君が奏でる部屋

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新婚時代の想い出

3 おこってるのはどっち?

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 朝。

 よく寝た。私は先生の黒いワイシャツを着ていた。シャツしか着ていない。自分で着た覚えがない。日曜日の朝もそうだった気がする。なんだか恥ずかしい。先生が着せてくれたんだよね。


 先生にいろいろされて、体がくたくた。時計を見た。まだまだ時間はある。シャワーを浴びようと、ベッドから出た。

 バスルームでシャツを開けた。

「っあ!」
 鏡に映った自分にびっくりして、声を出してしまった。思わず後ろに倒れてドアがガタンと鳴った。まずい、先生を起こしちゃう。


「かおり?どうした?開けて!」
 先生がすぐに来てくれた。

「大丈夫!起こしてしまってごめんなさい」
 私はバスルームの鍵を閉めたまま先生に言った。

「だめ。かおり、開けて」
 先生にそう言われたら開けるしかない。私はもう一度黒いシャツを着た。


「……ごめんなさい」
 私はバスルームのドアをゆっくりと開けた。

「どうした?」
 夕べの意地悪な先生じゃなくて、本当に心配そうな目をしていた。昨日の意地悪な先生は怖かった。思い出したら涙が出てきそうだった。先生が膝をついて、私の目線より下から覗きこんだ。

「かおり、どうした?」
 そんな、何から話したらいいかわからない。

「声を出したのは何故?痛いところは?それから今、僕のことが怖い?」

 どうして。今はこんなに優しいのに……。

「かおり、痛いところはない?」
「痛くない」 

「本当にどこも痛くない?女の子のところも?」
 先生は両手で私の腰を優しく包んだ。

「……うん、痛くない。でも……」

 抱き上げられて、ソファに座らせられた。先生が隣に座って、両手を優しく握ってくれた。私が安心できるようにしてくれている。

「でも?何?ゆっくりでいいから話して?」
 先生は、私の口元に耳を近づけた。私が一番言いにくいような時に、そうしてくれる。顔も見えないし、小さい声で話せる。そして、待っていてくれる。

「ちょっと、……いじわるされたみたいで、……先生のこと、怖かった」


 先生は私の目を見て謝った。

「あぁ……。悪かった。一昨日ね?」
「昨日です。一昨日くらいなら……」

「昨日?」
「本当は一昨日だって恥ずかしかったです。明るいところで……」

 先生が私の顔を見つめ直した。

「かおりは昨日、丸一日寝ていただろう。今日は火曜日。昨日は月曜日。僕が激しく求めたのは一昨日の日曜日だ。確かに、かおりに泣かれた時は、ちょっと苛めすぎたと反省してる」

 え……今日は、火曜日?
 昨日はどこにいっちゃったの?


 先生は私の頬を撫でて立ち上がった。
「痛くないなら、タイムリミット。もう支度をしないと。かおり、シャワーを浴びておいで。火曜日の支度をするんだよ?話の続きは夜ね。もう避妊具がないから、今日は我慢するから」

 火曜日?月曜日、私は一日寝ていたの?大学に行ってないの?休んだの?


 いつも通りに早起きをしたつもりだったけど、急いで支度をすることになった。シャワーを浴びるためにもう一度シャツを開けたら、胸に無数の赤い跡があった。そうだ、これに驚いたんだった。鏡で後ろを見ると、背中やお尻にもあった。太ももや、二の腕にも。洋服で隠れるところだけだけど、模様みたいだ。首や襟元は大丈夫みたい。だんだん薄くなって消えるんだ……。


 バスルームから出てきたら、先生が私の洋服を出しておいてくれた。ピンクの下着、それより濃い色のブラウス、膝下丈の長いスカート、ソックス、カーディガン。迷わなくて済んだ。薄い色のブラウスには合わせない、ピンクの下着を着けた。こういうことも、先生に教えてもらった。制服は迷わなくてよかったな……。


「急いだり、走ったりしてほしくない。途中まで送るから」
 先生がサングラスをして車に乗せてくれた。踏み切りを越えて、大学まであと少しのところの広い場所で車を止めた。

「ありがとう」
 車のドアを開けて外に出ようとしたら、先生に腕を捕まれた。

「かおり、行ってきますのキスをして」
 サングラスをしている先生の表情はわからない。

「え、あ」
「3分はできるよ?」

「そんなに長く?」
「ほら、早く」

 先生が珍しく強い態度で私を急かす。絶対しないとダメだなとわかった。私はサングラスにぶつからないよう、そうっと頬にキスをした。

「ダメ、もっと。しないなら連れて帰るよ?」
「ええっ?」

 私は先生の首に両手を添えて、唇に短くキスをした。

「大好き」 
「かおりらしくて……。うん、僕も大好きだよ。気をつけて。今日は火曜日だからね、じゃ」

 また思い出させることを言う……。サングラスをした先生の表情は最後までわからなかったけど、いつもの優しい先生だった。

 私は時計を見て確認した。大丈夫。間に合う。携帯には、お友達のマヤちゃんからメールが来ていた。見てもいないし、返信もできなかった。

「かーおーり!おはよう!今日は来られたのね?昨日はどうしたの?」

 そのマヤちゃんが後ろから私の背中をポンとした。

「マヤちゃん、ごめんなさい。まだメールを見ていないの。寝坊しちゃって」
「え?余裕で間に合ってるじゃない。送ってもらってキスしちゃって、見えたわよ?朝から素敵だったわ~」

「あの、朝起きたら月曜日だと思ったの。なのに今日は火曜日だよって、先生が……」
「昨日丸一日寝てたってこと?わあ~?それは寝坊だわね。一昨日は何をしていたのかしら?」

「一昨日は、先生に苛められていました」
「……わかってるわよ。かおり、全部真面目にお返事しなくていいのよ?私には教えてもらいたいけど、ふふっ」

「じゃあマヤちゃんには教えるけど、ひにんぐがないから、今日はがまんするって」
「あらあら……本当にかおりったら、もう。大学からのお友達に、そこまで話しちゃダメよ?私だけにしてね!女子大生にまで遊ばれちゃうわよ?」

 マヤちゃんは笑った。どこが面白かったのかわからないけど、マヤちゃんの笑顔はかわいい。


 お昼は、いつもマヤちゃんとお友達と皆で食べる。高等部までずっと一緒だったお友達もいるし、大学から初めてお友達になった人もいる。皆が集まったところでマヤちゃんが言った。

「かおりは、昨日風邪気味で喉が痛かったんでしょ?今日もあまりしゃべらない方がいいよ?」
「あ、うん」

 私は答えた。確かに私は昨日風邪気味……だったかな?それで喉が痛いのかもしれない。そんな気がしてきた。私は喉に手をあてた。痛い気がする。うん、痛い。

「かおり、大丈夫だった?」
「静かにしていてね」

 お友達が口々にそう言ったので、私は黙って頷いた。そんなやりとりをした後、マヤちゃんは急に席を立った。

「あ、ごめん!私、ちょっと用事を思い出したから皆先に食べてて?」


 マヤちゃんは、午後の授業の直前に戻ってきた。小さくてカラフルなショッピングバッグを持っていた。誰かにプレゼントするのかな。


 放課後。
 「お大事にね」って、マヤちゃんがその可愛いバッグを私にくれた。何だろう。テープで止めてあるから中身はわからなかった。



 家に着いた。
 先生がピアノの練習をしていた。私は邪魔しないように、ただいまを言わずに荷物を置いた。ソファに座って先生を見つめた。先生が大好き。あんないじめられ方はいやだけど……。でも、愛してるって言ってくれる。愛してるのと、あのいじわるは仲間なの?私はわからなくて、ソファの上で膝を抱えて頭を下げた。


「かおり、どうした?泣いてる?」 
 先生は練習を止め、私の隣に座って肩を抱いた。

「泣いていない」
「そう?これ、なあに?僕にプレゼント?」


 え?プレゼント?あ、マヤちゃんからもらったものだ。ええと、マヤちゃんは何て言ったんだっけ?

「頑張ってね?」
だったかな?なんだっけ……。


 先生は、中が見えないようになっている小さなショッピングバッグを開けた。何だろう?私も横からのぞきこんだ。片手に乗るサイズの四角い箱が入っていた。先生はそれを見て止まった。

「かおり、頑張って……って、いいの?気が利くね。今日も我慢しなくていいってお誘い?」
 先生が真剣に聞いた。

「え?それは何?見せて?」

 先生は箱をバッグに戻した。
「かおりじゃないな?誰にもらった?あ!マヤちゃんだな?」 

「え、どうしてわかったの?それは何?」
「僕が使うものだから、僕の」

「じゃあ、今度マヤちゃんにありがとうしてね?」
「それは勘弁してくれる?」

「だって、マヤちゃんが頑張ってって!」 
「僕、恥ずかしい……今日はかおりが僕を苛める……」

 ええっ?先生が目を擦った。先生が泣いてる?えっ?何?私が苛めてるの?

「先生、ごめんなさい」

 私は急いで謝って、先生の頬に仲直りを求めるキスをした。先生は顔を上げた。泣いていない。え?え?え?

「かおり。念のため言うけど、今苛めたのは僕だよ?」

 よくわからなかったけど、私は怒ってみた。
「え?そうなの?じゃあ先生からキスして?」

 怒ってみたのにとびきり優しい笑顔の先生。

 どうして?どうして?

「今日は我慢しようと思ったのに。かおりにおねだりされたら断れないな。では、ベッドへ行こうか。ほら、立って。いや、抱いていこう」



 先生は、さっきのバッグを持ったまま、私を抱き上げて寝室に連れていった。


 何?何?何?








 まさかかおりから、マヤちゃんからか……あんなものをもらえるなんてね。女の子同士で何を話しているのやら。マヤちゃんに遊ばれてるな。

 かおりに「キスして」と言わせることに成功した。かおりは僕の思惑に簡単にひっかかる。僕は楽しいし嬉しいけど、他の人とのやりとりが心配だ。女の子はともかく、極力男に接してほしくない。女子大に行ってくれて安心する。

 かおりには、ピアノを弾くのに邪魔になるから結婚指輪もさせていない。かおりはまだまだ若いし、人妻には見えない。大学生だし、当然だ。


 幼なじみで、僕の好みに育てた、僕だけしか知らないかおり。

 かわいい表情も、心も、全て僕のものだ。

 












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