伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
39 / 69
3.恋する特製カレーオムライス

3ー10

しおりを挟む
「病気のことを打ち明けてもらえなかったのは、きっと清美なりに理由があったんだと思うんだ。そう考えると、僕が他の女性と付き合うことは、永遠を誓い合った清美のことも裏切ることになるようで……」


 清美さんと同じように、心は過去に置いてきぼりを食らったまま動けなくなっている。
 だから、偶然居合わせた私に、彼は自分の想いを話してくれたのだろう。

 自分一人では対処できない想いを。
 少しでも自分の気持ちに整理をつけたいから。


「って、こんなこと民宿の人に話しても仕方ないのに、すみません。でも聞いてくれて嬉しかったです。ありがとう」

「いえ……」


 どうしてこの人には清美さんが見えないのだろう。

 清美さんはずっと史也さんのそばにいるのに、残念で堪らない。

 これだけ強く想ってくれている史也さんに一目でも清美さんが見えれば、一言でも彼女の言葉を伝えられたら、前に進めそうなのに。

 ただ話を聞いただけで何ひとつ気の効いたことの言えない私に丁寧に頭を下げると、史也さんは民宿の中に戻っていった。

 やはりここにも、清美さんの姿はなかった。


 *


「清美さん? そういや、見とらんな」

「俺も見てねーな」


 団体客は皆就寝したのか、静かな民宿内。
 まかないを食べにきた私は、食堂にいた拓也さんと晃さんに、清美さんを見なかったか聞いてみた。

 というのも、朝方に一度会えた清美さんは、史也さんと一緒に行動すると出かけて行ったっきり、全く姿が見えないからだ。

 史也さんたちがむすび屋に戻ってきてからも、だいぶ時間が経っているし少し心配だ。


「……そうですか」


 一体、どうして姿を見せないのだろう。史也さんと行動している間に何かあったのだろうか?


「朝も探しとったけど、あれから全く見つからんのん?」

「いえ、朝食のときに一度会えました。今日は一日史也さんについていくと言ってたんですけど、史也さんの周りには居なかったので気になって」

「そんなに心配しなくても、人間に憑依してまでココに来たんだから、そのうち戻ってくるだろ。今朝も史也さんと一緒だったってだけなんだろ?」

「それもそうですね……」


 私も朝方に清美さんを探したとき、晃さんと同じように考えた。

 人間に憑依してまで未練の相手をここに連れてくるというのは、二人でさえ前代未聞のことだったらしいから。

 だけど今は、史也さんの気持ちを聞いたからなのか、静さんの告白現場に居合わせてしまったからなのか、何となく不安な気持ちになっていた。

 大好物の大きな海老天の乗った天丼が私の前に置かれるけれど、何だか箸が進まない。


「食べんのん? 清美さんのことは心配やろうけど、また朝みたいにひょっこり出てくるんやないん」

「あ、ごめんなさい……」


 せっかく作ってもらっているのに、しかも、絶対に美味しいってわかっている拓也さんの作った天丼だというのに、また勿体ないことをしてしまうところだった。

 美味しいという気持ちと作ってくれた感謝を伝える一番の行為が食べることなのに、それを前にして思い詰めているなんて、毎度のことながら失礼にも程がある。

 二人とも、大丈夫だって言ってくれてるっていうのに、気持ちが上手く切り替えられない。

 けれど、こんなモヤモヤした気持ちのままじゃ、美味しいものも美味しく食べられないよ……。


「それとも、何だ。また何か清美さんのことでわかったことがあって、一人で悩んでいるんじゃないだろうな?」

「……え」


 晃さんのその問いかけに、内心思い当たることがないといえば嘘になる。

 清美さんのことも心配だけど、実を言うと、さっき話を聞いた史也さんのことも気がかりだった。

 今も清美さんのことを引きずっている史也さんがどうすれば前を向いて生きていくことができるのかずっと考えているが、いい打開策は浮かびそうになかった。

 二人にはまだ話してなかったけれど、史也さんのことだって清美さんに関わることに違いない。

 私は二人に、夕食後に偶然史也さんと静さんに出くわしたこと、そして史也さんの口から清美さんへの想いを直に聞いたことを打ち明けることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇  

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...