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講師時代の想い出
11 御礼
しおりを挟む春。
息子の仁は4ヶ月になった。
仁はかおりに似た性質でおとなしい。いつもにこにこしている。
仁は早起きだ。そして、目が覚めるとかまってほしがる。
朝方から、僕はいつものようにキラキラした目でこちらを見る仁を静かに抱き上げ、キッチンに行き、片手でミルクを作る。
かおりはまだ寝ている。明け方まではかおりが二時間か三時間おきに母乳を飲ませている。なかなか、まとめて眠ってくれない。夜中に少しだけむずかる様子は聞こえてくるが、僕が起きなくてもかおりがあやしてくれていた。
明け方あたりからは僕が起きてミルクを作って飲ませている。まぁ、眠いけれど、今だけだ。僕と同じ顔をしてにこにこしている。かわいくてたまらない。
ミルクを飲ませた後は、抱っこして近くの公園に連れていく。本当は、そこは公園という程ではなく、ブランコが二つあるだけの場所だ。かおりもそこを公園という。
「仁、今日も公園に行こう」
「ブランコに乗るか?」
「一人で漕げるようになるのは、仁がいくつになる頃なんだろうな」
小さなかおりに話しかけたのと同じように、仁に声をかけた。
仁は、わかっているのかいないのかはわからないが、僕が何か問いかける度にキャッキャッと笑った。まだおとなしいが、かおりよりも活発になる予感がする。
走り回るようになったらこの公園では物足りないだろうな。僕は子供の頃に遊んだ広い公園を思い出した。かおりが産まれる前、母親は常に一緒に走って遊んでくれた。
仁は空に手を伸ばした。僕は、木の枝や葉に届くように高くしてやった。
「槇君?」
何か、懐かしいシチュエーションだな。
振り向くと、やはり如月さんだった。
「やだ、本当に槇君?」
「おはよう」
「槇君、その子……」
僕はもう隠すような場面ではなかったから安心して答えた。
「息子だよ」
「わあ……こんなところでこんな槇君に会えるなんて」
「如月さんこそ、早いね」
「今日は、準備したいことがあるから」
如月さんは大学院を卒業し、音楽教育学科の講師になったと聞いていた。もともと、養護教諭の勉強をしてきた人だ。音楽療法や発達障害者の音楽教育に生かしていきたいらしい。
仁は、近くに来た如月さんにもにこにことした。
「槇君に似ているのかしら」
「似ているでしょ?」
「ふふっ、槇君のパパの顔も素敵ね」
「いや、もう、何を言われても。かわいくてね」
「何だか、朝から御馳走様って気分だわ」
「何とでも」
僕の顔にすり寄ってきた仁のほっぺをすりすりした。
仁がキャッキャッと声をあげる。それだけなのに、楽しくてたまらない。
「もう行くわ。見せてくれてありがとう。またね。」
「あぁ。ほら、仁。如月さん、バイバイって」
僕は手を振ってみせた。仁も真似して手を振った。
「バイバイ」
如月さんも仁に手を振ってくれた。
そして、彼女は大学に向かった。
良き同僚だ。そして……。
「あ、如月さん、待って」
僕は大切なことを伝えるのを忘れていた。
如月さんは振り返った。
「友達になってくれて、ありがとう」
如月さんは、笑顔でもう一度手を振ってくれた。
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