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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
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「ありがとう……。そこの道を行ったら、朝会ったバス停に出られるけん」
「……」
引き留めたらダメだ。ここで引き留めたら、おばあさんは本当に成仏できなくなってしまうかもしれないのだから。
でも、不可能だとわかっていてもやっぱりチャチャに会わせてあげたかったと思うのは、過ぎる願いなのだろうか。
そんな葛藤をしている間に、おばあさんの身体は優しい光に包まれていく。
もうこのまま見送るしかないのかもしれない。
あきらめにも似た気持ちが膨らみかけたとき、まるでおばあさんをまだこの世に引き留めるように「ワン!」という大きな犬の声が響いた。
ハッとして声のする方を見ると、犬が走ってきている。
薄茶色の柴犬で、首には赤いビーズで作られた首輪がついている。
もしかして、と思って私はおばあさんに視線を向けた。
その予想は正解だったようで、同じように走ってくる柴犬を見て、おばあさんは「チャチャ」と口を動かした。
チャチャは一目散におばあさんに駆け寄ると、そこに向かって飛びついた。
もちろん幽霊相手にどんなに近づいても触れることはできない。だから、チャチャはその場をジャンプしては宙を切っているだけなのだけど、めげずに何回も飛びついていた。
それだけチャチャにとっても、おばあさんと再会できたということが、特別で嬉しいことなのだろう。
「チャチャ、会いたかったよ……!」
おばあさんがチャチャの頭に触れるように手を伸ばすと、それに応えるようにチャチャは身体をすり寄せる。
亡くなってからもずっと探し続けていたチャチャと再会を果たせたこともだけれど、チャチャにおばあさんの姿が見えていることにも驚いた。
「元気にしとった? ご飯は、ちゃんと食べれとるん?」
その問いに答えるように、チャチャはブンブンと尻尾を振っている。
「ったく、いきなり何なんだよ。……チャチャ?」
そのとき、チャチャが走ってきた方向から、生きた人間の男性が走ってくる。
黒い短髪で、細身で背の高い男の人だ。
少し歳上だろうか。とはいえ、大きく変わらないように見えるから、恐らく二十代後半といったところだろう。
目鼻立ちの整った顔は中性的で、綺麗な容姿から黒いTシャツにジーンズという格好でも充分様になっている。
男性はチャチャの方を見ると、驚いたように目を見開いた。
「もしかして、チャチャの飼い主?」
信じられないと言わんばかりの声色で男性の口から飛び出した言葉は、私ではなくおばあさんに向けられている。男性の視線は、おばあさんをしっかりと捉えているからだ。
この男性、幽霊が見えているの……!?
それにはおばあさんも驚いたようで、チャチャとの再会に感動して細めていた目を真ん丸にして男性を見上げた。
「こりゃたまげたもんや。あんたにも私が見えとるなんて……」
男性はおばあさんに軽く微笑むと、軽く頭を下げる。
「これは失礼しました。私、この先にある民宿を経営している飯塚 晃と申します。チャチャは我々の民宿で寝泊まりしているのですよ」
「じゃあ、チャチャは今、あんたのところに……」
「ええ。もしよろしければ、チャチャと一緒に過ごされませんか?」
是非、とおばあさんは目を輝かせる。
やっぱり男性、飯塚さんには、おばあさんの霊が見えているようだ。それにしても幽霊に突然そんな提案を持ちかけるなんて、彼は一体何者なのだろう。
「では行きましょう。ご案内いたします」
「あー、待って待って! お嬢ちゃんも一緒に連れてっていい? チャチャを探すのに世話になったんよ」
「え……!? わ、私もですか!?」
てっきりお役御免だと思っていたので、思わずおばあさんと飯塚さんを交互に見た。
飯塚さんは「もちろん」と私にも柔らかい笑みを向けてくる。
チャチャとおばあさんの行く末を見届けたい気持ちはもちろんある。けれど、部外者の私がこれ以上関わってもいいのだろうか。
答えに詰まっていると、おばあさんのところにいたチャチャがこちらに走ってくる。
「わ……っ」
そして、元気よく「ワン!」とないて、私の足元にすり寄ってきた。すごく人懐っこいようだ。
何だか無邪気なチャチャとおばあさんの喜んでいる顔を見ると、これまでの疲れなんて気にならなくなるようだ。
「ほら、チャチャもお嬢ちゃんに来てほしいって言っとるわ」
チャチャはおばあさんの言葉に尻尾をフリフリしながら、私を見上げる。
さすがにそんな風に言われると断りづらいものがある。
結局私は、チャチャとおばあさんとともに飯塚さんについて行くことに決めたのだった。
「……」
引き留めたらダメだ。ここで引き留めたら、おばあさんは本当に成仏できなくなってしまうかもしれないのだから。
でも、不可能だとわかっていてもやっぱりチャチャに会わせてあげたかったと思うのは、過ぎる願いなのだろうか。
そんな葛藤をしている間に、おばあさんの身体は優しい光に包まれていく。
もうこのまま見送るしかないのかもしれない。
あきらめにも似た気持ちが膨らみかけたとき、まるでおばあさんをまだこの世に引き留めるように「ワン!」という大きな犬の声が響いた。
ハッとして声のする方を見ると、犬が走ってきている。
薄茶色の柴犬で、首には赤いビーズで作られた首輪がついている。
もしかして、と思って私はおばあさんに視線を向けた。
その予想は正解だったようで、同じように走ってくる柴犬を見て、おばあさんは「チャチャ」と口を動かした。
チャチャは一目散におばあさんに駆け寄ると、そこに向かって飛びついた。
もちろん幽霊相手にどんなに近づいても触れることはできない。だから、チャチャはその場をジャンプしては宙を切っているだけなのだけど、めげずに何回も飛びついていた。
それだけチャチャにとっても、おばあさんと再会できたということが、特別で嬉しいことなのだろう。
「チャチャ、会いたかったよ……!」
おばあさんがチャチャの頭に触れるように手を伸ばすと、それに応えるようにチャチャは身体をすり寄せる。
亡くなってからもずっと探し続けていたチャチャと再会を果たせたこともだけれど、チャチャにおばあさんの姿が見えていることにも驚いた。
「元気にしとった? ご飯は、ちゃんと食べれとるん?」
その問いに答えるように、チャチャはブンブンと尻尾を振っている。
「ったく、いきなり何なんだよ。……チャチャ?」
そのとき、チャチャが走ってきた方向から、生きた人間の男性が走ってくる。
黒い短髪で、細身で背の高い男の人だ。
少し歳上だろうか。とはいえ、大きく変わらないように見えるから、恐らく二十代後半といったところだろう。
目鼻立ちの整った顔は中性的で、綺麗な容姿から黒いTシャツにジーンズという格好でも充分様になっている。
男性はチャチャの方を見ると、驚いたように目を見開いた。
「もしかして、チャチャの飼い主?」
信じられないと言わんばかりの声色で男性の口から飛び出した言葉は、私ではなくおばあさんに向けられている。男性の視線は、おばあさんをしっかりと捉えているからだ。
この男性、幽霊が見えているの……!?
それにはおばあさんも驚いたようで、チャチャとの再会に感動して細めていた目を真ん丸にして男性を見上げた。
「こりゃたまげたもんや。あんたにも私が見えとるなんて……」
男性はおばあさんに軽く微笑むと、軽く頭を下げる。
「これは失礼しました。私、この先にある民宿を経営している飯塚 晃と申します。チャチャは我々の民宿で寝泊まりしているのですよ」
「じゃあ、チャチャは今、あんたのところに……」
「ええ。もしよろしければ、チャチャと一緒に過ごされませんか?」
是非、とおばあさんは目を輝かせる。
やっぱり男性、飯塚さんには、おばあさんの霊が見えているようだ。それにしても幽霊に突然そんな提案を持ちかけるなんて、彼は一体何者なのだろう。
「では行きましょう。ご案内いたします」
「あー、待って待って! お嬢ちゃんも一緒に連れてっていい? チャチャを探すのに世話になったんよ」
「え……!? わ、私もですか!?」
てっきりお役御免だと思っていたので、思わずおばあさんと飯塚さんを交互に見た。
飯塚さんは「もちろん」と私にも柔らかい笑みを向けてくる。
チャチャとおばあさんの行く末を見届けたい気持ちはもちろんある。けれど、部外者の私がこれ以上関わってもいいのだろうか。
答えに詰まっていると、おばあさんのところにいたチャチャがこちらに走ってくる。
「わ……っ」
そして、元気よく「ワン!」とないて、私の足元にすり寄ってきた。すごく人懐っこいようだ。
何だか無邪気なチャチャとおばあさんの喜んでいる顔を見ると、これまでの疲れなんて気にならなくなるようだ。
「ほら、チャチャもお嬢ちゃんに来てほしいって言っとるわ」
チャチャはおばあさんの言葉に尻尾をフリフリしながら、私を見上げる。
さすがにそんな風に言われると断りづらいものがある。
結局私は、チャチャとおばあさんとともに飯塚さんについて行くことに決めたのだった。
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