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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
1ー4
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「……おばあさんがチャチャと過ごした場所に連れていってください」
「チャチャと過ごした場所……?」
「もしかしたら、チャチャもおばあさんを探して、おばあさんと過ごした思い出の場所に帰ってるかもしれないじゃないてすか!」
たとえば引っ越しなどの事情で犬を親戚に引き取ってもらった場合、犬は賢いために、元の飼い主を探して逃げ出すことがあるという。
飼っていたわけではないとはいえ、野良犬だったチャチャにとっておばあさんは特別な存在だったのではないだろうか。
生きるために必須な食料を与えてくれたのはもちろん、名前を付けてくれて、いつも優しく出迎えてくれて、チャチャが来ることを誰よりも喜んでくれるおばあさんは、チャチャにとっては“大切な家族”だったのではないかと思うのだ。
だから、思い出の場所にチャチャがおばあさんを探しに来ているかもしれないと思った。
「……あそこにはおらんよ」
けれど、おばあさんは静かに首を横に振った。
「見に行ったんですか?」
「死んでからは行っとらん。でも、死ぬまで来んかったんやけん、今更戻って来るとは思えん」
チャチャはおばあさんの息子さん夫婦に追い出されたというから、近寄り難いところはあるのかもしれない。
「でも、それなら家の周辺を探してみませんか? 近所に空き家があれば、そこに住み着いてるかもしれませんよ……!」
野良犬とはいえ、どこかで寝泊まりをしているはずだ。
頻繁におばあさんの住む家に来ていたというのなら、チャチャが寝床にしている場所はそう遠くない場所にあったのではないだろうか。
初めは渋っていたおばあさんも納得してくれたようで、「それなら」と行き先を決めた足を動かしてくれた。私もそれに続いて、ガラガラとシルバーピンクのキャリーケースを引いてバス停から移動する。
おばあさんの案内に従って先ほど見送ったバスの進行方向に向かって歩く。今進んでいるのは国道というだけあって、それなりに車通りはあるが、とても静かだ。
少し歩くと、県道と交わる十字路に差し掛かった。
今歩いていた国道から県道へ右折すると、目下に川が見えた。
「これは石手川。この川の上流にはダムがあって、大雨が降ってダムが一杯になるとダムの水を放流して水量が増えるけん、気をつけるんよ?」
ちょうどこの地点は、二ヶ所から流れてきた川の合流地点のようで、流れも穏やかに見える。雨の日の荒れた川なんて想像し難い。
しばらく行ったところで曲がると、住宅地に入った。
坂を登っていき、いくつか角を曲がったところでおばあさんは足を止める。
「……ここが息子夫婦が住んどる家や」
手入れされた生垣の向こうには、二階建ての木造建築が建っている。おばあさんはその一階部分にある、縁側を指さして懐かしむように口を開いた。
「あそこでチャチャとよくおやつのタルトを食べたんよ」
「そうだったんですね……」
おばあさんはスーっと門をすり抜けて、家の敷地内に入る。そして、そのまま玄関をすり抜けて家の中に入っていってしまった。
さすがに私まで中に入るわけにもいかないから、その場で大人しく待つしかない。けれど、さすがにキャリーケースを持った女子がこんなところに一人ポツンと立ってるのは怪しいだろう。
勝手に動くのもな……と少し考えてスマホを手にした。もし不審がられて誰かに声をかけられても、道に迷っているフリをして時間を稼ごう。
そう思ったところで、家の中からおばあさんが戻ってきた。
「家の裏も見てきたけど、残念ながらチャチャは帰ってきとらんよ」
「……そうでしたか」
話によると、ちょうどこの家の斜め後ろに建っている家が空き家だというので、そちらもおばあさんに見てきてもらった。
この団地自体にはいくつか空き家があるとのことで、私たちはおばあさんが把握している限りの空き家を見て回った。
中には、すでに新しい入居者が住んでいる家もあったが、大半は人はもちろん、犬一匹さえ居なかった。
「……やっぱり、もうここにはおらんのかな」
東の空に出ていた太陽が少しずつ上に昇ってきて、私たちをじりじりと照らしつけてくる。
誰にも見えず、壁をすり抜けて中に入れるおばあさんの特性を使って、空き家という空き家は調べ尽くしたし、歩いていて気になった場所も漏れなく見て回った。
だけど、一向にチャチャは見つからなかった。
ここまでいないとなると、はじめにあった希望が絶たれてしまったようにさえ思う。
近くに住みかがあるという推測は間違っていないと思うけれどそれなら一体、チャチャはどこを寝床にしていたのだろう?
「チャチャと過ごした場所……?」
「もしかしたら、チャチャもおばあさんを探して、おばあさんと過ごした思い出の場所に帰ってるかもしれないじゃないてすか!」
たとえば引っ越しなどの事情で犬を親戚に引き取ってもらった場合、犬は賢いために、元の飼い主を探して逃げ出すことがあるという。
飼っていたわけではないとはいえ、野良犬だったチャチャにとっておばあさんは特別な存在だったのではないだろうか。
生きるために必須な食料を与えてくれたのはもちろん、名前を付けてくれて、いつも優しく出迎えてくれて、チャチャが来ることを誰よりも喜んでくれるおばあさんは、チャチャにとっては“大切な家族”だったのではないかと思うのだ。
だから、思い出の場所にチャチャがおばあさんを探しに来ているかもしれないと思った。
「……あそこにはおらんよ」
けれど、おばあさんは静かに首を横に振った。
「見に行ったんですか?」
「死んでからは行っとらん。でも、死ぬまで来んかったんやけん、今更戻って来るとは思えん」
チャチャはおばあさんの息子さん夫婦に追い出されたというから、近寄り難いところはあるのかもしれない。
「でも、それなら家の周辺を探してみませんか? 近所に空き家があれば、そこに住み着いてるかもしれませんよ……!」
野良犬とはいえ、どこかで寝泊まりをしているはずだ。
頻繁におばあさんの住む家に来ていたというのなら、チャチャが寝床にしている場所はそう遠くない場所にあったのではないだろうか。
初めは渋っていたおばあさんも納得してくれたようで、「それなら」と行き先を決めた足を動かしてくれた。私もそれに続いて、ガラガラとシルバーピンクのキャリーケースを引いてバス停から移動する。
おばあさんの案内に従って先ほど見送ったバスの進行方向に向かって歩く。今進んでいるのは国道というだけあって、それなりに車通りはあるが、とても静かだ。
少し歩くと、県道と交わる十字路に差し掛かった。
今歩いていた国道から県道へ右折すると、目下に川が見えた。
「これは石手川。この川の上流にはダムがあって、大雨が降ってダムが一杯になるとダムの水を放流して水量が増えるけん、気をつけるんよ?」
ちょうどこの地点は、二ヶ所から流れてきた川の合流地点のようで、流れも穏やかに見える。雨の日の荒れた川なんて想像し難い。
しばらく行ったところで曲がると、住宅地に入った。
坂を登っていき、いくつか角を曲がったところでおばあさんは足を止める。
「……ここが息子夫婦が住んどる家や」
手入れされた生垣の向こうには、二階建ての木造建築が建っている。おばあさんはその一階部分にある、縁側を指さして懐かしむように口を開いた。
「あそこでチャチャとよくおやつのタルトを食べたんよ」
「そうだったんですね……」
おばあさんはスーっと門をすり抜けて、家の敷地内に入る。そして、そのまま玄関をすり抜けて家の中に入っていってしまった。
さすがに私まで中に入るわけにもいかないから、その場で大人しく待つしかない。けれど、さすがにキャリーケースを持った女子がこんなところに一人ポツンと立ってるのは怪しいだろう。
勝手に動くのもな……と少し考えてスマホを手にした。もし不審がられて誰かに声をかけられても、道に迷っているフリをして時間を稼ごう。
そう思ったところで、家の中からおばあさんが戻ってきた。
「家の裏も見てきたけど、残念ながらチャチャは帰ってきとらんよ」
「……そうでしたか」
話によると、ちょうどこの家の斜め後ろに建っている家が空き家だというので、そちらもおばあさんに見てきてもらった。
この団地自体にはいくつか空き家があるとのことで、私たちはおばあさんが把握している限りの空き家を見て回った。
中には、すでに新しい入居者が住んでいる家もあったが、大半は人はもちろん、犬一匹さえ居なかった。
「……やっぱり、もうここにはおらんのかな」
東の空に出ていた太陽が少しずつ上に昇ってきて、私たちをじりじりと照らしつけてくる。
誰にも見えず、壁をすり抜けて中に入れるおばあさんの特性を使って、空き家という空き家は調べ尽くしたし、歩いていて気になった場所も漏れなく見て回った。
だけど、一向にチャチャは見つからなかった。
ここまでいないとなると、はじめにあった希望が絶たれてしまったようにさえ思う。
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