19 / 23
「いつか巡り会えたなら、私はきっとまたきみに恋をする」
7-1
しおりを挟む
ワンルームの室内には、炊きたてのご飯とインスタントの味噌汁の匂いが漂う。
匂いの発生源である朝食をとる彼に言い寄るけれど、私は朝一からまるで相手にされていなかった。
「今日の味噌汁の具は何? わかった! 白いの浮いてるから豆腐だ!」
そうしている間に、目の前の彼、いっくんはごはんとともに味噌汁を体内に流し込む。
「……ごちそうさま」
私の方には目もくれず、空になった食器を重ねてシンクに置くと、いっくんはさっさと洗面台の方へ移動してしまう。
「もう行くの?」
簡単に身支度を整えて、カバンを手に取って玄関に向かういっくんのあとを慌てて追いかける。
「今はいい天気だけど、夕方から雨になるらしいから折り畳みの傘はあった方がいいよー」
さっきまでいっくんといた部屋の窓からは眩い朝陽が差し込んでいたけれど、昨晩いっくんが夕食時に見ていた天気予報ではそう言っていた。
「ああ」と小さく返事をして、いっくんは玄関口にある戸棚から紺色の折り畳み傘を取り出す。
良かった、ちゃんと私の声は聞こえているみたい。
さっきから目も合わなければ、返事もかえってこなかったから、もしかしていっくんは“私がここにいること”がわからなくなってしまったのかと心配した。
「ねぇねぇ、一度くらいいっくんの大学について行ってみてもいい?」
「……ダメ」
でもその心配は端から無用だったようで、いっくんはしっかりと私を見据えると、一言きっぱりとそう告げた。
「えー、何で? いっくん以外の人には見えないみたいだし、大丈夫だよ」
現に数日前、いっくんのお母さんが突然たずねてきたときも、私のことは見えていないみたいだった。
「ダメなものはダメなの。いい? 絶対外に出ようとしないこと!」
いっくんは念を押すようにそう言うと、「いってきます」と出ていってしまった。
あーあ。行っちゃった……。
いっくんが好き。
だから、外でのいっくんのことも知りたいだけなのに。
いっくんはいつもどんな大学に通って、どんな風に学校で過ごしているのだろう……?
外出禁止を言い渡された幽霊の私にとって、それを知ることはとても難しい。
私は死んだときの記憶も死ぬ前の記憶もない。
何となくわかっているのは、私はいっくんと同い年くらいの女性の幽霊であることくらいで、気づいたら幽霊としていっくんの部屋にいた。
そのときまだ五月の半ばだったことを思えば、いっくんの部屋で過ごすようになって、もう一ヶ月くらい経つ。
最初こそ驚いていたいっくんだけど、すんなりと私の存在を認めて肯定してくれた。
いっくんの本当の名前は知らない。
聞いても教えてくれないから、何となく“いっくん”っぽいって思って、勝手にいっくんって呼んでる。
いっくんのことは、一目見たときから好きだった。
いわゆる一目惚れっていうのだと思う。
見た目ももちろん好みだし、私が言い寄っても無反応なこともあるけれど、基本的には幽霊の私を追い出そうともせずにここに置いてくれているいっくんはとても優しい人だと、私は思う。
どうして幽霊になった私がここ、いっくんの部屋にいたのかも、そもそもどうして私が幽霊になったのかもわからない。
いつまでここでいっくんと一緒にいられるかさえもわからない。
だけど……。
私はいっくんが好き。今はそれだけでいい。
私がこうして存在している間は、いっくんに恋していたい。
こうしていっくんが学校に出たあとは、いっくんが夜に帰ってくるまで、私はただこの室内でボーッとして過ごす。
幽霊だから何かを触ろうとしても触れないし、いっくんがいなかったら、本当にただ“存在しているだけ”だ。
今日も朝陽が昇って夕陽となって西に沈むまで、白からオレンジへと移り行く部屋のグラデーションをただぼんやり眺めているだけなのだと思っていた。
匂いの発生源である朝食をとる彼に言い寄るけれど、私は朝一からまるで相手にされていなかった。
「今日の味噌汁の具は何? わかった! 白いの浮いてるから豆腐だ!」
そうしている間に、目の前の彼、いっくんはごはんとともに味噌汁を体内に流し込む。
「……ごちそうさま」
私の方には目もくれず、空になった食器を重ねてシンクに置くと、いっくんはさっさと洗面台の方へ移動してしまう。
「もう行くの?」
簡単に身支度を整えて、カバンを手に取って玄関に向かういっくんのあとを慌てて追いかける。
「今はいい天気だけど、夕方から雨になるらしいから折り畳みの傘はあった方がいいよー」
さっきまでいっくんといた部屋の窓からは眩い朝陽が差し込んでいたけれど、昨晩いっくんが夕食時に見ていた天気予報ではそう言っていた。
「ああ」と小さく返事をして、いっくんは玄関口にある戸棚から紺色の折り畳み傘を取り出す。
良かった、ちゃんと私の声は聞こえているみたい。
さっきから目も合わなければ、返事もかえってこなかったから、もしかしていっくんは“私がここにいること”がわからなくなってしまったのかと心配した。
「ねぇねぇ、一度くらいいっくんの大学について行ってみてもいい?」
「……ダメ」
でもその心配は端から無用だったようで、いっくんはしっかりと私を見据えると、一言きっぱりとそう告げた。
「えー、何で? いっくん以外の人には見えないみたいだし、大丈夫だよ」
現に数日前、いっくんのお母さんが突然たずねてきたときも、私のことは見えていないみたいだった。
「ダメなものはダメなの。いい? 絶対外に出ようとしないこと!」
いっくんは念を押すようにそう言うと、「いってきます」と出ていってしまった。
あーあ。行っちゃった……。
いっくんが好き。
だから、外でのいっくんのことも知りたいだけなのに。
いっくんはいつもどんな大学に通って、どんな風に学校で過ごしているのだろう……?
外出禁止を言い渡された幽霊の私にとって、それを知ることはとても難しい。
私は死んだときの記憶も死ぬ前の記憶もない。
何となくわかっているのは、私はいっくんと同い年くらいの女性の幽霊であることくらいで、気づいたら幽霊としていっくんの部屋にいた。
そのときまだ五月の半ばだったことを思えば、いっくんの部屋で過ごすようになって、もう一ヶ月くらい経つ。
最初こそ驚いていたいっくんだけど、すんなりと私の存在を認めて肯定してくれた。
いっくんの本当の名前は知らない。
聞いても教えてくれないから、何となく“いっくん”っぽいって思って、勝手にいっくんって呼んでる。
いっくんのことは、一目見たときから好きだった。
いわゆる一目惚れっていうのだと思う。
見た目ももちろん好みだし、私が言い寄っても無反応なこともあるけれど、基本的には幽霊の私を追い出そうともせずにここに置いてくれているいっくんはとても優しい人だと、私は思う。
どうして幽霊になった私がここ、いっくんの部屋にいたのかも、そもそもどうして私が幽霊になったのかもわからない。
いつまでここでいっくんと一緒にいられるかさえもわからない。
だけど……。
私はいっくんが好き。今はそれだけでいい。
私がこうして存在している間は、いっくんに恋していたい。
こうしていっくんが学校に出たあとは、いっくんが夜に帰ってくるまで、私はただこの室内でボーッとして過ごす。
幽霊だから何かを触ろうとしても触れないし、いっくんがいなかったら、本当にただ“存在しているだけ”だ。
今日も朝陽が昇って夕陽となって西に沈むまで、白からオレンジへと移り行く部屋のグラデーションをただぼんやり眺めているだけなのだと思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる