伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
6 / 69
1.友情を繋ぐ柚子香るタルト

1ー6

しおりを挟む
 *


「ゼェ、ゼェ、ゼェ」

「あんた、若いのに体力ないねぇ」


 キャリーケースに両手を置いて肩で息をする私の背後から、おばあさんは容赦ない言葉を投げかけてくる。


 少しずつ高度を上げていた太陽は完全に頭の真上にいて、焦がす勢いで照りつけている。

 おばあさんの言うお寺でのお参りは済ませたものの、この辺は山が多いだけあって、ここまでの道のりも坂道ばかりだった。平坦な道に見えるようなところでも緩やかな傾斜になっているのだ。

 普段から歩き慣れてない上に暑さも加わり、身体は限界だと悲鳴を上げていた。


 お寺に向かう途中で聞こえたサイレンの音が十二時のサイレンだとおばあさんに教えられて、もう小一時間は過ぎている。疲労だけでなく空腹感も強まっていた。


「無茶、言わないでくださいよ……」

 身体が透けていること以外は普通に生きてる人間と変わらないように見えるけれど、おばあさんは幽霊だ。
 こうして話していると忘れてしまいそうになるが、自分とは違ってお腹も空かないし疲れることもないのかもしれない。

 現に、私が必死になって歩いている坂道も、おばあさんは軽やかに進んでいた。足腰が丈夫というわけではなく、おばあさんには全く負担がかかっていないのだろう。


「この次はあっちにある神社にいくけん、もうちょっと頑張って」

「ええっ!」


 お寺の次は神社!?

 日本には八百万やおよろずの神の考え方があることを思えば、その行為自体は間違いではないだろう。問題は、私の体力だ。

 だけどおばあさんの勢いに勝てるわけもなく、私は限界を感じながら、重い身体を無理やり動かした。


 *


 神社でお参りを終えた頃には、真上にあった太陽も少しずつ西へと移動し始めていた。

 お参り自体大変なことはなかったが、キャリーケースとともに神社の石段の昇り降りをしなければならないのがかなり堪えた。さすがにもう歩けない。

 神社の石段を全て降りたところで、私はクタクタとキャリーケースにもたれかかるようにその場に腰をおろした。

 身体はかなり疲れが溜まっている。酷使した足を撫でながら一息ついていると、それを見ていたおばあさんが一歩、こちらへ近づいた。


「お嬢ちゃん」

 頭上から降ってきた声の方へ顔をあげると、おばあさんがその声色と同じ穏やかな顔でこちらを見ていた。


「旅の途中やったのに、こんな未練がましい幽霊のために、本当にありがとう」

「いえ、そんな……」


 何となく胸騒ぎがした。おばあさんの様子がさっきまでと違っていたからだ。

 あんなに必死でチャチャを探し回っていたのに、今私に向けた笑顔は、まるで何かを悟ったような、割りきったもののように見えた。

 チャチャに会いたいという望みを果たせないままおばあさんが消えてしまいそうで、何とも言えない不安と切なさに駆られる。
 

「わかっとんよ、もうチャチャには会えんって。けど、あきらめられんで、気づけばいつまでもこの世に居ついてしまっとったわい」

「おばあさん……」


 さっき感じた通り、おばあさんはあきらめるつもりなのだ。


「もういいんよ。チャチャには会えんかったけど、私の想いを聞いて、それに応えようと全力で協力してもらえたことが嬉しかったけん。チャチャのことは、いい飼い主のところで幸せに暮らしてますようにと、さっきお願いしてきたんよ」

 昔を懐かしむようなおばあさんの顔には、さっきまであった哀愁は感じられなかった。


「今なら成仏できそうやわ。お嬢ちゃんのおかげ」

「そんな……」

 本当にここで終わりにしていいのだろうか。

 だって、おばあさんはまだチャチャに会っていない。まだ未練を解消してないのだ。

 おばあさんの中で、その事実を納得して受け入れて消化できた、ということなのだろうか。

 チャチャに会いたいというおばあさんの思いの強さに触れたからこそ、余計にあきらめの悪い気持ちを抱いてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...