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第3章 黒い鎧

18. 気配

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 この世界に来て2回目の朝だ。

「おはよう」

 隣に眠っていた妻と目が合う。
 二人で寝ていると、どちらかが起きると自然に目が覚める事がたまにある。
 妻に手を伸ばし、抱き寄せてキスをしようとするが、避けられる。

「歯を磨いてきて!」

 そうだね。中年になると、寝起きの口の中の粘着きは深刻だ。

 洗面所へ行き、歯を磨く。念入りに。
 寝室に戻り、軽くキスをした後、リビングに行く。
 今度は避けられなかった! 夫婦円満の生活には、ちゃんとした愛情表現は大切だ。妻が若干、面倒な顔をしていたのは軽くスルーしておく。

 手早く着替え、リビングに行くと、リリィとチコが来客用の布団で、まだ寝ていた。

 冷蔵庫を開け、麦茶を出す。

 その音でリリィが目を覚ます。

「おはようございます。タナカ様」

 起き上がってきたが、パジャマが乱れているぞ。
 ヘソが見えているし、上着のボタンが空いているので、胸の谷間がバッチリだ。ありがとう。顔にヨダレの跡があるので、色気を全く感じ無いが……

「顔を洗って着替えてきます」

 洗面所に向かったリリィと入れ違いに洗面を済ませたひとえが入ってくる。
 リリィを見た後、こちらを一瞬睨むが、肩をすくめて何かを諦めた様だ。

「私にも麦茶を頂戴」

 コップを出し、ひとえに渡す。

「さて、今日はどうしようか?」

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 朝食を終えた所で、俺は気になっていた事を確認する。

「そういえば、リリィさん、階段の下から海の方に向かった場合、結界ってどうなっているか知っています?」

 階段を降りて右側を戻る感じに進めば、位置的に海に出るはずだ。
 ベランダから見える、砂浜にも行けるんじゃないか。

「少しだけ行った事があるのですが、『私有地に付き立ち入り禁止』という立て札があったので、そこから先へは入っていません」

「私有地?」

 誰がそんな看板を立てたんだ?
 海沿いは誰かの土地で、近くに誰か住んでいるのだろうか。

「いえ、この近くには誰も住んでいないはずです」

 後で看板だけでも確認しておこう。

「結界は?」

「私が行った範囲では結界内のようでした。この聖地を中心に階段の下までの距離でぐるっと結界が作れているんじゃ無いかと思ってます」

 そうなると、海の相当な距離まで結界が続いているはず。
 少なくとも海辺は安全か。

 海から魔物がやってきてパクっと喰われたら、洒落にならん。

「海には魔物っているの?」
「はい。海の方が大型の魔物が多いと言われています。ただ、結界内であれば大丈夫です。結界内ですと、魚がいるくらいじゃ無いでしょうか」

 そうか。うまくすれば釣りを楽しめるな。
 少し落ち着いたら試してみよう。

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「それではチコと村に一度戻ります。また夕方くらいにお邪魔させてください」
「あ、俺も下までは行く」

 置きっ放しの自転車が気になるし、海にも行ってみたい。

「僕も行く!」
「パパさん、散歩!」

 浩太の目的はチコだろうな。
 ミントも散歩に行くか。

「あなた、ゴミをお願い」
「ほい」

 どうしたって、ゴミは出る。
 誰も回収してくれないしな。これどうしよう。

「とりあえず、階段の下に置いておいたら」
「そうだね。そのうち穴を掘るなど、処分を考えよう」

「スライムに食わせたら」

 ユイカが良いアイデアを出す。

「それもいいかもな。林の中に投げいれておけば、勝手に処分してくれるかも」

 ナイスアイデアかもしれない。

「チコちゃんを表までは見送りましょう」

 妻が娘を促す。

 玄関から光のカーテンをくぐり、小屋の中へ。
 ここの環境も少し改善したいね。

「パパさん、なんか臭う、誰かここに入った?」

 ミントが何かの匂いを感じたようだ。

「どういう事だ?」
「前みたいにはっきりとは解らないけど、人の匂いがするよ」

「えっ?」

 誰か、この小屋に忍び込んだというのだろうか。
 確かに、鍵は無いし、この中に入るまでは誰でも出来る。

「外にまだ誰かいる?」

 ミントに確認する。

「この中だと、外の音が全然聞こえないから……」

 駄目か。
 窓も無いというのは、外の情報が取れないという事だ。
 このまま無警戒に外へ出るのはまずい。

「ユイカと浩太は中に入りなさい」

 ついでに自分では入れないチコを抱き上げ、部屋の中へ入れる。

「ひとえは、何かあれば、すぐ中に入って」
「解った」

 さて、後はドアを開けて、外の状況を確認するしか無いな。

「私が開けます」

 リリィが、そっとドアを開ける。
 光が外から差し込む。

「とりあえず、大丈夫みたいです。誰もいません」
「よし、油断しないように。ミントも確認をしてみてくれ」
「うん」

 ミントを先に出し、誰もいない事を改めて確認してから外に出てみた。

「外に出ちゃうと、匂いが薄くなるので解らないけど、周りには何の気配も無いよ」
「とりあえず大丈夫そうだな」
「ええ、今の所、誰もいませんので」

「夜のうちに誰かが小屋の中に入ったって事かな?」
「夜行性の魔物もいますし、夜はさすがに林の中を抜けるのは難しいと思います」

 そうなると、朝方、誰かが来て帰って行ったって事か?
 光のカーテン越しではうちまで音も響いて来ないので、小屋へ入る際に誰かに待ち伏せされていたら、危ないな。
 鍵を用意するのと合わせて監視カメラか何か、急いで対策を考えるか。

「ミント、知っている人の匂いだった?」
「ううん。多分、知らない人の匂いだと思う」

 村の誰かが早朝、様子でも見に来たのだろうか。

「リリィ、村に戻ったら、誰か小屋まで来たかを確認してもらえますか」
「解りました」
「それじゃ、階段は大丈夫だと思いますが、油断しないように下まで行きましょう」

 見える範囲での安全は確認したので、浩太とチコを部屋から呼び出し出発した。

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 初日はきつかった階段にも、少しは慣れたかな。
 階段の下まで降り、自転車を端に寄せ、ひとえが出したカバーをかける。

「私有地の看板はどの辺にあるの?」
「この先を少し行った所にあります」

 ちょっとだけ行ってみるか。

「リリィ、浩太を見ておいてくれ、ちょっとこの先まで行ってくる。ミント行くぞ」

 結界の範囲内という事なので大丈夫だろう。
 念のため、ミントを連れて歩き出す。

 階段の右手に周り、階段がある稜線に沿って進む。
 目の前には海が広がっていて、少し先には砂浜が見える。
 これ、最高のロケーションじゃないか。

 稜線はこちらからだと、少しずつ右に曲がっており、ちょうど階段の入り口から見えなくなる辺りまで来た所に看板を見つけた。

 木製の白木で出来た看板が地面に刺してある。


 ここより私有地
    立ち入り禁止

 タナカ
 』

 うちの私有地かよ!
 この先、プライベートビーチ扱いなんだな。
 これは田舎に引っ越したおまけなんだろうか。

 よし、今度ゆっくり先まで行ってみるか。

 看板の先を少し覗いてから、元来た方へ引き返す。
 階段の下が見えてくるが、こちらから人影が見えない。

 あれ、どこか移動した?

 少し足を速め、確認を急ぐ。
 近づいても誰の姿も見えないため、最後は駆け足になってしまった。

 階段の近くまで来た時にミントが唸り声を上げる。
 そして、階段の反対側の影から誰かがゆっくり出てきた。
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