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後日譚・海に浮かぶ月を見る
じゅうなな 愛の言葉
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最終日の夜更け。
ミントとローも人の流れに乗って、海岸へと向かって歩いていた。
サワサワと海風が優しく頬をなでる。
宵から深夜にかけて、神殿横の桟橋や街近くの海岸に人が流れるように歩いていく。
宝月祭の最終日になると人々は、海に向かって願い事を乗せたランタンを流すのだ。
漁師たちが水揚げした怪魚マカラタを原料にしたランタンは、薄い膜を張りあわせて小さな船型に加工されている。
マカラタの粘液を加工した薄い皮膜のままだと光らないが、船型に加工して神殿で祈りに満たされると、海に流すときには願い手が込めた魔力の色彩が灯るようになるのだ。
右手にランタンの船を抱え、左手でミントの手をガッチリつかんでいる様子に、つなぐというよりも捕獲されているみたいだと思ったらおかしくなった。
クスクスと笑いながらローを見上げたけれど、人の流れの中で警戒を強めているその横顔に少しだけ感傷的な気持ちがわいてくる。
ローと出会ってから一年と少し。
カリナン国の僻地から始まった関係も、今は国の南端にいることを思えばとても不思議で、寄せては返す波の音を聞いているとまるで夢のようだと強く感じる。
思えば、遠くに来たものだ。
会ったばかりの頃に感じたのは、この人は誰からも愛を受け取ることなく、身近な人にもらう愛を知らないまま、大人になったということ。
言葉にして確かめたことはないけれど、恋とか愛とかそんな段階以前に家族すら知らない孤高な人だけが持つ、独特の欠落と羨望を宿していた。
肌を合わせて睦み合うときに恐ろしいほど瞳の奥を覗かれるのも、欠落して知識の中だけにしかない、幾種類もの「愛」をミントの中に探して、それがどんなものなのかを伺い確認している。
明るさも、快活さも、振る舞いも。
彼本来の資質ではあるけれど、知識で得た「そうあるのが正しいとされる行動」をなぞった結果でもある。その決め事のまま違和感なく自然に振舞えるのは、好奇心が強く深く物事を理解した器用さのたまものだろう。
けれど、自分に欠落しているものをちゃんと自覚しているし、特定の何かに囚われることを厭い、自由に解き放たれたいと願う、焦がれている先があるのを赤い瞳を見れば気付いてしまう。
かといって傍若無人にはならず、一定の規範があるのも不思議だった。
感情とか情緒とかそういったものに囚われず自分の基準で行動しながらも、人の中で生きることに軸を置いた自由奔放さなのだと思う。
ローはずっと本気で夫婦だと言っていたのに、ミントはどこか距離を感じて仮だと誤解していたのも、たぶん根っこの部分で「愛」の認識が違うからだ。
本気と偽装の区別をつけるのが、ミントには難しいのはそのせいだろう。
時々、不安に襲われるのだ。
一緒にいる時も、戯れる時も、肌を合わせる時も、睦みあって心の奥底まで溶け合うときも、ずっと本気でミントだけを見ているのは確かだ。
その瞬間には塵ほどの嘘偽りも含まれていないのに、たまに焦がれた瞳で遠くを見ている姿に気持ちが揺れる。
それに気が付いてしまうミントは、つい「これはきっと仮初めの暮らし」だと安全な場所に気持ちを置きそうになる。
今のこの時間は、彼が知っている「正しい夫婦」像を模倣しているだけで、模倣するのに飽きたら、自分が正しいと思う方向へ迷いもせずに行ってしまう人だと思っておけば、その日が来ても心は痛まない。
もともと武人は、ずっと一緒に暮らすのが難しい生き物なのだ。
一緒に居られる今が宝物みたいな時間だから、一瞬一瞬を大事にしていけばいい。
ミントは自分の思うように振舞うローが好きなので、不意に正気に戻って「またな」と背中を見せてどこかに行ってしまっても、その在り方を認めてしまうけれど。
ほんのひとしずく。
ひとしずくでいいから、ローの中に落ちる愛の雫でありたかった。
愛し方どころか、愛が何かを、知らない人であっても良いのだ。
最初は小さなひとしずくでも、ふたつ、みっつと続いて集まれば、確かな愛としていつか心に満ちるかもしれない。
飾られたランタンの灯りで揺らめく宵闇の中。
人の流れに乗って歩く間は、会話もままならない。
海岸に辿り着くと人の少ない方へと、無言で砂を踏みながら歩いた。
波打ち際に辿り着くと、手にしたランタンに手のひらを添えて、ローとミントはそっと魔力を流した。
ほわりと灯った光のまばゆさに目を細め、祈りを込めてそっと海に流す。
ロウソクみたいにほんのりした灯るランタンが多い中、二人のランタンは眩いほどに赤と白銀に光輝いていた。
「不思議ね。ローさんは風の魔法が得意なのに、魔力は燃え上がりそうな赤」
「なんでも魔力回路がデカすぎて、魔槍に喰わせなきゃこの街ぐらいは吹き飛ぶらしいぜ。使い勝手が悪ぃし、細けぇのは苦手なんだよ」
「今もちょっと流しただけで、太陽が落ちてきたみたい。眩しいランタンって他にないね」
「他人事みたいに言ってっけど、キラキラ満月みてぇにアレが光ってんのは、俺のせいじゃねーぞ」
クシャクシャと髪をかき混ぜられて、ミントはつい肩をすくめた。
歩いている最中に不安が膨らんで、ずっとそばにいて私を見つめ続けて、という願いが強すぎて、つい魔力を込めすぎてしまった。
気のせいだよ、と言うには、炎に似た赤に負けず劣らず、白銀にも光が散っているから何も言えない。
「また、よけーなこと考えてるだろ。かわいい奥さんの願いぐらい叶えてやるぜ。神なんかに頼らず、言ってみな」
優しさを含む甘い声で肩を抱き寄せられ、一瞬、息をするのを忘れた。
あごをつかまれ、息がかかるほど近づいた顔を、ミントはジッと見つめる。
お互いに言葉もなく、ただ瞳を合わせて、触れ合った肌のぬくもりだけを感じた。
覗き込んでくる赤い瞳に、思わず「側にいて欲しい」と言いかけたけれど、すぐに伝えたいのは違う言葉だと気が付いて、ミントは微笑んだ。
「ロー・ウェン。私は、あなたが好きです。初めて好きになって、最後まで好きな人が、あなたで良かった」
例えこの先、側にいても、側にいられなくなっても、それだけは変わらない事だから、どこにいてもミントの気持ちを覚えていて欲しかった。
暗闇の中でチカリと光る導き星のように、小さいけれど確かな輝きとしてミントからの愛が、ローの中で育てばどれほど幸せな事だろうか。
慈愛に満ちた微笑みを無言のまま食入るように見つめていたローだが、少しだけ言葉につまった後で、ミントの肩口にその額を付けた。
抱きしめる腕の力は変わらないけれど、あきれたように「まいったなぁ」とつぶやく。それは驚くほど弱弱しい響きで、あきらめに満ちていた。
肩口に顔を埋めたまま動かなくなるので、ミントは「ローさん?」と声をかけたがそのままだった。
しばらくたって周囲にいた人たちが入れ替わった頃に、ローはゆっくりと顔を上げた。
「俺がどう思ってるかなんてーのは、今際の際に教えてやるよ。だから、そん時が来たら看取っていいぜ」
真っすぐに射抜いてくる赤い瞳に、ミントは喜びで震えた。
それは、生涯ともに在ると、同意の宣言だった。
武人ならではの言葉で、わかりにくいものではあったけれど、感動に打ち震えるほどの愛の言葉だった。
ミントはそれでも、尋ねてしまう。
「もし、何か理由があって私が先に逝くときにも、教えてくれる?」
看取れない時も、教えて欲しいなんて我儘だろうか。
喜びの中にあるほんの少しの不安がそんな言葉を言わせたが、ニヤリとローは笑った。
快活で恐れしらずの、いつもの表情で当たり前のようにうなずいた。
「そん時は神の庭で待ってな。冥界の入り口は知ってるからな、それほど待たせず、会いに行くぜ」
「入口って……生きたまま冥界の神様に物申すつもりなの?」
「おうよ。冥界の神様ってのは気前がいいからな。たった一言ぶんぐらいの時間は、槍で一刺しすりゃくれるはずだぜ。願いに見合う力を示せばケチケチしねぇ」
「でも、そんなことをしたら、生まれ変われなくなるって……来世がなくなってしまう」
「いらねぇよ、そんなもん。生まれ変わったら俺じゃねぇ」
だから生まれ変わらず待ってろ、と言われてミントは泣き笑いになる。
この人らしいと思いながらも、とんでもない事を言い出すし、発想が奔放すぎて返事に困ってしまう。
だけど嬉しいのは確かだから、わかった、とうなずいた。
「もし、ローさんが先に逝っても、神の庭で待っていて。冥界の入り口はわからないけど、ちゃんと自分の命を全うしてから会いに行くから、しぶとく居座っておいてね」
「いいな、それ。しわくちゃになってもミントはかわいーだろうから、ゆっくり来な。冥界の警邏どもと遊ぶのも楽しそうだ」
子供みたいな無邪気な顔でローは笑っていたが、なんだか物騒な遊びな気がしてミントは苦笑する。
それでもずっと不安で揺れていた胸の内側に、理屈でもなんでもない明るい光が差し込んだ気がした。
我ながら単純だと思いながらも、私たちは大丈夫だと、やっと実感がわいたのだ。
と、不意にローが海を見た。
穏やかな海上で、満月が煌々と輝いていた。
波に漂うランタンが海に落ちた星々のようで、幻想的な光景が広がっている。
綺麗だと思っていると不意に、ふわりとランタンが浮き上がった。
赤や緑やオレンジといった様々な色彩で灯りをともしながら、ランタンの船は次々に空へと舞い上がる。
遠くからも近くからも、ランタンを流していた人々の口から「おぉ!」という驚きの声が幾つも上がり、遠い海上でチャプン、と魚が跳ねた。
大きい魚も、小さな魚もいた。
キュイキュイと鳴く、蒼と白銀の海獣も見えた気がした。
ふわりふわりと空を翔ける願いの船も、銀盤のように輝く月も、穏やかで優しい音色を奏でる海も、宝月祭の終わりにふさわしい荘厳さを讃えていた。
幻想的な光景に、ミントだけでなくローも魅入られたように目が離せない。
遠くから響く歌を聴きながら、二人は飽きることなく海に浮かぶ月を見ていた。
ミントとローも人の流れに乗って、海岸へと向かって歩いていた。
サワサワと海風が優しく頬をなでる。
宵から深夜にかけて、神殿横の桟橋や街近くの海岸に人が流れるように歩いていく。
宝月祭の最終日になると人々は、海に向かって願い事を乗せたランタンを流すのだ。
漁師たちが水揚げした怪魚マカラタを原料にしたランタンは、薄い膜を張りあわせて小さな船型に加工されている。
マカラタの粘液を加工した薄い皮膜のままだと光らないが、船型に加工して神殿で祈りに満たされると、海に流すときには願い手が込めた魔力の色彩が灯るようになるのだ。
右手にランタンの船を抱え、左手でミントの手をガッチリつかんでいる様子に、つなぐというよりも捕獲されているみたいだと思ったらおかしくなった。
クスクスと笑いながらローを見上げたけれど、人の流れの中で警戒を強めているその横顔に少しだけ感傷的な気持ちがわいてくる。
ローと出会ってから一年と少し。
カリナン国の僻地から始まった関係も、今は国の南端にいることを思えばとても不思議で、寄せては返す波の音を聞いているとまるで夢のようだと強く感じる。
思えば、遠くに来たものだ。
会ったばかりの頃に感じたのは、この人は誰からも愛を受け取ることなく、身近な人にもらう愛を知らないまま、大人になったということ。
言葉にして確かめたことはないけれど、恋とか愛とかそんな段階以前に家族すら知らない孤高な人だけが持つ、独特の欠落と羨望を宿していた。
肌を合わせて睦み合うときに恐ろしいほど瞳の奥を覗かれるのも、欠落して知識の中だけにしかない、幾種類もの「愛」をミントの中に探して、それがどんなものなのかを伺い確認している。
明るさも、快活さも、振る舞いも。
彼本来の資質ではあるけれど、知識で得た「そうあるのが正しいとされる行動」をなぞった結果でもある。その決め事のまま違和感なく自然に振舞えるのは、好奇心が強く深く物事を理解した器用さのたまものだろう。
けれど、自分に欠落しているものをちゃんと自覚しているし、特定の何かに囚われることを厭い、自由に解き放たれたいと願う、焦がれている先があるのを赤い瞳を見れば気付いてしまう。
かといって傍若無人にはならず、一定の規範があるのも不思議だった。
感情とか情緒とかそういったものに囚われず自分の基準で行動しながらも、人の中で生きることに軸を置いた自由奔放さなのだと思う。
ローはずっと本気で夫婦だと言っていたのに、ミントはどこか距離を感じて仮だと誤解していたのも、たぶん根っこの部分で「愛」の認識が違うからだ。
本気と偽装の区別をつけるのが、ミントには難しいのはそのせいだろう。
時々、不安に襲われるのだ。
一緒にいる時も、戯れる時も、肌を合わせる時も、睦みあって心の奥底まで溶け合うときも、ずっと本気でミントだけを見ているのは確かだ。
その瞬間には塵ほどの嘘偽りも含まれていないのに、たまに焦がれた瞳で遠くを見ている姿に気持ちが揺れる。
それに気が付いてしまうミントは、つい「これはきっと仮初めの暮らし」だと安全な場所に気持ちを置きそうになる。
今のこの時間は、彼が知っている「正しい夫婦」像を模倣しているだけで、模倣するのに飽きたら、自分が正しいと思う方向へ迷いもせずに行ってしまう人だと思っておけば、その日が来ても心は痛まない。
もともと武人は、ずっと一緒に暮らすのが難しい生き物なのだ。
一緒に居られる今が宝物みたいな時間だから、一瞬一瞬を大事にしていけばいい。
ミントは自分の思うように振舞うローが好きなので、不意に正気に戻って「またな」と背中を見せてどこかに行ってしまっても、その在り方を認めてしまうけれど。
ほんのひとしずく。
ひとしずくでいいから、ローの中に落ちる愛の雫でありたかった。
愛し方どころか、愛が何かを、知らない人であっても良いのだ。
最初は小さなひとしずくでも、ふたつ、みっつと続いて集まれば、確かな愛としていつか心に満ちるかもしれない。
飾られたランタンの灯りで揺らめく宵闇の中。
人の流れに乗って歩く間は、会話もままならない。
海岸に辿り着くと人の少ない方へと、無言で砂を踏みながら歩いた。
波打ち際に辿り着くと、手にしたランタンに手のひらを添えて、ローとミントはそっと魔力を流した。
ほわりと灯った光のまばゆさに目を細め、祈りを込めてそっと海に流す。
ロウソクみたいにほんのりした灯るランタンが多い中、二人のランタンは眩いほどに赤と白銀に光輝いていた。
「不思議ね。ローさんは風の魔法が得意なのに、魔力は燃え上がりそうな赤」
「なんでも魔力回路がデカすぎて、魔槍に喰わせなきゃこの街ぐらいは吹き飛ぶらしいぜ。使い勝手が悪ぃし、細けぇのは苦手なんだよ」
「今もちょっと流しただけで、太陽が落ちてきたみたい。眩しいランタンって他にないね」
「他人事みたいに言ってっけど、キラキラ満月みてぇにアレが光ってんのは、俺のせいじゃねーぞ」
クシャクシャと髪をかき混ぜられて、ミントはつい肩をすくめた。
歩いている最中に不安が膨らんで、ずっとそばにいて私を見つめ続けて、という願いが強すぎて、つい魔力を込めすぎてしまった。
気のせいだよ、と言うには、炎に似た赤に負けず劣らず、白銀にも光が散っているから何も言えない。
「また、よけーなこと考えてるだろ。かわいい奥さんの願いぐらい叶えてやるぜ。神なんかに頼らず、言ってみな」
優しさを含む甘い声で肩を抱き寄せられ、一瞬、息をするのを忘れた。
あごをつかまれ、息がかかるほど近づいた顔を、ミントはジッと見つめる。
お互いに言葉もなく、ただ瞳を合わせて、触れ合った肌のぬくもりだけを感じた。
覗き込んでくる赤い瞳に、思わず「側にいて欲しい」と言いかけたけれど、すぐに伝えたいのは違う言葉だと気が付いて、ミントは微笑んだ。
「ロー・ウェン。私は、あなたが好きです。初めて好きになって、最後まで好きな人が、あなたで良かった」
例えこの先、側にいても、側にいられなくなっても、それだけは変わらない事だから、どこにいてもミントの気持ちを覚えていて欲しかった。
暗闇の中でチカリと光る導き星のように、小さいけれど確かな輝きとしてミントからの愛が、ローの中で育てばどれほど幸せな事だろうか。
慈愛に満ちた微笑みを無言のまま食入るように見つめていたローだが、少しだけ言葉につまった後で、ミントの肩口にその額を付けた。
抱きしめる腕の力は変わらないけれど、あきれたように「まいったなぁ」とつぶやく。それは驚くほど弱弱しい響きで、あきらめに満ちていた。
肩口に顔を埋めたまま動かなくなるので、ミントは「ローさん?」と声をかけたがそのままだった。
しばらくたって周囲にいた人たちが入れ替わった頃に、ローはゆっくりと顔を上げた。
「俺がどう思ってるかなんてーのは、今際の際に教えてやるよ。だから、そん時が来たら看取っていいぜ」
真っすぐに射抜いてくる赤い瞳に、ミントは喜びで震えた。
それは、生涯ともに在ると、同意の宣言だった。
武人ならではの言葉で、わかりにくいものではあったけれど、感動に打ち震えるほどの愛の言葉だった。
ミントはそれでも、尋ねてしまう。
「もし、何か理由があって私が先に逝くときにも、教えてくれる?」
看取れない時も、教えて欲しいなんて我儘だろうか。
喜びの中にあるほんの少しの不安がそんな言葉を言わせたが、ニヤリとローは笑った。
快活で恐れしらずの、いつもの表情で当たり前のようにうなずいた。
「そん時は神の庭で待ってな。冥界の入り口は知ってるからな、それほど待たせず、会いに行くぜ」
「入口って……生きたまま冥界の神様に物申すつもりなの?」
「おうよ。冥界の神様ってのは気前がいいからな。たった一言ぶんぐらいの時間は、槍で一刺しすりゃくれるはずだぜ。願いに見合う力を示せばケチケチしねぇ」
「でも、そんなことをしたら、生まれ変われなくなるって……来世がなくなってしまう」
「いらねぇよ、そんなもん。生まれ変わったら俺じゃねぇ」
だから生まれ変わらず待ってろ、と言われてミントは泣き笑いになる。
この人らしいと思いながらも、とんでもない事を言い出すし、発想が奔放すぎて返事に困ってしまう。
だけど嬉しいのは確かだから、わかった、とうなずいた。
「もし、ローさんが先に逝っても、神の庭で待っていて。冥界の入り口はわからないけど、ちゃんと自分の命を全うしてから会いに行くから、しぶとく居座っておいてね」
「いいな、それ。しわくちゃになってもミントはかわいーだろうから、ゆっくり来な。冥界の警邏どもと遊ぶのも楽しそうだ」
子供みたいな無邪気な顔でローは笑っていたが、なんだか物騒な遊びな気がしてミントは苦笑する。
それでもずっと不安で揺れていた胸の内側に、理屈でもなんでもない明るい光が差し込んだ気がした。
我ながら単純だと思いながらも、私たちは大丈夫だと、やっと実感がわいたのだ。
と、不意にローが海を見た。
穏やかな海上で、満月が煌々と輝いていた。
波に漂うランタンが海に落ちた星々のようで、幻想的な光景が広がっている。
綺麗だと思っていると不意に、ふわりとランタンが浮き上がった。
赤や緑やオレンジといった様々な色彩で灯りをともしながら、ランタンの船は次々に空へと舞い上がる。
遠くからも近くからも、ランタンを流していた人々の口から「おぉ!」という驚きの声が幾つも上がり、遠い海上でチャプン、と魚が跳ねた。
大きい魚も、小さな魚もいた。
キュイキュイと鳴く、蒼と白銀の海獣も見えた気がした。
ふわりふわりと空を翔ける願いの船も、銀盤のように輝く月も、穏やかで優しい音色を奏でる海も、宝月祭の終わりにふさわしい荘厳さを讃えていた。
幻想的な光景に、ミントだけでなくローも魅入られたように目が離せない。
遠くから響く歌を聴きながら、二人は飽きることなく海に浮かぶ月を見ていた。
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