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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
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「おーい、お嬢ちゃん。私のこと、見えとんやろ?」
どう切り抜けるか悩んでいるうちに、おばあさんは目の前まで歩いてきてしまった。
「……はい、見えています」
ここで見えていないフリをするのは、さすがにあからさま過ぎる。
嘘をつくことで幽霊の神経を逆立ててしまうかもしれない。万が一怒らせてしまい、何かされたら対処できないので渋々こたえを返した。
「やっぱり。そんな気がしたんよ。ところでお嬢ちゃん、この辺で犬見んかった?」
「犬……?」
犬って、お耳がついて尻尾をフリフリさせてワンって鳴く、あの犬のことだよね……?
「そうそう。このくらいの大きさで、薄茶色の柴犬なんやけど。首には、私が赤色のビーズで作った首輪がついとる」
独特のイントネーションは、伊予弁と呼ばれる愛媛の方言だ。昨日の結婚式でも友人の旦那さんやその招待客の人たちが会話しているときに耳にした。
おばあさんが胸の前で両手で形作ったものは、私も知っている柴犬くらいの大きさだった。
「いえ、見てないです」
「そうか……。どこに行ってしまったんやろうな。こんなに探してもおらんのやけん、もうあきらめた方がいいんやろうか」
おばあさんはがっくりと肩を落とす。
だけど、すぐさま落胆の色を消したおばあさんは、ハッとひらめいたとばかりに私に問いかけた。
「そうや、お嬢ちゃん。チャチャのこと探すの手伝ってくれんか?」
「え……!?」
「一人より二人って言うけん、二人で探せば見つかるかも知れん」
こちらの都合を無視して一人で勝手に話を進めていくおばあさんに、思わず声を上げる。
「ちょっと待ってください!」
本当だったら観光をして帰るつもりだったというのに、突然決められても困る。
それに迷子の犬なんていつ見つかるかわからない。付き合っていては、次のバスを逃すどころではなくなるだろう。
「……やっぱり嫌よね。いいんよ、それなら。私が永遠にこの場所でチャチャを探し続けるだけやけん」
再びおばあさんはがっくりと肩を落とす。
幽霊に関わるなんてまっぴらごめんだったというのに、おばあさんの声色がとても寂しそうで、私は言葉に詰まる。
本当なら断るところだったが、悲しみに暮れるおばあさんを目の当たりにして、嫌だなんて言い出せなくなってしまった。
「わかりました。一緒に探しますから」
私の言葉に、おばあさんは一瞬表情を緩めた。
「そのかわり、今日だけです。必ず見つけられる保証もないですが、それでもいいですか?」
「本当かい。ありがとう、優しい子だねぇ」
おばあさんは私に何度も頭を下げた。
「このくらいの大きさの柴犬、でしたっけ?」
先ほどおばあさんがして見せてくれたのと同じくらいの大きさを、手で形取る。
「そうそう。色は薄茶色で、赤色のビーズで作った首輪をかけとってね」
「お名前はチャチャって言うんですか?」
「あら! そうなんよ、薄茶色やけんチャチャ。よくわかっとんやね。まさかチャチャのこと知っとん?」
「いえ。さっきチャチャと呼びながら探されていたので……」
変に期待させてしまうような聞き方をしてしまったのかと思ったが、おばあさんは「ああ」と落胆というより納得したようにつぶやく。
「……とても大切に飼われていたんですね」
おばあさんを取り巻く空気が哀愁を帯びていることには変わりないが、チャチャの名前を口にするときはとても慈しむような表情をしている。
「飼っとったわけやないんよ」
「……え?」
どういうことだろう?
「私としては飼いたかったんやけどね……。チャチャは、病気で外に出歩くことができんかった私に、いつも会いに来てくれとったんよ。いつやったか、庭に迷い込んで来たあの日からずっと、ね」
「そうだったんですね」
「なのに、うちのバカ息子夫婦が、私がチャチャとお話してるのを見て乱暴に追い出して……。それ以来、さっぱり顔を見せんなったんよ」
懐かしむようにチャチャのことを語るおばあさんの表情が、悲しみに歪む。
「……今頃どこに行ってしまったんやろうな。許されるなら、もう一度、チャチャといつも一緒に食べていたタルトが食べたい……」
「おばあさん……」
おばあさんの目尻にキラリと涙が光る。
遠くを見つめていているおばあさんは、まるで楽しかった過去を思い出しているように見える。
サクサクのクッキー生地の上に甘いクリームの乗ったケーキをおばあさんとチャチャでわけあって食べる姿を想像して、何だか私まで胸が苦しくなってきた。
何とかして、おばあさんの願いを叶えることはできないのだろうか。
タルトを食べるといった願いまでは無理だとしても、せめてチャチャに会わせることができたらいいのに……。
どう切り抜けるか悩んでいるうちに、おばあさんは目の前まで歩いてきてしまった。
「……はい、見えています」
ここで見えていないフリをするのは、さすがにあからさま過ぎる。
嘘をつくことで幽霊の神経を逆立ててしまうかもしれない。万が一怒らせてしまい、何かされたら対処できないので渋々こたえを返した。
「やっぱり。そんな気がしたんよ。ところでお嬢ちゃん、この辺で犬見んかった?」
「犬……?」
犬って、お耳がついて尻尾をフリフリさせてワンって鳴く、あの犬のことだよね……?
「そうそう。このくらいの大きさで、薄茶色の柴犬なんやけど。首には、私が赤色のビーズで作った首輪がついとる」
独特のイントネーションは、伊予弁と呼ばれる愛媛の方言だ。昨日の結婚式でも友人の旦那さんやその招待客の人たちが会話しているときに耳にした。
おばあさんが胸の前で両手で形作ったものは、私も知っている柴犬くらいの大きさだった。
「いえ、見てないです」
「そうか……。どこに行ってしまったんやろうな。こんなに探してもおらんのやけん、もうあきらめた方がいいんやろうか」
おばあさんはがっくりと肩を落とす。
だけど、すぐさま落胆の色を消したおばあさんは、ハッとひらめいたとばかりに私に問いかけた。
「そうや、お嬢ちゃん。チャチャのこと探すの手伝ってくれんか?」
「え……!?」
「一人より二人って言うけん、二人で探せば見つかるかも知れん」
こちらの都合を無視して一人で勝手に話を進めていくおばあさんに、思わず声を上げる。
「ちょっと待ってください!」
本当だったら観光をして帰るつもりだったというのに、突然決められても困る。
それに迷子の犬なんていつ見つかるかわからない。付き合っていては、次のバスを逃すどころではなくなるだろう。
「……やっぱり嫌よね。いいんよ、それなら。私が永遠にこの場所でチャチャを探し続けるだけやけん」
再びおばあさんはがっくりと肩を落とす。
幽霊に関わるなんてまっぴらごめんだったというのに、おばあさんの声色がとても寂しそうで、私は言葉に詰まる。
本当なら断るところだったが、悲しみに暮れるおばあさんを目の当たりにして、嫌だなんて言い出せなくなってしまった。
「わかりました。一緒に探しますから」
私の言葉に、おばあさんは一瞬表情を緩めた。
「そのかわり、今日だけです。必ず見つけられる保証もないですが、それでもいいですか?」
「本当かい。ありがとう、優しい子だねぇ」
おばあさんは私に何度も頭を下げた。
「このくらいの大きさの柴犬、でしたっけ?」
先ほどおばあさんがして見せてくれたのと同じくらいの大きさを、手で形取る。
「そうそう。色は薄茶色で、赤色のビーズで作った首輪をかけとってね」
「お名前はチャチャって言うんですか?」
「あら! そうなんよ、薄茶色やけんチャチャ。よくわかっとんやね。まさかチャチャのこと知っとん?」
「いえ。さっきチャチャと呼びながら探されていたので……」
変に期待させてしまうような聞き方をしてしまったのかと思ったが、おばあさんは「ああ」と落胆というより納得したようにつぶやく。
「……とても大切に飼われていたんですね」
おばあさんを取り巻く空気が哀愁を帯びていることには変わりないが、チャチャの名前を口にするときはとても慈しむような表情をしている。
「飼っとったわけやないんよ」
「……え?」
どういうことだろう?
「私としては飼いたかったんやけどね……。チャチャは、病気で外に出歩くことができんかった私に、いつも会いに来てくれとったんよ。いつやったか、庭に迷い込んで来たあの日からずっと、ね」
「そうだったんですね」
「なのに、うちのバカ息子夫婦が、私がチャチャとお話してるのを見て乱暴に追い出して……。それ以来、さっぱり顔を見せんなったんよ」
懐かしむようにチャチャのことを語るおばあさんの表情が、悲しみに歪む。
「……今頃どこに行ってしまったんやろうな。許されるなら、もう一度、チャチャといつも一緒に食べていたタルトが食べたい……」
「おばあさん……」
おばあさんの目尻にキラリと涙が光る。
遠くを見つめていているおばあさんは、まるで楽しかった過去を思い出しているように見える。
サクサクのクッキー生地の上に甘いクリームの乗ったケーキをおばあさんとチャチャでわけあって食べる姿を想像して、何だか私まで胸が苦しくなってきた。
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