君が奏でる部屋

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14 デートの予習

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 先生が「大好きだから結婚して」って言ってくれて、嬉しかった。

「結婚する前にデートしよう」
 優しく言ってくれて、先生のこの言葉も、私は嬉しくてたまらなかった。それなのに、私はデートが何だかわからなかった。言葉自体は知っているような気がしたけど、何をしたらデートなのかわかってないかもと気づいた。先生にも、デートで何をするかお友達に聞いてみなさいって言われた。

 学校でお友達に聞いてみたら、皆それぞれつきあっている彼氏がいて、みんな私にデートの経験談や、おすすめデートの話を聞かせてくれた。皆が順番に話し終わると、私が今先生とどういう関係で、どこまで行ったのかを聞かれた。

 私は、あの駅の隣のデパートの一番上の階のティールームと答えた。それはもうデートだと言われた。でも、先生が受けたコンクールの結果を聞くのを待つために、電話で呼び出されたという経緯を話したら、それはやっぱりデートじゃない……と言われた。デートって、場所は関係ないみたいだった。

 ティールームではどんな話をしたのかも聞かれた。なんの話をしたかな…………。頼んだケーキを、私が上手に食べられなくて困っていたら、私が好きなカスタードプリンを注文してくれて、ボロボロになったケーキは先生が食べてくれたと言ったら、みんなきゃーきゃー言って喜んだ。それで結局閉店になっちゃったから、コンクールの結果を聞かずに一緒に帰ったという結末を話したら、それは絶対デートだと大騒ぎになった。今の話の内容のどこからデートに格上げされたのか、わからなかった。

 キスは何回くらいしたのかと、上手いかどうかも聞かれた。「去年と昨日の2回で、上手いかどうかはわからない」って言ったら、みんな静かになった。まるで、テスト用紙が配られた時に難しい問題しかなくて、あきらめたような空気感と同じだった。そして、皆で居残り教室に行くのは楽しいよねっていう雰囲気になった。

 キスが上手いかどうかはどうしたらわかるのか聞いたら、皆それはそれは楽しそうに、ずっとしてほしいようなのとか、とろけそうなのとか、気持ち悪くないのだとか、苦しくないのとか、口々に言ってくれた。じゃあ先生は上手いのかも……と思ったら、うっかり口に出ていたみたいだった。

「キスも上手くてすごーく優しい先生で、まだ2回しかしていないなら、彼女は他にいるのかもね」

 マヤちゃんに、事も無げに言われた。他のみんなも、それから何も言わなかった。先生は大人だもんねって。大人は秘密が多いもんねって。聞かない方がいいかもねって、皆で慰めてくれた。この話は終わりにしたほうがいいのかなって雰囲気になった。
 だから、結婚することになった話はしなかった。皆、何かのお礼にデートするだけって思ってるみたいだった。彼氏の話や恋の話をしているお友達の表情は、皆とってもかわいくて、うらやましかった。私は、いつになったらそんな風にかわいくなれるのだろう。

 やっぱり、わかってくれるのはパパかなぁ。パパも、昔は私をお膝に乗せて「かわいいね」って言ってたくさん抱きしめてくれて、ほっぺにキスをしてくれたけど、それはお友達も皆同じみたいだった。最近はされない、っていうのも同じ。私もパパのお膝には乗らなくなった。先生にも「かわいい」って言われてみたい。先生は私のこと「かわいい」のかな……。

 パパは、私が小さい頃から先生のことが大好きなのを知っている。先生は、私が産まれた日から、毎日私に会いにきてくれたって教えてくれた。まだ私の名前もなかった時、キレイな花束をくれて……。その時先生は4歳だったのに、格好いいスーツで一人で来て、花束をプレゼントしてくれたって……。「いいかおりでしょ?」って。それでパパがその場で「かおり」って名前を決めたって。先生も「かおり、かおちゃん、かわいい!」って言って、すぐに決まったって教えてくれた。だから、私の名前を決めたのは、パパと先生なんだって。

 先生のお母さんからも聞いたことがある。私が産まれた日に先生を病院に連れて来てくれて、私のママのお世話をしてくれたって。私のママと先生のお母さんは、私と同じ学校の同窓生で、同じクラスのお友達だったって。
 私が泣かなくて、おとなしい赤ちゃんだったから、子供だった先生にもずっとだっこしてもらったって。先生は私をお膝に乗せて『ハッピーバースデー』を歌ってくれたって。それで赤ちゃんだった私がニコニコしてたって聞いた。4歳だった頃の先生なんて想像もつかないけれど、可愛かったのかな、格好よかったのかな。

 先生は5歳の誕生日に、ピアノの発表会で『エリーゼのために』を弾いたって。それまでは、あの先生のピアノが、揃っていないのに速く弾けることや、強く乱暴に弾くことを格好いいと勘違いしていて、丁寧に弾くことができなかったとか。それなのに、私のパパが赤ちゃんだった私を発表会に連れて行ったら、びっくりするくらい素敵な演奏をしたって。
 先生のお母さんが、先生に何に気をつけて弾いたのか聞いたら、
「かおちゃんがびっくりしないように。一番後ろにいたかおちゃんにキレイな音を届けるように。かおちゃんに素敵な曲を聴かせたいから」
って答えたって。
 先生のお母さんも、私のことは無条件で大好きって言ってくれるけど、ピアニストを育てる者として、教えようと思っても教えられないものを、かおちゃんが5歳の時の先生に教えてくれたって。ありがとうって泣きながら言ってくれたことがある。だから4歳までの先生と5歳からの先生は、演奏の雰囲気も音も音楽も、全く違うらしい。

 先生は、デートで私とお話したいって言ってた。砂浜を歩いて、座って、これらをひとつひとつ聞いてもらうっていうのはどうかな。お話したいって、こういうことでいいのかな。レッスンじゃないなら、制服じゃなくていいのかな。これも、先生に聞いていいのかな。

 何でも聞いていいのは……先生とパパ。 

 よし、パパに聞こう。


















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