかはわからなかったけれど、簡単に会えない遠い存在になった事だけは理解できた。
それでも大切なお友達なのだから、いつかまた会えたらいいとミントは思った。
宵歩きで散々祭りを楽しんでから、二人は宿屋に帰った。
そのお友達からのプレゼントの大きな箱を店主から受け取って、一目で高級品とわかるその箱をドキドキしながら開けたミントは驚愕する。
箱いっぱいにセクシーランジェリーが詰まっていたのだ。
甘いフリルがふんだんに使われたガーターベルトや、総レースのベビードールや、大切なところを少しも隠していない穴あきのパンティの数々にも驚いたが、ふわふわした素材でできた首輪や、どうやって使うのかわからない尻尾や、兎耳や猫耳のカチューシャまである。
確かに、旦那様を誘惑する方法を尋ねたけれど、思っていたのと違う。
これはちょっと、高度過ぎるのでは?! と頭の中が真っ白になって固まっているミントの様子に、それまで言葉少なだったローが横から覗いて「こいつはすげぇ」とお腹を抱えて笑いだす。
「こりゃ、当分飽きないな。お、下にまだなんか道具が……」
「待って! 待って! 使わないから! 出しちゃダメ!」
「なら、売るか? 全部売りゃ貴族のお嬢さん並みのドレスが数着買えるぐらい、すげぇぞ、コレ」
「そこまで凄いの?! 売らないけど、売った方がいいの?! どういうことですか、ロザリンデ様―?!」
面白がって中身をあさるローと、それをキャァキャァ言いながら止めるミントの夜の戯れは、長引きそうだった。
見るだけで誘惑になるロザリンデ推奨のセクシー品の数々なので、直接プレゼントを使用しなくても二人が当分楽しめることは間違いなかった。
受け取りすぎだと返すこともできず、どう使うかもミントが迷っているうちに衝撃の告知が数日後に各国々を揺らす。
海洋王国の優雅な白鳥と名高いロザリンデ王女21歳と、アレクサンドル第三王子・13歳の政略婚姻が正式に発表されるのだ。
それは政権を簒奪する大切な足掛かりの一歩なのだが、今はまだ、当事者以外は誰も知らない。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる