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3.恋する特製カレーオムライス
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「別に。縛られてるなんて思ったことないから。俺はずっと清美が好きで、この先も清美だけだって」
「もう、いいから」
「……え?」
清美さんにはっきりとした口調で否定されて、史也さんの目に動揺が走る。
「惹かれてるんでしょ? 静さんに」
「……ごめん」
暫しの沈黙のあと、史也さんは目を伏せる。
心が動いてしまったことを後ろめたく思っているのだろうけれど、清美さんは責めるために静さんの話をしたわけじゃない。
それを知っている私は、緊張しながら二人のことを見守る。
「静さん、良い人だよね。私の存在を知った上でも史也のことを受け入れようとしてくれて。これ逃したら、一生婚期逃すぞ?」
沈んでしまった史也さんを励まそうとしているのか、静さんはおどけたような口調で言った。
「いいよ、それでも。ここであいつに甘えたら、清美のことも静のことも裏切ってるみたいじゃないか」
心の中には忘れられない恋人がいる。
ずっと過去の恋人を一途に想い続けるつもりが、新しい恋人の存在に寄りかかってしまいそうになっている今の状態は、史也さんには許せないことなのだろう。
だけど、史也さんが苦しみ続けることを、清美さんは望んでいない。
「バカじゃないの?」
清美さんは、突き放すようにそう言い放った。
「ほんと、バカだよ。何考えてるの? 私のことをずっと想ってもらえたら、私は嬉しいよ。でもね、史也はどうなの? もうそばにいられない私のことを想って、何年続くかわからない人生をずっと一人で生きていくの?」
有無を言わせない力強い瞳で史也さんを見つめる。
「もう、いいから。それだけ想ってもらえただけで、私、充分だから。史也は、史也の人生を生きて。私のせいで、これ以上苦しい思いをしている史也を見たくないの」
今も複雑な気持ちはゼロではないのかもしれない。
けれど、それでも清美さんにとって史也さんの幸せが一番大切で、守りたいものだった。
やっと本音を伝えられた清美さんは、真っ直ぐに史也さんを見つめている。
「清美……」
「私は、死んでも私に執着し続ける史也が心配でずっと成仏できずにいるんだからね……?」
最後は、優しく微笑むように清美さんは目を細めた。
その瞳から、また涙が一筋こぼれ落ちる。
「……そうだったのか? 清美は、俺のせいで成仏できてないのか?」
申し訳なさの滲む顔で史也さんは清美さんを見る。
「やだな、そんな顔しないでよ。大丈夫。史也がちゃんと前を向いて歩いていってくれたら、私はちゃんと成仏できるから」
「……本当に?」
「うん、本当に。ねえ史也、静さんと付き合いなよ。あんなに史也のことをあきらめずにいてくれる一途な人、なかなか出会えないよ。私のことは、時々思い出してくれたらいいからさ」
清美さんはニッと笑う。
「……ありがとう」
そう告げる史也さんの顔は、この民宿に来てから見る一番穏やかな表情だった。
「それより、ご飯食べよ? もう、冷めちゃったかな?」
「それより、って。おい……っ」
ウキウキといった感じに、清美さんはまだ手付かずだったオムライスにスプーンを入れる。
半熟玉子の中から姿を見せる黄色いご飯に、清美さんはキャッと歓声を上げる。
このオムライスの中には、ケチャップライスでもバターライスでもなく、カレーピラフが入っているのだ。
生前から清美さんのこのテンションの高さは顕在だったのだろう。
隅にいた私を申し訳なさそうに見る史也さんに、私は「お二人でゆっくり召し上がってください」と告げて立ち上がる。
「ったく、清美は相変わらずなんだから……」
呆れた口調だったけれど、その顔は清美さんと再会できて嬉しそうだった。
清美さんも史也さんと話せて、今までで一番楽しそうな笑顔だ。
「いいじゃない! また史也とこのメニューが食べられるなんて、もうこれが本当に最後なんだからね!」
二人が他のお客様の目に触れないようにパーテーションでその空間を仕切らせてもらうと、奇跡としか言い様のない光景を背に、今度こそ私は本当に席を外した。
最後に二人だけでゆっくりと料理を堪能できるように。
二人の初デートに食べた思い出の、特製カレーオムライスを。
「もう、いいから」
「……え?」
清美さんにはっきりとした口調で否定されて、史也さんの目に動揺が走る。
「惹かれてるんでしょ? 静さんに」
「……ごめん」
暫しの沈黙のあと、史也さんは目を伏せる。
心が動いてしまったことを後ろめたく思っているのだろうけれど、清美さんは責めるために静さんの話をしたわけじゃない。
それを知っている私は、緊張しながら二人のことを見守る。
「静さん、良い人だよね。私の存在を知った上でも史也のことを受け入れようとしてくれて。これ逃したら、一生婚期逃すぞ?」
沈んでしまった史也さんを励まそうとしているのか、静さんはおどけたような口調で言った。
「いいよ、それでも。ここであいつに甘えたら、清美のことも静のことも裏切ってるみたいじゃないか」
心の中には忘れられない恋人がいる。
ずっと過去の恋人を一途に想い続けるつもりが、新しい恋人の存在に寄りかかってしまいそうになっている今の状態は、史也さんには許せないことなのだろう。
だけど、史也さんが苦しみ続けることを、清美さんは望んでいない。
「バカじゃないの?」
清美さんは、突き放すようにそう言い放った。
「ほんと、バカだよ。何考えてるの? 私のことをずっと想ってもらえたら、私は嬉しいよ。でもね、史也はどうなの? もうそばにいられない私のことを想って、何年続くかわからない人生をずっと一人で生きていくの?」
有無を言わせない力強い瞳で史也さんを見つめる。
「もう、いいから。それだけ想ってもらえただけで、私、充分だから。史也は、史也の人生を生きて。私のせいで、これ以上苦しい思いをしている史也を見たくないの」
今も複雑な気持ちはゼロではないのかもしれない。
けれど、それでも清美さんにとって史也さんの幸せが一番大切で、守りたいものだった。
やっと本音を伝えられた清美さんは、真っ直ぐに史也さんを見つめている。
「清美……」
「私は、死んでも私に執着し続ける史也が心配でずっと成仏できずにいるんだからね……?」
最後は、優しく微笑むように清美さんは目を細めた。
その瞳から、また涙が一筋こぼれ落ちる。
「……そうだったのか? 清美は、俺のせいで成仏できてないのか?」
申し訳なさの滲む顔で史也さんは清美さんを見る。
「やだな、そんな顔しないでよ。大丈夫。史也がちゃんと前を向いて歩いていってくれたら、私はちゃんと成仏できるから」
「……本当に?」
「うん、本当に。ねえ史也、静さんと付き合いなよ。あんなに史也のことをあきらめずにいてくれる一途な人、なかなか出会えないよ。私のことは、時々思い出してくれたらいいからさ」
清美さんはニッと笑う。
「……ありがとう」
そう告げる史也さんの顔は、この民宿に来てから見る一番穏やかな表情だった。
「それより、ご飯食べよ? もう、冷めちゃったかな?」
「それより、って。おい……っ」
ウキウキといった感じに、清美さんはまだ手付かずだったオムライスにスプーンを入れる。
半熟玉子の中から姿を見せる黄色いご飯に、清美さんはキャッと歓声を上げる。
このオムライスの中には、ケチャップライスでもバターライスでもなく、カレーピラフが入っているのだ。
生前から清美さんのこのテンションの高さは顕在だったのだろう。
隅にいた私を申し訳なさそうに見る史也さんに、私は「お二人でゆっくり召し上がってください」と告げて立ち上がる。
「ったく、清美は相変わらずなんだから……」
呆れた口調だったけれど、その顔は清美さんと再会できて嬉しそうだった。
清美さんも史也さんと話せて、今までで一番楽しそうな笑顔だ。
「いいじゃない! また史也とこのメニューが食べられるなんて、もうこれが本当に最後なんだからね!」
二人が他のお客様の目に触れないようにパーテーションでその空間を仕切らせてもらうと、奇跡としか言い様のない光景を背に、今度こそ私は本当に席を外した。
最後に二人だけでゆっくりと料理を堪能できるように。
二人の初デートに食べた思い出の、特製カレーオムライスを。
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