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2.仲直りの醤油めし
2ー15
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*
翌日の早朝。和樹くんは今日まで宿泊していたルームキーをカウンターに持ってきた。
ルームキーを受付カウンターのところにいたなのかさんに渡して軽く挨拶をすると、真っ直ぐに玄関の掃除をしていた私のところまで歩いてくる。
「ケイちゃん、いろいろありがとな」
「……和樹くん」
幽霊のお客さんがルームキーを返しにくるのは、むすび屋としての仕事が終わったという合図らしい。
このまま成仏する幽霊もいれば、もう少しこの世にとどまる幽霊もいて、そのあとは様々だ。
和樹くんは、きっと力を貸してほしくてむすび屋に来ただろうに、私はそれにちゃんと応えることができたのだろうか。
充分嬉しかったとは言われたけれど、和樹くんとして中途半端な結果になってしまったんじゃないかな。
「ケイちゃん、まだ昨日のこと気にしとん?」
「……ええっ!?」
「ハハッ。ケイちゃん、ヤバいくらいにわかりやすすぎやろ」
からかわれているのがわかって、もう!と少し語気を強めて言うけれど、蒸気する頬のせいで全然説得力がない。
「晃さんと拓也さんにはもう挨拶したけん。あとはケイちゃんに挨拶したら出ていくつもりやったんやけど、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
ちらりとなのかさんの方を見ると、すぐに受付カウンターの裏にある事務室にいる晃さんに確認を取って、顔の前で親指と人さし指で小さく丸を作ってくれた。
「うん。大丈夫みたい」
和樹くんは私の返事を聞くなり、嬉しそうに笑った。
*
真夏と言えど、朝の空気は昼間のことを思えば幾分涼しく感じられる。
最初は国道を歩いて緩やかな下り坂を歩いていたものの、県道を曲がり、さらには石手川にかかる橋を渡って裏道のような細い道へ入った。
あまり人気のない道だけど、すぐそばを走る石手川の水音が聞こえてくるようたった。
実際に聞こえているのは、セミがうるさく鳴く声だけだけど。
「ここ、小学生の頃からずっと使ってる通学路なんよ」
和樹くんは細い道の先を指さして説明してくれる。
通学路と言われても、さすがにまだ朝早いだけあって、小学生らしき姿は見えない。
「兄ちゃんが中学生になってからは、よく帰り道に自転車で帰る兄ちゃんに会えば、ランドセルやら何やらカゴに押しこんどったなぁ」
「お兄さんに荷物持ちさせてたんだ」
ちょっとおかしくなって笑みをこぼすと、それにつられるように和樹くんも笑った。
「実際帰り道は上り坂ばっかで、途中からずっと自転車を押して帰らんといけんのに、兄ちゃんの自転車のカゴに荷物突っ込むとか、今から思えば俺も酷なことしたわ」
ハハッと悪びれもなく笑うその姿から、弘樹さんを見つけてラッキーと言わんばかりに荷物を押し付ける姿が容易に想像ついてしまった。
「でもな、面倒臭そうな顔してるのに兄ちゃんは決まって言うんよ。仕方ないなって。自転車漕いでても押してても、荷物持たされるってわかってるのに、兄ちゃんは俺だってわかったら必ず足を止めてくれたんよ」
懐かしい大切な思い出を語る顔はとても穏やかで、私は二人の絆がとても眩しく見えた。
「……優しいお兄さんだったんだね」
「うん……」
目を細めて笑う姿を見ながら、昨日弘樹さんと話したときのことを思い出す。
弘樹さんの苦しそうな表情から、自分のせいで弟を亡くしてしまったという後悔の気持ちが痛いほど伝わってきた。
死んでもなお、お兄さんを大切に想っている和樹くんの気持ちが伝わらないのが本当にもどかしかった。
「ケイちゃんに言ってなかったんやけど」
夏の青い空を仰ぎながら、和樹くんは困った顔で笑う。
「兄ちゃんのこと好きやったし尊敬しとったけど、いつもこっぱずかしくて、ちゃんと伝えたことはなかったんよ。いつもふざけたことばっかり言い合ってただけでさ」
溢れそうな感情をこらえるように、和樹くんは目をそっと閉じた。
「伝えられるうちに伝えとかんといかんのんやな」
私ははっとして和樹くんを見た。
……そっか、そういうことだったんだ。和樹くんの気持ちを弘樹さんに伝えたとき、不思議そうな顔をされたのは。
「昨日の兄ちゃんの反応見て、痛感した。兄弟仲は良かったと思うんやけどな……。きっと生きているときに俺が言葉にしてこんかったから、伝わらんかったんよな……」
弘樹さんは本当に和樹くんの気持ちを知らなくて、信じられなかったのかもしれない。
兄弟だろうとどれだけ仲が良かろうと、言葉にせず本音を理解し合えるわけではないのだから。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。ケイちゃん、最後まで本当にありがとう」
とてもじゃないけれど、和樹くんがこのまま成仏できるとは思えない。お兄さんに気持ちを伝えることはできたとはいえ、それだけなのだから。
でも、和樹くんは去って行こうとしている。
このまま一人でこの世をさまようつもりなのだろうか。お兄さんへの罪悪感を抱きながら、静かに見守って留まり続けるのだろうか。
引き留めたところで、無力な私には何もできない。けれど、一人にさせられない気持ちから、つい引き留めたくなってしまう。
そんな葛藤の中何も言えずにいた私を見て、和樹くんがあどけなさの残る笑みを浮かべた。そして口を開こうとしたままの状態で、和樹くんの視線が私の後ろに注がれたまま固まった。
翌日の早朝。和樹くんは今日まで宿泊していたルームキーをカウンターに持ってきた。
ルームキーを受付カウンターのところにいたなのかさんに渡して軽く挨拶をすると、真っ直ぐに玄関の掃除をしていた私のところまで歩いてくる。
「ケイちゃん、いろいろありがとな」
「……和樹くん」
幽霊のお客さんがルームキーを返しにくるのは、むすび屋としての仕事が終わったという合図らしい。
このまま成仏する幽霊もいれば、もう少しこの世にとどまる幽霊もいて、そのあとは様々だ。
和樹くんは、きっと力を貸してほしくてむすび屋に来ただろうに、私はそれにちゃんと応えることができたのだろうか。
充分嬉しかったとは言われたけれど、和樹くんとして中途半端な結果になってしまったんじゃないかな。
「ケイちゃん、まだ昨日のこと気にしとん?」
「……ええっ!?」
「ハハッ。ケイちゃん、ヤバいくらいにわかりやすすぎやろ」
からかわれているのがわかって、もう!と少し語気を強めて言うけれど、蒸気する頬のせいで全然説得力がない。
「晃さんと拓也さんにはもう挨拶したけん。あとはケイちゃんに挨拶したら出ていくつもりやったんやけど、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
ちらりとなのかさんの方を見ると、すぐに受付カウンターの裏にある事務室にいる晃さんに確認を取って、顔の前で親指と人さし指で小さく丸を作ってくれた。
「うん。大丈夫みたい」
和樹くんは私の返事を聞くなり、嬉しそうに笑った。
*
真夏と言えど、朝の空気は昼間のことを思えば幾分涼しく感じられる。
最初は国道を歩いて緩やかな下り坂を歩いていたものの、県道を曲がり、さらには石手川にかかる橋を渡って裏道のような細い道へ入った。
あまり人気のない道だけど、すぐそばを走る石手川の水音が聞こえてくるようたった。
実際に聞こえているのは、セミがうるさく鳴く声だけだけど。
「ここ、小学生の頃からずっと使ってる通学路なんよ」
和樹くんは細い道の先を指さして説明してくれる。
通学路と言われても、さすがにまだ朝早いだけあって、小学生らしき姿は見えない。
「兄ちゃんが中学生になってからは、よく帰り道に自転車で帰る兄ちゃんに会えば、ランドセルやら何やらカゴに押しこんどったなぁ」
「お兄さんに荷物持ちさせてたんだ」
ちょっとおかしくなって笑みをこぼすと、それにつられるように和樹くんも笑った。
「実際帰り道は上り坂ばっかで、途中からずっと自転車を押して帰らんといけんのに、兄ちゃんの自転車のカゴに荷物突っ込むとか、今から思えば俺も酷なことしたわ」
ハハッと悪びれもなく笑うその姿から、弘樹さんを見つけてラッキーと言わんばかりに荷物を押し付ける姿が容易に想像ついてしまった。
「でもな、面倒臭そうな顔してるのに兄ちゃんは決まって言うんよ。仕方ないなって。自転車漕いでても押してても、荷物持たされるってわかってるのに、兄ちゃんは俺だってわかったら必ず足を止めてくれたんよ」
懐かしい大切な思い出を語る顔はとても穏やかで、私は二人の絆がとても眩しく見えた。
「……優しいお兄さんだったんだね」
「うん……」
目を細めて笑う姿を見ながら、昨日弘樹さんと話したときのことを思い出す。
弘樹さんの苦しそうな表情から、自分のせいで弟を亡くしてしまったという後悔の気持ちが痛いほど伝わってきた。
死んでもなお、お兄さんを大切に想っている和樹くんの気持ちが伝わらないのが本当にもどかしかった。
「ケイちゃんに言ってなかったんやけど」
夏の青い空を仰ぎながら、和樹くんは困った顔で笑う。
「兄ちゃんのこと好きやったし尊敬しとったけど、いつもこっぱずかしくて、ちゃんと伝えたことはなかったんよ。いつもふざけたことばっかり言い合ってただけでさ」
溢れそうな感情をこらえるように、和樹くんは目をそっと閉じた。
「伝えられるうちに伝えとかんといかんのんやな」
私ははっとして和樹くんを見た。
……そっか、そういうことだったんだ。和樹くんの気持ちを弘樹さんに伝えたとき、不思議そうな顔をされたのは。
「昨日の兄ちゃんの反応見て、痛感した。兄弟仲は良かったと思うんやけどな……。きっと生きているときに俺が言葉にしてこんかったから、伝わらんかったんよな……」
弘樹さんは本当に和樹くんの気持ちを知らなくて、信じられなかったのかもしれない。
兄弟だろうとどれだけ仲が良かろうと、言葉にせず本音を理解し合えるわけではないのだから。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。ケイちゃん、最後まで本当にありがとう」
とてもじゃないけれど、和樹くんがこのまま成仏できるとは思えない。お兄さんに気持ちを伝えることはできたとはいえ、それだけなのだから。
でも、和樹くんは去って行こうとしている。
このまま一人でこの世をさまようつもりなのだろうか。お兄さんへの罪悪感を抱きながら、静かに見守って留まり続けるのだろうか。
引き留めたところで、無力な私には何もできない。けれど、一人にさせられない気持ちから、つい引き留めたくなってしまう。
そんな葛藤の中何も言えずにいた私を見て、和樹くんがあどけなさの残る笑みを浮かべた。そして口を開こうとしたままの状態で、和樹くんの視線が私の後ろに注がれたまま固まった。
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