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"護り"と対価

"護り"と対価④

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「その子ね、最初に会った時から強い"護り"の気を持ってたんだ。だからちょっと力をあげたけで、すぐに息づいてくれたよ。さすがにボクも、苗床なしで一から"護り"を作るには、時間がかかるからさ」

 カグラちゃんは鈴を人差し指でつつき、「ちゃんとご主人様を守って、キミはいい子だね」と微笑む。

「この鈴、どこで手に入れたの? その辺りで簡単に受けれるモノじゃないでしょ」

 どこか断定的な問いに、私は視線を落とした。

「……ごめんなさい、わからないの。――おばあちゃんが、くれたから」

 そう答えた私の顔を、カグラちゃんがじっと見つめる。
 何かを探るような眼。けれどもそれはほんの数秒で、すぐに表情を緩めたカグラちゃんは朗らかに「そっか」と頷いた。

「会ってみたかったなあ、彩愛ちゃんのおばあちゃん。こんなに強くて優しい"護り"の気を込めれるんだもん。きっと、素敵な人だったんだろうね」

 そう。とても優しくて、強い人だった。私の大切な家族のひとり。
 焦がれるようにして懐かしい祖母の姿を思い起こし、私は「そうね」と同意を返す。
 それから、はたと気が付いて、

「え? ちょっと待ってカグラちゃん。それってつまり、おばあちゃんがこの鈴にその"護り"の気を込めたってこと?」

 私の驚愕に気付いたのか、カグラちゃんは「うん?」と小首を傾げ、

「そうだと思うよ。彩愛ちゃんの"気"と似た感じがするし、馴染みもいいから」

「……その、"気を込める"って、"普通"の人にも出来ることなの?」

「うーんと、単純に"気を込める"ってだけなら、普通の人にも可能だよ。想いを込めるって言ったほうがわかりやすいかな。昔から、大切な人に"お守り"を作って渡したりするでしょ? 特別な日のお弁当とかもそうだね。そういう、気持ちを込めて作られたモノには、"想い"がつくから」

 ていっても、と。カグラちゃんは鈴に視線を流し、

「この子に込められているのは、そういったレベルの"想い"ではないかな。ある程度"知識"があって、"力"のある人の込め方だもん。だから雅弥も最初、彩愛ちゃんがお葉都ちゃんを"知ってて放置してる"んじゃないかって、間違えたんだよね」

 からかうような視線を受けた雅弥が、ふいとそっぽを向く。
 つまり、肯定。なるほどそれで、最初に出会った夜に、「なぜ処理しない」とかなんとか言ってきたワケ。

(それはそうとして……)

 おばあちゃんには、普通ではない"力"があった?
 そんな話、一回も聞いてない。素振りすらなかった、と思う。たぶん。
 だって私の知っているおばあちゃんは、"普通"の、どこにだっている強くて優しいおばあちゃんで――。

「……"見える"というのは、平凡を壊す」

 低い声に、私は顔を跳ね上げる。

「自身とは違った、異質を拒絶する者は多い。"見える"というだけで、理不尽な悪意を向けられる場合もある。おそらくアンタの祖母は、そうした有象無象からアンタを守りたかったのだろう。だから告げなかった。……"護り"の気を込めたその鈴が、何よりの証拠だ」

「雅弥……」

 混乱する私をフォローしてくれた、んだよね。
 私は苦笑を浮かべて、

「ごめん、ちょっとビックリして。でもそっか……本当に、お守りだったんだね、これ」

『これはね、お守りの鈴なのよ。だからいつも一緒にいないと駄目だからね。いざって時にきっと、助けてくれるから』

 そう言ったおばあちゃんは、言葉通り、"そうであって欲しい"と強い願いを込めてくれたってこと。
 うん。なんか、納得。
 想いの込め方がどうとか、関係ない。
 その根底にあるのは、私のよく知る、包み込むような強さと温かな優しさ。

(お祖母ちゃんの"気"が込められた子、かあ)

「この子はカグラちゃんやお葉都ちゃんみたいに、姿はないの?」

「そこまではまだ難しいかな。けれどちょっとした"きっかけ"があれば、姿を持つ可能性もゼロじゃないよ」

「そっかあ……それじゃあ私は、この子とお喋りできないのね」

「残念だけど。今のこの子が報せを飛ばせるのは、力を分けたボクだけなんだ。でも、声はちゃんと聞こえてるから、話しかけてあげたら喜ぶと思うよ」

「そうなの? それじゃあ張り切ってお話しなきゃ!」

 意気揚々と鈴を掌に乗せると、

「……あまりしつこく絡むと、うざがられるからな」

 雅弥の嫌味がチクりと飛んでくる。
 私は唇を尖らせつつ、「はいはい、ちゃんとわきまえますよ」とだけ返して、気持ちを鈴に集中した。
 伝わるように。聞こえるように。心から想いをかたどる。

「助けてくれて、ありがとうね。それと……ずっと疑っていて、ごめんなさい」

 鈴はやっぱり黙ったままで、何一つ変化もない。
 だから許してくれたのか、愛想をつかされてしまったのか、私には判断がつかないけれど。
 いつか、ちゃんとお話しが出来る時が来たら、その時は私の知らないおばあちゃんのことも教えてほしいな、なんて。
 図々しくも、そう願ってしまう。

「それじゃあ、種明かしも済んだところで」

 喜々として手を合わせたカグラちゃんの声に、私は意識を"今"に向けた。

「ボクの勝手とはいえ、ボクが色々と手助けをしたことで、彩愛ちゃんが助かったってことになるでしょ?」

「うん、そうね。カグラちゃんも、本当にありがとう」

「ううん。彩愛ちゃんが無事で良かったよ。でね、ボクって一応"神様"だからさ、手助けした分はちゃんと"対価"を貰わなといけなくて」

 ……そういうこと。
 だから雅弥は、"俺には"必要ないって言ったんだ。私が"払う"べき相手は、カグラちゃんだから。
 全てを理解して覚悟を決めた私は、正座して、カグラちゃんに向き合う。
 "神様"の望む"対価"が、私にも払えるモノだといいのだけど。

「どうぞ、どーんと言ってちょうだい」

「わーい、ありがとー! 彩愛ちゃんは話が早くて助かるよー!」

 カグラちゃんが正面からぎゅうぎゅうと抱き着いてくるも、すっかり慣れてしまった私は、とくべつ抵抗することもなく、

「対価とか、そーゆーの。ちゃんと理解しているってわけじゃないけど、カグラちゃんが必要だって言うのなら、なんだって渡すわよ」

「……まがりなりにも"神"相手に、滅多なことは言わない方がいいぞ」

「そうなの?」

「ふふ、そうだね。神サマってのはけっこう身勝手で、欲もふかーい存在だからね。ボクみたいにさ」

 カグラちゃんみたいに?
 そう言われると、余計にそこまで警戒する必要があるなんて思えないんだけども……。
 子猫のようにじゃれついていたカグラちゃんが、私から身体を退き、「それじゃあ、彩愛ちゃん。覚悟はいーい?」と小首を傾げた。

 うん、カワイイ。
 きゅるんきゅるんなどんぐりまなこにノックアウトされつつ、私は「どうぞ」頷く。
 途端、カグラちゃんはにいっと双眸を細めた。

 その顔は、悪だくみを思いついた悪戯っ子のようにも、慈悲深き仏の微笑みのようにも思えて……。
 ――あ、なんか"神様"っぽい。

「あのね、ボクのお願いを叶えてほしいんだ」

「お願い?」

 カグラちゃんの顔から、笑みが消えた。

「雅弥の次の"仕事"に、同行して」
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