29 / 151
29 どうしたらいいかわからない
しおりを挟むコンクール主催者と打ち合わせに行った日。
かおりには、たまにはお友達と遊んでおいでと伝えておいた。
もう夜になった。今日は何をしていたのだろうか。もう帰ってきたのだろうか。今日は車を使わなかったので、電車の中からメールしてみた。
「未来の仕事をしてきたよ。かおりは何してる?」
「これからマヤちゃんたちとごはんにいきます」
すぐに返信があった。これからだなんて、遅い時間だな。高校生だし、あの子たちにしても珍しいんじゃないだろうか。
「これから? どこのお店?」
「新宿の『やきとりやさん』ていうお店だそうです」
チェーンの居酒屋じゃないか。こんな時間からなんておかしい。
新宿は……車内から外の景色を見るとさっき過ぎたばかりだと判った。戻ろう。
僕はすぐに電車を降りて、メールしながら新宿に引き返した。
「マヤちゃんの他にはだれと一緒なの?」
「私とマヤちゃんと、あと8人。違う学校の子もいるみたい」
それはもう、違う目的の飲み会としか思えない。高校生だし居酒屋はまずい。僕だって滅多にいかないのに、かおりは慣れていない。何より、行かせたくない。
新宿に着いた。『やきとりやさん』まで走って行って店内を覗いてみた。女子高生くらいの女の子10人はどこだ……。こっちにはいない……。店内は予想外に広かった。……あそこは男女5人ずつの10人だ。あ、そこにマヤちゃんとかおりがいる。かおりはこれが何だかわかっているのだろうか。
僕はお店の人に頼んで、マヤちゃんを呼んでもらった。マヤちゃんは不思議そうな顔をしながらも、お店の人と一緒にこちらに来てくれた。
「マヤちゃん。こんばんは」
「あっ、槇さん! ……こんばんは」
「これは何? かおりは意味わかってる?」
「すみません、わかってません。今日は珍しく一緒に遊べるって言われて、誘っちゃいました」
「ごめんね、お酒も飲ませたくない。かおりを連れて帰っていいかな?」
「もちろんです。呼んできます」
「待って。僕たち結婚するんだけど、かおりはマヤちゃんに話していない?」
「えっ! 本当ですか? 知らなかったです。ごめんなさい。かおりは彼氏いないって言ってたので、先生は他に彼女さんがいらっしゃるんだろうと思ってました。本当に本当にごめんなさい!」
「いいよ、かおりも結婚するの初めてで慣れていないから。かおりの分のごはん代、これで足りるかな、マヤちゃんが幹事?」
「はい、すみません。かおりを呼んできます」
「ありがとう。マヤちゃん、飲みすぎないようにね」
「見逃してくださ~い!」
やれやれ。
今度はかおりが不思議そうにやってきた。僕は黙ってかおりの手を引いて外に出た。
「……せん、せい? ……まって……いたい………」
同じ新宿の、ホテルの高層階にあるバーに連れて行った。悪いけど、綺麗な夜景を見せてかおりを可愛がるためではなく、自分が酔いたいだけだった。
かおりは表情をよく読もうとする。今、僕が普通じゃないことに不安を感じているだろう。幸い、今日は車じゃないから飲める。かおりを家に帰さないといけないから、酔わないうちに携帯のアラームをかけた。かおりにはソフトドリンクと軽食を注文し、僕は……教授にやめろと言われたことのある強めの酒を頼んだ。
かおりといても、こんなに沈黙が苦しいことはなかった。
少し時間が経ったが、アラームくらいでは、今日は無理だと感じた。万が一僕がまずいことにならないよう、かおりのために、門下の後輩の高橋を電話で呼び出した。
「高橋? ごめん、頼みがある。こっちに来てくれないか……そう、新宿の……そう、悪いな」
教授と高橋と、ここで何回か飲んだことがある。僕が最悪どうなるかも知っているのに来てくれた。申し訳ないが、かおりのためだ。
関西から東京に出てきて一人暮らしの高橋の家はここから近い。僕の家も知っている。
「槇先輩、藤原さん、こんばんは」
「悪い、高橋。まだ酔ってないから今のうちに言うけど、今日付き合ってもらうか、今かおりを連れて帰るか、どっちかお願いしたいんだけど」
「わかりました。槇先輩お一人を残して失礼するのは気が引けますが、藤原さんをお送りします。藤原さん、行きましょう。今日は僕がお送りします」
「……え?……先生……帰らないの?」
「ごめん。今日はかおりに優しくできない」
「藤原さん、行きましょう」
「まって……え……先生……」
高橋に促されてバーの入り口へと向かされていたかおりが戻ってきて、僕の頬にキスをしたがった。バーの椅子は座面が高い。190センチちょっとの僕が座っていても、立っている高さとさほど変わらなかった。かおりは僕の横に立って、すがるように懸命に背伸びをした。
ごめん。
かおりが仲直りを求めたのはわかっていた。僕は避けることもせず、目を閉じてかおりのされるがままになった。もしケンカして仲直りする時は、頬にキスをすると決めたことも覚えている。なのに僕は、それを拒否した。
かおりを許せなかったわけではない。かおりがわかっていないことに対してどうしたらいいのかがわからなかったのだ。
一生懸命に体を伸ばして、頬に何度キスをしても僕の表情と冷たさが変わらないことを悟ったかおりは、その場で泣き出してしまった。僕も泣きたかった。
「槇先輩、これ以上はお引き受けできかねます」
「そうだな、悪かった。僕が自重するよ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
中途半端に酔った状態で、かおりと外に出た。かおりをきつく抱きしめて、めちゃくちゃにしたい気もしたし、一人で酔って何も考えられないようになりたい気もしたし、かおりを一歩も外に出さずに家に置いておきたい気もした。
そこで、ハッとした。かおりのお母さんは外に出ないでずっと家にいる……。
僕は、かおりのお父さんに会いたくなった。今のこの気持ち、かおりのお父さんはわかってくれるだろうか。
僕はかおりと共に新宿からタクシーに乗り、かおりの家に向かった。僕はタクシーの中で、かおりの手も握らず、反対側の窓の外を向いていた。
ショックでどうしたらいいかわからなかったし、かおりに優しくできない自分も許せなかった。
2
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる