【短編集】いろいろな恋、集めました

美和優希

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「いつか巡り会えたなら、私はきっとまたきみに恋をする」

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 ワンルームの室内には、炊きたてのご飯とインスタントの味噌汁の匂いが漂う。

 匂いの発生源である朝食をとる彼に言い寄るけれど、私は朝一からまるで相手にされていなかった。


「今日の味噌汁の具は何? わかった! 白いの浮いてるから豆腐だ!」


 そうしている間に、目の前の彼、いっくんはごはんとともに味噌汁を体内に流し込む。


「……ごちそうさま」

 私の方には目もくれず、空になった食器を重ねてシンクに置くと、いっくんはさっさと洗面台の方へ移動してしまう。


「もう行くの?」

 簡単に身支度を整えて、カバンを手に取って玄関に向かういっくんのあとを慌てて追いかける。


「今はいい天気だけど、夕方から雨になるらしいから折り畳みの傘はあった方がいいよー」

 さっきまでいっくんといた部屋の窓からはまばゆい朝陽が差し込んでいたけれど、昨晩いっくんが夕食時に見ていた天気予報ではそう言っていた。

「ああ」と小さく返事をして、いっくんは玄関口にある戸棚から紺色の折り畳み傘を取り出す。


 良かった、ちゃんと私の声は聞こえているみたい。

 さっきから目も合わなければ、返事もかえってこなかったから、もしかしていっくんは“私がここにいること”がわからなくなってしまったのかと心配した。


「ねぇねぇ、一度くらいいっくんの大学について行ってみてもいい?」

「……ダメ」


 でもその心配ははなから無用だったようで、いっくんはしっかりと私を見据えると、一言きっぱりとそう告げた。


「えー、何で? いっくん以外の人には見えないみたいだし、大丈夫だよ」

 現に数日前、いっくんのお母さんが突然たずねてきたときも、私のことは見えていないみたいだった。


「ダメなものはダメなの。いい? 絶対外に出ようとしないこと!」


 いっくんは念を押すようにそう言うと、「いってきます」と出ていってしまった。


 あーあ。行っちゃった……。

 いっくんが好き。
 だから、外でのいっくんのことも知りたいだけなのに。

 いっくんはいつもどんな大学に通って、どんな風に学校で過ごしているのだろう……?

 外出禁止を言い渡された幽霊の私にとって、それを知ることはとても難しい。


 私は死んだときの記憶も死ぬ前の記憶もない。

 何となくわかっているのは、私はいっくんと同い年くらいの女性の幽霊であることくらいで、気づいたら幽霊としていっくんの部屋にいた。

 そのときまだ五月の半ばだったことを思えば、いっくんの部屋で過ごすようになって、もう一ヶ月くらい経つ。


 最初こそ驚いていたいっくんだけど、すんなりと私の存在を認めて肯定してくれた。

 いっくんの本当の名前は知らない。

 聞いても教えてくれないから、何となく“いっくん”っぽいって思って、勝手にいっくんって呼んでる。


 いっくんのことは、一目見たときから好きだった。

 いわゆる一目惚れっていうのだと思う。

 見た目ももちろん好みだし、私が言い寄っても無反応なこともあるけれど、基本的には幽霊の私を追い出そうともせずにここに置いてくれているいっくんはとても優しい人だと、私は思う。


 どうして幽霊になった私がここ、いっくんの部屋にいたのかも、そもそもどうして私が幽霊になったのかもわからない。

 いつまでここでいっくんと一緒にいられるかさえもわからない。


 だけど……。

 私はいっくんが好き。今はそれだけでいい。

 私がこうして存在している間は、いっくんに恋していたい。


 こうしていっくんが学校に出たあとは、いっくんが夜に帰ってくるまで、私はただこの室内でボーッとして過ごす。

 幽霊だから何かをさわろうとしてもさわれないし、いっくんがいなかったら、本当にただ“存在しているだけ”だ。

 今日も朝陽が昇って夕陽となって西に沈むまで、白からオレンジへと移り行く部屋のグラデーションをただぼんやり眺めているだけなのだと思っていた。
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