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*第3章*
“好き”の方程式(3)
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「健は今日はバイトは?」
「休みー! ってか俺、いつも水曜は休みじゃん」
「あ、そうだったね」
「そうだよ、さては忘れてたな?」
まゆをきゅっと寄せて、健は少し怒ったようにこっちを見る。
「ごめんって。今、覚えたから!」
健って、男らしい部分ももちろんあるけれど、なんか可愛いんだよね。
いわゆる甘え上手ってやつなのかな?
「本当に? でも今の今まで忘れてた未夢には、こちょこちょの刑だーっ!」
「うわっ、ひゃっ、やめ、あはははははははははははっ!」
次の瞬間には、健にガッチリと身体を押さえられてわき腹をくすぐられていた。
もう、私がわき腹弱いの知ってるくせにっ!
本当はそう言い返したいのに、くすぐったすぎて声にならない。
「参ったか!」
「まいった、から、……あひゃひゃひゃひゃっ」
それからすぐに、私は健のこちょこちょの刑から解放された。
「相も変わらず未夢の笑い方、おもしれぇ~! 色気無さすぎだろ」
「えっ!? ひどっ! 誰のせいで……っ!」
「でも、そんなところも好き」
思わずムキになって言い返したところで、再び健に抱きしめられる。さっきよりも強く抱きしめられて、私と健の間の距離はすっかりなくなっていた。
「……健?」
どうしよう。
なんか、これまでにないくらいにドキドキしてきた。
健にドキドキしてるのか、いつもよりも甘い雰囲気に酔ってしまってるのかはわからないけれど、いつもと違う空気が流れているように感じる。
「あのさ……」
私を抱きしめて、首筋のあたりに顔を埋めていた健の少しくぐもったような声が聞こえてくる。
「なぁに?」
健は顔を上げると、至近距離で私を見つめて甘い声で問いかける。
「未夢さえ良ければなんだけどさ、キスしていい?」
「……え?」
真剣そのものな健の顔は、いつものやんちゃさを全く感じさせないくらいに大人びていて、一瞬、健じゃない人を見ているような錯覚にさえ陥った。
「未夢とキスしたい」
ストレートな言葉が、胸の深いところに突き刺さる。
そういえば、真理恵も和人とキスしたって話していた。
今まで男の子と付き合うことがどういうことか、わかってるようでわかってなかった。けれど、付き合うってことは、いわゆる恋人同士がするようなことをごく当たり前にするっていうことなんだよね。
好き同士だから、自然と触れ合いたくなるものなんだと思うし……。
だから、健が私とキスをしたいって思ってくれてたとしても、何の不思議もないし、自然の流れなのだろう。
それなら、私の出すこたえは決まっている。
「えっ、と……」
だけど、なんでだろう?
和人のことはなるべく考えないようにはしているのに、こんなときに限って、和人の顔ばかりが脳裏に過ぎる。
「……やっぱりダメかな?」
不安げな健の声に、私は慌てて頭の中の和人の残像をかき消した。
「ううん! ごめんね、なんか、緊張しちゃって。い、いいよ」
私ったら、何を考えてるんだろう。
健とキスをするってこたえは出ているはずなのに、何を動揺しているのだろう。
きっと、私の心の準備ができてなかっただけだ、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、瞳を閉じて顔を健の方へと向ける。
健を傷つけてしまうのだけは、嫌だった。
健が私の顔のすぐそばに近づく気配を感じる。
だけど来ると思っていたものは、私の唇ではなく、私の額におりてきていた。
健の柔らかく、あたたかい熱の感触の余韻の残る額に手を当てて、驚いたように目を向けると、健は少し申し訳なさそうに笑った。
「や。まだ未夢の心の準備はできてなかったみたいだからさ。急ぐもんじゃないし、今日はとりあえずここにした」
「え、ごめんね……」
「ううん。俺こそごめん。でも遠くない未来、唇にするから。覚悟してて?」
私の唇をツンと長い指先でつついて、健は少し冗談めかして笑う。
「ご飯できたわよ~!」
そのとき、ちょうど一階から私たちを呼ぶお母さんの声が聞こえた。
「じゃあ行こっか。今夜は豚カツだってさっき未夢のお母さん、言ってたよ」
「え、う、うん」
先に立ち上がった健を追いかけるように立ち上がると、私の手は健の手によりきゅっと握られる。
なんとなく後ろめたい気持ちになるのは、きっと私がまだ健のことを恋愛対象として好きになれていないからだろう。
一体、どうやって人は人を好きになるのだろう?
自分のことを好きだと、大切に思ってくれてる人を好きになれたら、きっとそれ以上のものはないはずだ。
人の気持ちは、自分のものも含めて、思うように都合よくは動いてくれない。
好きの方程式を解くことは思いの外難しくて、だけど誰一人傷つけたくなくて、私はまた最良のこたえを探すのに、頭を悩ませるのだった。
「休みー! ってか俺、いつも水曜は休みじゃん」
「あ、そうだったね」
「そうだよ、さては忘れてたな?」
まゆをきゅっと寄せて、健は少し怒ったようにこっちを見る。
「ごめんって。今、覚えたから!」
健って、男らしい部分ももちろんあるけれど、なんか可愛いんだよね。
いわゆる甘え上手ってやつなのかな?
「本当に? でも今の今まで忘れてた未夢には、こちょこちょの刑だーっ!」
「うわっ、ひゃっ、やめ、あはははははははははははっ!」
次の瞬間には、健にガッチリと身体を押さえられてわき腹をくすぐられていた。
もう、私がわき腹弱いの知ってるくせにっ!
本当はそう言い返したいのに、くすぐったすぎて声にならない。
「参ったか!」
「まいった、から、……あひゃひゃひゃひゃっ」
それからすぐに、私は健のこちょこちょの刑から解放された。
「相も変わらず未夢の笑い方、おもしれぇ~! 色気無さすぎだろ」
「えっ!? ひどっ! 誰のせいで……っ!」
「でも、そんなところも好き」
思わずムキになって言い返したところで、再び健に抱きしめられる。さっきよりも強く抱きしめられて、私と健の間の距離はすっかりなくなっていた。
「……健?」
どうしよう。
なんか、これまでにないくらいにドキドキしてきた。
健にドキドキしてるのか、いつもよりも甘い雰囲気に酔ってしまってるのかはわからないけれど、いつもと違う空気が流れているように感じる。
「あのさ……」
私を抱きしめて、首筋のあたりに顔を埋めていた健の少しくぐもったような声が聞こえてくる。
「なぁに?」
健は顔を上げると、至近距離で私を見つめて甘い声で問いかける。
「未夢さえ良ければなんだけどさ、キスしていい?」
「……え?」
真剣そのものな健の顔は、いつものやんちゃさを全く感じさせないくらいに大人びていて、一瞬、健じゃない人を見ているような錯覚にさえ陥った。
「未夢とキスしたい」
ストレートな言葉が、胸の深いところに突き刺さる。
そういえば、真理恵も和人とキスしたって話していた。
今まで男の子と付き合うことがどういうことか、わかってるようでわかってなかった。けれど、付き合うってことは、いわゆる恋人同士がするようなことをごく当たり前にするっていうことなんだよね。
好き同士だから、自然と触れ合いたくなるものなんだと思うし……。
だから、健が私とキスをしたいって思ってくれてたとしても、何の不思議もないし、自然の流れなのだろう。
それなら、私の出すこたえは決まっている。
「えっ、と……」
だけど、なんでだろう?
和人のことはなるべく考えないようにはしているのに、こんなときに限って、和人の顔ばかりが脳裏に過ぎる。
「……やっぱりダメかな?」
不安げな健の声に、私は慌てて頭の中の和人の残像をかき消した。
「ううん! ごめんね、なんか、緊張しちゃって。い、いいよ」
私ったら、何を考えてるんだろう。
健とキスをするってこたえは出ているはずなのに、何を動揺しているのだろう。
きっと、私の心の準備ができてなかっただけだ、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、瞳を閉じて顔を健の方へと向ける。
健を傷つけてしまうのだけは、嫌だった。
健が私の顔のすぐそばに近づく気配を感じる。
だけど来ると思っていたものは、私の唇ではなく、私の額におりてきていた。
健の柔らかく、あたたかい熱の感触の余韻の残る額に手を当てて、驚いたように目を向けると、健は少し申し訳なさそうに笑った。
「や。まだ未夢の心の準備はできてなかったみたいだからさ。急ぐもんじゃないし、今日はとりあえずここにした」
「え、ごめんね……」
「ううん。俺こそごめん。でも遠くない未来、唇にするから。覚悟してて?」
私の唇をツンと長い指先でつついて、健は少し冗談めかして笑う。
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「じゃあ行こっか。今夜は豚カツだってさっき未夢のお母さん、言ってたよ」
「え、う、うん」
先に立ち上がった健を追いかけるように立ち上がると、私の手は健の手によりきゅっと握られる。
なんとなく後ろめたい気持ちになるのは、きっと私がまだ健のことを恋愛対象として好きになれていないからだろう。
一体、どうやって人は人を好きになるのだろう?
自分のことを好きだと、大切に思ってくれてる人を好きになれたら、きっとそれ以上のものはないはずだ。
人の気持ちは、自分のものも含めて、思うように都合よくは動いてくれない。
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