君が奏でる部屋

K

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講師時代の想い出

9 友情

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 女友達……。

 男女間での友達なんて、考えたこともなかった。


「先程、何て仰いました?」
「あぁ、申し訳ない……妻」

「ご結婚されてるって、本当だったんですね。指輪も、気づいていましたが、皆さん『ただの女避けのアクセサリーだろう』って噂もあって」


 幼なじみで、生徒で、ずっと片想いしていた。女友達にはそういうのも話すものなのだろうか? 如月さんは何となく、他の友達に話したりはしないだろうが……。僕は、そんな風に少しだけ疑う自分に、複雑になった。正直、妻以外の女には面倒な思いをたくさんさせられてきた。勿論、全員ではないのだが。


「如月さんと会ってから、知らない感情にたくさん遭遇したよ」
「お噂を聞いた限りでは、槇君て孤高の存在のようでしたのに、お会いしてみたらとても優しくて人間らしくて、あたりまえですのにね、すみません。尊敬すべきところもたくさんありますし、とても興味を持ってしまって。でも、私の気持ちは、大勢いらっしゃるファンの方々とは何か違うような気がして。……それで、お友達になれないかと真剣に考えたんです」

「僕も、それはわかるつもり。大概、用はない筈だし、話しかけてきたりはしないから」
「それは、槇君が話しかけられないようにしていたからでは?」


 そうかも……。


「奥様のお名前も、偶然お聞きしてしまったので、他の人には話しません。書店で何をご覧になっていたのかも。ただ、張りつめていらっしゃったような気がしたので、会った時に普通に挨拶をしたり、ちょっとした世間話や音楽の話ができる女友達に立候補したいんです。それだけです。困らせてしまってごめんなさい。今日はこれで失礼しますね。ありがとうございました」


 僕と友達になりたいだなんて……。不思議な女性だ。キャーキャー騒ぐ女とは違う。真面目で、よく気がつく、母親に似た女性。結婚していることを聞いても、特に態度も変わらない。






 僕は立ち上がり、家に帰った。一瞬とはいえ仮眠をとったからか、頭がすっきりしている。おそらく、それだけではない。何かさっぱりしたような気持ちだった。


 帰宅すると、家の中は静かだった。寝室を見ると、かおりはベッドで眠っていた。本番が終わって疲れただろう。バスルームには、かおりが本番で着ていたワンピースが既に洗って干してあった。


 キッチンに行った。パンとヨーグルトを食べた形跡がある。朝食みたいだが、ちゃんと食べたんだな。ん?これは昼食か?夕食か?


 僕はベッドに座り、かおりの寝顔を見ながら静かに頬を撫で、ゆっくり髪を撫でた。


「かおり、愛してる。どうか元気で、笑って過ごして……」


 想うだけでなく、何というか胸から何かがあふれて、勝手に口からこぼれてきた。そしてそれは、かおりのパパが、常にかおりに対して望んでいたことだった。そこで僕は初めて、かおりとピアノのことを切り離して考えた。


 元気で笑っていてくれればいい。

 ピアノがつらいなら、無理に弾かなくていい。



 ママになりたいなら、叶えてやる。

 僕はいいパパになろう。

















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