【完結】隠れ刀 花ふぶき

かじや みの

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2話 花ふぶきの謎

二 家宝集結(一)

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 追われるように、夜陰に紛れて去った家だった。

「酷だな」
 新一郎も眉をひそめた。
 が、こうして立っていても仕方がない。
「行こうか」
 荘次郎も洋三郎も、沈痛な顔で頷いた。

 あの時は、一人で心細く、父と家を奪われた悔しさと恐怖と不安に押しつぶされそうだった。

 だが、今は兄弟三人と、それぞれに身につけた武術がある。
 あの頃とは違うのだ。

 潜戸を叩くと、潜戸ではなく、門が開かれた。
 客として迎え入れるということだろう。


 玄関に案内される。
 かつては、玄関から出入りしたことはない。
 他人の扱いだ。
 もう他人の家なのだから当たり前なのだが、胸が痛んだ。

 式台に侍が控えていた。
「どうぞ、そのままお上がりください。奥でお待ちでございます」
「・・・」
「お前は・・・」
 この気は、何度も出会っている。
「先生のかたき・・・」
 洋三郎が掴みに出そうになるのを、荘次郎が押さえた。
 昼の光のもとで会うのは初めてだ。
 いや、初めてではない。
「お久しぶりでございます。新一郎さま」
「沖津・・・甚介・・・」
「はい。思い出していただけましたか」
「今は主計どののところにいるのだな」
 場所が場所なだけに、記憶がつながった。
「荘次郎さまも洋三郎さまも、お強くなられましたな」
「よくも先生を・・・」
 堪えてはいるが、拳が震えている。
「洋三郎」
 制止の声をかけた。
 沖津がするすると下がり、間合いをあけた。
 今は戦う意思がないということだ。
「どうぞ」

「知っているやつだったのか」
「二人は覚えていないかもしれないな。沖津は立花の家に仕えていた者だ。神谷先生の出稽古でよく剣を交えた。向こうのほうが年上だから当然敵わなかったがな」
 それも十年前までのことだ。
 思い出せなかったのは、十年で太刀筋が変わったからだろうか。
 まだ本気で斬り合っていないからなのだろうか。

 どこかから、琴の音が聞こえてくる。
 通されたのは、客間として使われていた部屋だった。
 茶道具の前に亭主が座って茶を点てていた。
「ああ、適当に座ってくれ。こういうことは苦手なのでな。作法は気にせずざっくばらんにいこうではないか。茶室は狭いのでここでよかろう。息が詰まるのもどうかと思ってな」
 入り口で立ち止まっていると、茶筅を置いた亭主が手招きした。
「入れと言っている。立花主計は私だ。かしこまる必要はないぞ。世が世なら、こちらの方が下で小さくなっておらねばならんのだからな」
 そう言って笑っているが、目は笑っていなかった。
 こちらを値踏みするように遠慮のない視線を投げてくる。
 完全に呑まれている。
 借りてきた猫のように、三人並んで座ったが、居心地悪いことこの上ない。

「沖津に会ったか。三男坊の顔に出ておるぞ。すまぬことをした。命まで取るつもりはなかったのだが、そうせねばならぬほどの腕だった、ということだ。わかるであろう?」
「わかりません」
 洋三郎が突っぱねるように言い放ったが、その声に硬さがあった。
「新一郎にはわかるな」
「はい」
「兄上!」
 洋三郎が声を荒げた。
「それほど本気だということでしょう。・・・たかが刀ごときに」
 主計が声を上げて笑った。
「さすが長男。痛いところを突く」
 冷めてしまったな、と自ら点てた茶をぐいっと酒を飲むように飲みほした。
 豪快な男のようだった。
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