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conductor
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しおりを挟む妻が合唱団の演奏会で伴奏を弾くこと、三人でピアノコンチェルトの演奏会に出演することは、写真入りのチラシ、ポスターを始め、様々な場所に告知される季節になった。カメラマンに撮影してもらった妻の写真は綺麗で、学内でもそれらを見掛ける度に嬉しかった。
この時には、仕上げるまでに期間が足りないかもしれないという不安はなくなっていた。後は怪我をしないこと、体調を崩さないこと、安定した音楽になるよう丁寧に仕上げていた。
コンチェルトの演奏会は、僕達が出場したコンクールとは違って学生がオーケストラを担当する。ピアノとオーケストラの共演練習も数回ずつ予定されていた。妻は合唱の伴奏もある。音楽大学の合唱団なので、過密なスケジュールにならないよう分散させるなど配慮してくれ、有り難かった。
息子の仁は、僕の実家で暮らしていて、本棚から指揮法の数冊のテキストを発掘して勉強した上で、平山に見てもらったらしい。それから、学校のない日には大学合唱団の伴奏をする妻に付いていって、指揮者の篠原先生の合唱指導を見学させてもらった。指揮者は音を出さない音楽家だ。膨大なスコアを読み、演奏者全員をその手で惹き付け、彼等の音楽を引き出し、統率する。
合唱の伴奏に行く妻を送りがてら歩いていくと、大学内に入った所で篠原先生に会った。
「槇君、この前は無理させてすまなかったね。奥さん大丈夫だった?」
「いえ、ご心配おかけしてすみませんでした。保健室に連れて行って頂いて、お世話になりました」
「それにしても、本当に素晴らしい逸材だ。それに、息子さん?あんな大きな息子さんがいたなんて!」
「中学一年です。確かに大きくなりました。見学させて頂いたようで、ありがとうございます」
「指揮者を目指すかね?ヴァイオリンは相当なんだろう?」
「小石川先生に可愛がって頂いて……僕の甲斐性でできる範囲のことしかしてやれませんが。ご迷惑おかけしていませんか?」
「いや、全然!美少年だしね、女性陣が皆喜んじゃって。美しい物を見るといい声出すよね。毎回来てほしい位だよ。仁君て言うの?いくつか質問も受けたよ。いい感性してるね。楽器は是非そのまま続けてさ、目指したかったら面倒見るから。自分以外にも紹介できるし、言いたかったのはそんなところだ」
「おそれいります。ありがとうございます」
次に会ったのは、篠原先生の婿となった松本だった。
「よ、槇と奥方。もう大丈夫?元気になった?」
「はい。慎一さんが『いない、いないばあ』をしてくれたから」
妻がにこっとして言った。
「そんなことはしていない」
僕は否定した。
「あれ?……あ、『痛いの痛いの飛んでいけ』だ!」
「かおり、もういいから弾いてきなさい」
「はい、行ってきます」
僕と松本は笑いたくなるのを堪えた。全く……天然なんだか、たまに不思議な間違いをして驚かせるんだから……。松本はまだ笑いたそうにしていた。
「松本、世話になった。ありがとう。ちえみさんにも伝えてほしい。じゃ、また」
「あぁ、また」
仁はそんなに勉強していたのか。それでも、父親から受ける報告では学校の成績が下がった様子もない。僕以上に要領がいいのかな。
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