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4.仲直りはお早めに
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「……あ、っと」
美也子と目が合って、思わず声が漏れる。
「千夏……」
それと同時に、美也子の口元がそう動く。
「えと、その……。美也子、この前はごめんね」
私なりに精一杯そう言うと、美也子の顔が少し強ばったのがわかった。
「私、美也子の言う通り、言い過ぎだったと思う。美也子にもたくさん酷いことを言ってごめん」
周りの音は全然耳に入ってこないのに、やけに私の心臓の音だけが大きく響いて聞こえる。
すぐに視線をそらしてしまったから、今、美也子がどんな顔をしているのかまではわからない。
だけど、変わらず刺すように注がれる美也子の視線を感じて、思わず身体まで逃げ出してしまいそうになる。
「……私、今になって後悔してるの。私があんなことを言ったから、本当に健太郎は……」
そこまで言いかけたとき、ふわりと私は優しい温もりに包まれた。
「千夏のせいじゃないよ」
私の首に回された美也子の細い腕。
私は、美也子に抱きしめられていた。
「……え?」
「健太郎くんのこと。健太郎くんが亡くなったのは千夏のせいじゃない。だから、そこは自分のこと責めないであげて」
「美也子……」
「……あのときは、私もカッとしてしまってたの。ぶったりしてごめんね」
「ううん。元はといえば、私が悪かったんだし……」
「でも、これだけは言わせて。千夏が本気で言ってるわけじゃないってわかってたけど、冗談でも“死ね”とか言ってほしくなかった」
美也子は私から身を離すと、私の両手を美也子の両手で包み込んで、続ける。
「説教じみたこと言ってごめんね。でもさっき千夏が後悔してるって言ってたのを聞いて、今はもっと早く言ってあげればよかったって思ってる」
美也子の言葉は、怒ってるというより悲しみを含んでいるようだった。
「……というのもね、実は私、昔は本当に口が悪くて、よく“死ね”とか言ってたの」
「えぇっ!?」
美也子に語られた第一声から、私は驚かされる。
だって美也子は、いつも私が健太郎に“死ね”と言うと、やんわりと注意してくるような子だったから。
「今の私からしたら意外かな」
「うん……」
「でも、私が小学六年生のとき、おばあちゃんが亡くなったのをきっかけに改めたんだ」
そこまで話すと、美也子は「とりあえず場所変えようか」と私の手を引いた。
少しずつ登校してくる生徒が増える校内。
廊下の片隅で深刻な雰囲気で話をしていた私たちに、好奇の目がチラチラと向けられていたから、ちょうど私もそう思っていたところだった。
美也子に連れて来られたのは、屋上へと続く階段。
屋上自体は普段は閉鎖されているから、必然的にここの階段は人目につかない場所になっている。
屋上へと続く扉のあるフロアから、一段降りた階段に美也子と並んで腰を下ろす。
そこで、美也子は先程の話の続きを聞かせてくれた。
小学生の美也子は、今の美也子からは想像がつかないくらいに口が悪かったらしく、本当に口癖のように“死ね”と言っていたらしい。
暑い、死ね。
気にくわない、死ね。
イライラする、死ね。
親に注意されても当時の美也子には何が悪いのかわからなくて、改められなかったそうだ。だけど、美也子が小学六年生の夏休みの出来事が美也子を大きく変えた。
その年の夏休み。美也子は、美也子のおばあちゃんの家に遊びに行ったとき、おばあちゃんと喧嘩をしてしまったんだそうだ。
喧嘩の内容は、本当に些細なことだった。
美也子が飲もうと買ってきたジュースを、おばあちゃんが間違って飲んでしまったらしい。
おばあちゃんは、本当に申し訳なさそうに美也子に謝ってきたらしい。また買い物に行ったときに同じのを買ってきてくれる、とまで言ってくれていたんだそうだ。
だけど、“今”飲もうと思っていたジュースを飲まれてしまったことに腹を立てていた美也子は、感情を抑えきれずにこう言ってしまったんだそうだ。
『でも今すぐは買ってきてくれないんでしょ? 今すぐ飲みたかったのに! おばあちゃんなんてキライ! 死ね!』
美也子は決しておばあちゃんのことがキライだったわけじゃない。むしろ、大好きだった。
だけど、ついイライラに任せて心にもないことを言ってしまったんだそうだ。
そして皮肉なことに、その言葉が、美也子がおばあちゃんに言った最後の言葉になってしまったらしい。
美也子と目が合って、思わず声が漏れる。
「千夏……」
それと同時に、美也子の口元がそう動く。
「えと、その……。美也子、この前はごめんね」
私なりに精一杯そう言うと、美也子の顔が少し強ばったのがわかった。
「私、美也子の言う通り、言い過ぎだったと思う。美也子にもたくさん酷いことを言ってごめん」
周りの音は全然耳に入ってこないのに、やけに私の心臓の音だけが大きく響いて聞こえる。
すぐに視線をそらしてしまったから、今、美也子がどんな顔をしているのかまではわからない。
だけど、変わらず刺すように注がれる美也子の視線を感じて、思わず身体まで逃げ出してしまいそうになる。
「……私、今になって後悔してるの。私があんなことを言ったから、本当に健太郎は……」
そこまで言いかけたとき、ふわりと私は優しい温もりに包まれた。
「千夏のせいじゃないよ」
私の首に回された美也子の細い腕。
私は、美也子に抱きしめられていた。
「……え?」
「健太郎くんのこと。健太郎くんが亡くなったのは千夏のせいじゃない。だから、そこは自分のこと責めないであげて」
「美也子……」
「……あのときは、私もカッとしてしまってたの。ぶったりしてごめんね」
「ううん。元はといえば、私が悪かったんだし……」
「でも、これだけは言わせて。千夏が本気で言ってるわけじゃないってわかってたけど、冗談でも“死ね”とか言ってほしくなかった」
美也子は私から身を離すと、私の両手を美也子の両手で包み込んで、続ける。
「説教じみたこと言ってごめんね。でもさっき千夏が後悔してるって言ってたのを聞いて、今はもっと早く言ってあげればよかったって思ってる」
美也子の言葉は、怒ってるというより悲しみを含んでいるようだった。
「……というのもね、実は私、昔は本当に口が悪くて、よく“死ね”とか言ってたの」
「えぇっ!?」
美也子に語られた第一声から、私は驚かされる。
だって美也子は、いつも私が健太郎に“死ね”と言うと、やんわりと注意してくるような子だったから。
「今の私からしたら意外かな」
「うん……」
「でも、私が小学六年生のとき、おばあちゃんが亡くなったのをきっかけに改めたんだ」
そこまで話すと、美也子は「とりあえず場所変えようか」と私の手を引いた。
少しずつ登校してくる生徒が増える校内。
廊下の片隅で深刻な雰囲気で話をしていた私たちに、好奇の目がチラチラと向けられていたから、ちょうど私もそう思っていたところだった。
美也子に連れて来られたのは、屋上へと続く階段。
屋上自体は普段は閉鎖されているから、必然的にここの階段は人目につかない場所になっている。
屋上へと続く扉のあるフロアから、一段降りた階段に美也子と並んで腰を下ろす。
そこで、美也子は先程の話の続きを聞かせてくれた。
小学生の美也子は、今の美也子からは想像がつかないくらいに口が悪かったらしく、本当に口癖のように“死ね”と言っていたらしい。
暑い、死ね。
気にくわない、死ね。
イライラする、死ね。
親に注意されても当時の美也子には何が悪いのかわからなくて、改められなかったそうだ。だけど、美也子が小学六年生の夏休みの出来事が美也子を大きく変えた。
その年の夏休み。美也子は、美也子のおばあちゃんの家に遊びに行ったとき、おばあちゃんと喧嘩をしてしまったんだそうだ。
喧嘩の内容は、本当に些細なことだった。
美也子が飲もうと買ってきたジュースを、おばあちゃんが間違って飲んでしまったらしい。
おばあちゃんは、本当に申し訳なさそうに美也子に謝ってきたらしい。また買い物に行ったときに同じのを買ってきてくれる、とまで言ってくれていたんだそうだ。
だけど、“今”飲もうと思っていたジュースを飲まれてしまったことに腹を立てていた美也子は、感情を抑えきれずにこう言ってしまったんだそうだ。
『でも今すぐは買ってきてくれないんでしょ? 今すぐ飲みたかったのに! おばあちゃんなんてキライ! 死ね!』
美也子は決しておばあちゃんのことがキライだったわけじゃない。むしろ、大好きだった。
だけど、ついイライラに任せて心にもないことを言ってしまったんだそうだ。
そして皮肉なことに、その言葉が、美也子がおばあちゃんに言った最後の言葉になってしまったらしい。
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