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12.最後の夜
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「四十九日の法要が終わったあと、とりあえず家族や親族一人一人に、俺の姿が見えてるわけじゃないけど、ありがとうを言って回ったんだ。最後の一人に言い終えたとき、途端に俺の目に見えていた俺の姿さえ消えようとしたんだ」
ごくりと、固唾を呑み込んだ。
白く浮かび上がって見える健太郎の手が、震えている。
その言葉の続きを聞くのが怖かった。だけど、聞かなきゃいけない。
現実から目をそらすことはいくらでもできるけれど、健太郎が今ここにいる意味を考えたら、そんなことできなかった。
「嫌だって叫んだ。まだ俺は千夏に何も伝えられてないのに、消えるなんて。もう少し時間がほしかったから……」
「……うん」
「そしたらな、どこからともなく声が聞こえたんだ。伝えたいことを伝えてこいって。それまで待ってやるって。俺の最後の願いを聞いてもらえたんだ」
「え、じゃあ……」
「俺が千夏に伝えたいことを全て伝えたら、俺は消える。でも、それにはタイムリミットがあるんだ。伝えられなかったとしても、今日が終わるのと同時に消える」
「そんなの、やだよ……」
健太郎が私に伝えたいことが何なのかはわからない。
けれど、それを伝えても伝えなくても居なくなってしまうなんて……。
自然なぐらいにスッと健太郎の言葉が頭に入ってきたのは、きっと健太郎に言われることが大体予想がついていたからだ。
だからといって受け入れることはできなくて、柄にもなく私はすがるように色白く光る健太郎に向かって手を伸ばしていた。
「……私も、連れてって。健太郎がいない世界なんて、きっとつまらないよ……」
けれど触れるか触れないかのところで、健太郎は私から距離を取るように離れた。
「何言ってんだよ。そんなことできるわけねぇだろ?」
「……だよね、ごめんね。でも、こんなのないよ……。好き、って気づいたときには、健太郎は死んでる、だなんて……」
どんどん健太郎を困らせることばかり言ってるのは、わかっていた。
本当に好きなら、笑顔で送り出すことが一番だっていうことも。
でも、そんなこと、私にはできそうになかった。
だって、ここでバイバイしたら、もう二度と健太郎と会えなくなるのだから──。
困ったように寄せられた健太郎の眉。
最後までそんな顔をさせて、ごめんね……。
「……んだよ、それ」
どこか怒気を含んだ健太郎の声。
怒るのも当然なのかもしれない。こんなタイミングで私は何を言ってるんだって感じだ。
健太郎に気持ちを伝えようと伝えまいと、どちらにせよ後悔するのなら、健太郎の気持ちを考えて動くべきだった。
だけど、健太郎はいつものように怒鳴ってくることもなければ、私をバカにするような様子も見られない。
「……健太郎?」
ずっと両手で拳を握りしめて、健太郎はうつむいて肩を震わせたまま何も言わなかった。
変わりに微かに聞こえるのは、時折しゃくり上げるような小さな声。
健太郎、もしかして泣いてる……?
何となくそんな気がして健太郎の顔を覗き込もうとしたとき、健太郎は勢いよく身を翻して私に背を向けてしまった。
「ちょ、どうしたのよ」
「今更過ぎるんだよ、バカ!」
私の言葉に被さるように聞こえたのは、健太郎の怒鳴り声。
私は思わずビクリと身体を震わせて、その場に制止する。
「ずっと、好きだったのに。全然気づかなくてさ。挙げ句の果てには、あんな野郎に引っ掛かりやがって……」
あんな野郎って、もしかして畑中先輩のことだろうか。
っていうか健太郎って、私のこと好き、だったの……?
あまりにも信じられない事実に、思わず耳を疑った。
私がパチパチと目をしばたたかせている間にも、腕で目元を拭ってこちらを見つめる健太郎。
「本当、鈍すぎなんだよ。お前」
「ごめん……」
健太郎がそんな風に思ってくれてたのなら、私が健太郎を好きだなんて、本当に今更過ぎる。
最後の最後まで健太郎のことを怒らせて、傷つけて、何やってるんだろう、私。
ごくりと、固唾を呑み込んだ。
白く浮かび上がって見える健太郎の手が、震えている。
その言葉の続きを聞くのが怖かった。だけど、聞かなきゃいけない。
現実から目をそらすことはいくらでもできるけれど、健太郎が今ここにいる意味を考えたら、そんなことできなかった。
「嫌だって叫んだ。まだ俺は千夏に何も伝えられてないのに、消えるなんて。もう少し時間がほしかったから……」
「……うん」
「そしたらな、どこからともなく声が聞こえたんだ。伝えたいことを伝えてこいって。それまで待ってやるって。俺の最後の願いを聞いてもらえたんだ」
「え、じゃあ……」
「俺が千夏に伝えたいことを全て伝えたら、俺は消える。でも、それにはタイムリミットがあるんだ。伝えられなかったとしても、今日が終わるのと同時に消える」
「そんなの、やだよ……」
健太郎が私に伝えたいことが何なのかはわからない。
けれど、それを伝えても伝えなくても居なくなってしまうなんて……。
自然なぐらいにスッと健太郎の言葉が頭に入ってきたのは、きっと健太郎に言われることが大体予想がついていたからだ。
だからといって受け入れることはできなくて、柄にもなく私はすがるように色白く光る健太郎に向かって手を伸ばしていた。
「……私も、連れてって。健太郎がいない世界なんて、きっとつまらないよ……」
けれど触れるか触れないかのところで、健太郎は私から距離を取るように離れた。
「何言ってんだよ。そんなことできるわけねぇだろ?」
「……だよね、ごめんね。でも、こんなのないよ……。好き、って気づいたときには、健太郎は死んでる、だなんて……」
どんどん健太郎を困らせることばかり言ってるのは、わかっていた。
本当に好きなら、笑顔で送り出すことが一番だっていうことも。
でも、そんなこと、私にはできそうになかった。
だって、ここでバイバイしたら、もう二度と健太郎と会えなくなるのだから──。
困ったように寄せられた健太郎の眉。
最後までそんな顔をさせて、ごめんね……。
「……んだよ、それ」
どこか怒気を含んだ健太郎の声。
怒るのも当然なのかもしれない。こんなタイミングで私は何を言ってるんだって感じだ。
健太郎に気持ちを伝えようと伝えまいと、どちらにせよ後悔するのなら、健太郎の気持ちを考えて動くべきだった。
だけど、健太郎はいつものように怒鳴ってくることもなければ、私をバカにするような様子も見られない。
「……健太郎?」
ずっと両手で拳を握りしめて、健太郎はうつむいて肩を震わせたまま何も言わなかった。
変わりに微かに聞こえるのは、時折しゃくり上げるような小さな声。
健太郎、もしかして泣いてる……?
何となくそんな気がして健太郎の顔を覗き込もうとしたとき、健太郎は勢いよく身を翻して私に背を向けてしまった。
「ちょ、どうしたのよ」
「今更過ぎるんだよ、バカ!」
私の言葉に被さるように聞こえたのは、健太郎の怒鳴り声。
私は思わずビクリと身体を震わせて、その場に制止する。
「ずっと、好きだったのに。全然気づかなくてさ。挙げ句の果てには、あんな野郎に引っ掛かりやがって……」
あんな野郎って、もしかして畑中先輩のことだろうか。
っていうか健太郎って、私のこと好き、だったの……?
あまりにも信じられない事実に、思わず耳を疑った。
私がパチパチと目をしばたたかせている間にも、腕で目元を拭ってこちらを見つめる健太郎。
「本当、鈍すぎなんだよ。お前」
「ごめん……」
健太郎がそんな風に思ってくれてたのなら、私が健太郎を好きだなんて、本当に今更過ぎる。
最後の最後まで健太郎のことを怒らせて、傷つけて、何やってるんだろう、私。
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