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*第1章*

気づいた恋心(2)

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「大丈夫だ。和人には俺から話しとくから。未夢は何も心配しなくていいから」

 健を見ると、私を安心させるように笑った。


「え? うん、ありがとう」

「とりあえず俺、今日は帰るわ」

「もう帰っちゃうの?」

「まぁ。なんつーか、さっきの今で、平常心で未夢と居られる気がしないっつーか」

「さっきの今……?」


 一体健は、どの段階のことを言っているのだろう?

 よくわからないような表情をした私を見て、どこか決まりが悪そうに健は頭を掻く。


「さっきはさっきだよ。その、冗談でも押し倒して悪かった」

「え、ううん」

「じゃあな」

「うん、また明日ね」


 ……変な健。

 だけど、変なのは和人も一緒だ。


 あとで一階に居たお母さんに聞いたところ、あっさりと先程の訪問者は和人だったということがわかった。

 お母さんの話によると、和人は私にマンガを貸しに来ただけだったとのことだ。


 私と健が和人のことに気づかないくらいにゲームに夢中だったんだとか、お母さんに言って帰ったらしい。


 嘘ばっかり。声すらかけてくれなかったくせに。

 本当に、どうして和人は黙って帰っちゃったんだろう?

 最近、私が和人に対してよそよそしかったのが原因? 和人は気づいてたみたいだったし……。


 自分の部屋に戻って、思わずため息が漏れる。

 さっきまで健が居た空間がとても広く感じた。

 今日の健、まるで健じゃないみたいだったな……。


 和人も、健も、真理恵も、自分の知らないうちに周りがどんどん変わっていってしまうように感じて、嫌な胸騒ぎで苦しくなった。


 *


 翌日、マンガだけ置いて帰ったことを和人に問いただした。しかし終始はぐらかされてしまって、結局和人の真相はわからず仕舞いになってしまった。

 今まで和人がこんな風にあからさまに隠し事をしてくることなんてなかったのに、それがまた急に距離ができてしまったように思えた。


 さらに数日後の放課後。私は、調べ学習の資料探しのために、珍しく遅くまで学校に残っていた。

 結局調べものを終えて図書室を出たのは、部活動生の完全下校時刻ギリギリになってしまった。


 十月も終わりに近づいてることから、夜の空気は肌寒い。

 外はすでに薄暗くなってるし、この中一人で帰るなんて心細いな……。


 急いで正門の方へ足を進めているとき、パッと私の頭の中に和人の姿が浮かんだ。


 和人はバスケ部だ。

 今、部活動生の完全下校時刻なら、きっと和人もこれから帰るはずだ。

 バスケ部は、いつも下校時刻ギリギリまで部活をしているらしいから。


 そう思ったら、私の足は自然とバスケ部の活動拠点である第一体育館に向かっていた。

 和人と一緒に帰ろうと思ったから。

 最近様子がおかしかったことから、和人とゆっくり話をする良い機会かもしれない。


 第一体育館裏で和人を待つ。

 バスケ部の部室も兼ねた更衣室には、体育館裏の出口の方が近いから。


 すると、ものの数分もしないうちに学ランに着替え終えた和人が出てくる。



「──か」


 だけど、和人の名前を呼びかけたものの、私は瞬時にその言葉を飲み込んだ。


 ……真理恵?


 私の視界の中を、真理恵がどこからともなく駆けてきて、和人に飛びついたのだ。


 私たちの間柄、スキンシップは何も特別なことではない。

 だから、真理恵が和人にちょっとくらい抱きついたって、私は動じない自信があった。


 しかし、抱きつくだけに留まらず、背伸びをした真理恵は和人の腕を引っ張って、和人の頬にキスをしたんだ。

 今回は今までとは違うんだと、思い知らされたようだった。


 私が驚いて固まっている間に、二人はまるで恋人同士のように腕を組んで、指を絡ませて手をつないで歩いていく。


 すぐには状況が理解できなかった。


 何も聞こえない。二人の会話も、周りの音も。

 だから、本当に周りが静かなのか、私自身が無意識の間に周りの音を聞かないようにしていたのかは、わからなかった。


 ただ、ズキンと、未だかつて感じたことのないくらいに強い胸の痛みを感じた。



 さすがの私でも、キスは恋人同士がするものだってわかる。


 もしかして、真理恵、和人と付き合い始めたの……?

 だとしたら、いつから……?


 今日の真理恵を思い出す限り、いつもと何ら変わりなかったように思う。

 和人と真理恵の様子も、いつもと一緒に見えたのに……。


 本来なら真理恵の恋を応援していたのだから、喜ばしいことのはずなのに、どうして胸が痛いのだろう……?


 思わず涙がこぼれてしまいそうになったとき、背後からポンと肩を叩かれて思わずその場で飛び上がる。


「天野、聞こえてるか? 完全下校時刻過ぎてんだぞ。早く帰れ」

「あ、す、すみませ……」


 体育教師の男の先生の声に現実に引き戻された私は、下手に早歩きして二人に追いついてしまわないように、なるべくゆっくりと歩いて帰路についたのだった。
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