君が奏でる部屋

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51 誕生日

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 僕の母親が主催する発表会は、毎年4月2日……僕の誕生日に行われていた。

 母親の発表会に参加するのは気恥ずかしい時もあった……特に思春期の頃。しかし、どんなに母親と接するのがいやでも、一日中堂々とかおりと一緒にいられる貴重な日なので、毎年伸びる身長と体型に合わせて誂えてもらった新しいスーツを着て、かおりを側に置いて受付とアナウンスを手伝っていた。

 受付ではかおりに指示を出して細かいことを手伝ってもらい、開演してからはアナウンスをした。ステージ袖は物音をたてない。

「……かおり、そっちにある、僕のペン貸して?」
とか、どうでもいい用件をかおりの耳元に囁いたりするのが密かに楽しかった。

 資料の入ったファイルから、今までのプログラムを全て見せてもらった。

 僕の母親はピアニストで音大の講師だから、参加するのは音大受験生やピアノ科の学生、趣味の大人の方々で、小さい子供は僕一人だった。いや、二人になった。

 かおりも3才になったばかりの翌月の発表会から参加した。僕が4才になりたての発表会で弾いた、フランス民謡の「つきのひかり」という曲だ。

 3月末生まれのかおりが3才になったばかりということは、発表会で8才になる僕、つまり当時7才の僕が2才のかおりに教えていたのだった。

 僕はかおりが大好きで、かおりはピアノが大好きだった。できるまでに時間はかかったが、僕の弾くのを見て、僕の言うことを聴いて、僕の楽譜を見て、一生懸命ゆっくり丁寧に弾いていた。

 僕もかおりも、世帯数の少ない同じ社宅で育った。社宅でも、子供は僕たちだけだった。二人とも小さい頃から両方の家の鍵を持たされ、かおりは自分の家と僕の家とを自由に行き来して、僕が小学校から帰宅するまで、ずっと僕の家でピアノを弾いて過ごしていた。

 僕は、電車で少し遠い国立小学校に通っていた。僕が夕方、家に帰ると、かおりが出てきてにこっと笑って「きいてきいて」とランドセルを背負ったままの僕をピアノのところにひっぱっていき、その日に練習した曲を聴かせてくれた。昨日教えたことは全てできていて、楽譜の次のページを指して僕に「ひいてひいて」とせがんだ。にこっと笑うかおりが、かわいくてかわいくてたまらなかった。その場ですぐに出来なくても、僕が優しく、
「大丈夫。できるよ?もう一回」
と言えば、何回でも弾いて夜まで過ごした。

 僕は僕で、夜からはピアニストの母親に毎日レッスンしてもらっていたから、本当はそれまでに自分も練習しなければならなかった。だが、かおりのレッスンをしていたら自分の練習は出来なかった。その代わり、小学校への行き帰りで難しい指使いの場所の復習をしたり、暗譜で歌えるように階名唱を呟いたり、レッスンでものすごく集中して、その場で出来るようにした。学校の宿題は全て休み時間と昼休みに終わらせた。

 母親は、普通の男の子が遊ぶこともせずに僕がかおりのレッスンをしていること、かおりがめきめきと上達していること、だからこそ僕が母親のレッスンを集中して取り組んでいることをわかっていた。練習していなくて叱られることはなかった。


 懐かしいな……。


 僕のプログラム

3才 モーツァルト キラキラ星(母親と連弾)
4才 フランス民謡 つきのひかり
5才 ベートーヴェン エリーゼのために
6才 ブルグミュラー アベマリア・天使の声・真珠
小1 ベートーヴェン ソナタ19番Op. 49-1
小2 メンデルスゾーン 春の歌Op.62-6 ベニスのゴンドラの歌Op. 30-6 プレストアジタートOp. 53-3
小3 ベートーヴェン ソナタ8番『悲愴』
小4 モーツァルト ソナタ11番KV331
小5 ショパン スケルツォ2番Op. 31
小6 シューベルト 即興曲Op. 142-3
中1 プロコフィエフ ソナタ1番Op. 1
中2 ラヴェル ソナチネ
中3 リスト ハンガリアンラプソディー2番
高1 ベートーヴェンソナタ『熱情』
高2 リスト ラ・カンパネラ
高3 モーツァルト ファンタジーKV475
大1 リスト スペインラプソディー
大2 ショパン エチュードOp. 10
大3 ショパン エチュードOp. 25
大4 ラフマニノフ ソナタ2番Op. 36



かおりのプログラム

3才 フランス民謡 つきのひかり
4才 オースティン 人形の夢と目覚め
5才 シューマン 最初の悲しみ・民謡・トロイメライ
初等部1年 ドビュッシー 夢
初等部2年 モーツァルト キラキラ星変奏曲
初等部3年 メンデルスゾーン ロンド・カプリチオーソ
初等部4年 バッハ 平均律1巻3番
初等部5年 リスト 愛の夢
初等部6年 ショパン エチュード『エオリアンハープ』『大洋』『別れの曲』
中等部1年 リャードフ『オルゴール』『バルカローレ』
中等部2年 シューマン ソナタ ト短調
中等部3年 バッハ=リスト オルガンのためのプレリュードとフーガ イ短調
高等部1年 バッハ=ブゾーニ シャコンヌ
高等部2年 ドビュッシー プレリュード1巻
高等部3年 ベートーヴェン ソナタ24番『テレーゼ』


 かおりは今年、大学1年か……。何を弾かせよう?リストの『献呈』もいいし、『ラ・カンパネラ』もいい。


 僕は社会人1年……。何にしよう。考えていなかった。そろそろ曲目を提出しないと母親から無駄に連絡が来る。

 ショパンの『幻想曲』か『バルカローレ』か『子守歌』あたりにしようか……。あ、『子守歌』は赤ちゃんができた時にしよう。それとも、かおりが弾きたいって言うかな。















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