【完結】隠れ刀 花ふぶき

かじや みの

文字の大きさ
38 / 76
3話 立花家の危機

二 敵か味方か(二)

しおりを挟む
 なんとなく長屋に戻ってしまった。
 洋三郎は荘次郎のところに行かせていて、今は誰もいない。

 佐野の屋敷へ行こうかと思ったが、やはり、昔の友のところには行きづらい。
 こちらは浪人で、向こうは役付きともなれば、門前払いを食らっても文句は言えない。
 そう思うと気が重かった。

 角谷は、禄高はあるが、無役の家で、京蔵もあまり身分にこだわらない性格だったので、行きやすかったのだ。

 だが、ためらってはいられない。
 こうしている間にも、事態が悪化していくかもしれないのだ。


「あ、新さん、戻っておいででしたか。よかった」
 仙次が戸を開けて入ってきた。
「お疲れですかい?」
「いや、大丈夫だ。親分こそ」
 手を振ってはいるが、仙次の方も目の下にクマを作っている。
「牧の旦那がお呼びです。今夜にでもおいでいただきたいと」
「旦那が?」
 呼ばれると思っていなかったので驚いた。
 だが、やはり、牧から話を聞くのが一番いいのかもしれない。
 敵か、味方かは別にして。


「しばらく見ない間に、少し変わりましたな」
 最後に会ってから、それほどときは経っていないはずだが、牧はそう言って目を細めた。
 細い目が糸のようになっている。
 それはそうだろう。
 あの時とは、状況が違う。
 落ち着いていられない。

「何かご用でしょうか」
 新一郎の言葉に棘がある。
 町奉行が関わっているかもしれないと知ったせいもあるだろう。
「まあまあまあ」
 手を前に出して、抑える仕草をした。
「しばらく江戸を離れて、どちらに行っておられた?」
「それは言えません」
「花ふぶきを持って帰ってこられたか」
「さあ、どうでしょうか」
「やはり変わられた」
 と、牧は笑って、茶を飲んだ。


「こちらにも聞きたいことがあります」
 新一郎は、腹蔵なく聞くことにした。
「此度のことに、旦那は、いや、お奉行さまはどれほど関わっているのでしょうか」
「此度のこととは?」
「もちろん、立花家の蟄居と、妹とさちのかどわかしです」
「お奉行が関わっていると思われる?」
「思いたくありませんが」
「笑止・・・」
 牧は、変わらずの笑顔で新一郎を見た。
「大名家は大目付の管轄。我々とは支配違い。関わることなどできませんよ」
 やはり接点はない、か。
「十年前は、いかがです」
「はて、十年前?」
 何を聞くのかというような、戸惑った顔になった。
「いえ」
 新一郎が、首を振り、うつむいた。
「十年前のことはいいのです。今の立花家を同じように潰したくないだけです」

「先ほども言いましたが、旗本も含めて、町方の者が、お武家を調べることはできません。・・・ですが」
 牧は、勿体をつけるように腕を組んだ。
「拐かされたのは、町方の者。今、駕籠の行方を調べさせているところです。しかし、武家地ゆえ、なかなか調べも進みませんがね」
「旦那・・・」
 素直に頭を下げた。
 町方も動いていたのだ。
「同心の務めははたしますよ。わかりましたらお教えします」
 どうだ、と言わんばかりに胸を張っている。

「それがしのみたところ、立花家のことと拐かしの件は、別物という気がしています」
「別物?」
「前にも言ったと思いますが、花ふぶきを狙うのは、一人ではない。・・・思惑が複雑に絡み合っているのではないでしょうかね」
「・・・」
「して、今日お呼びしたのは、お目付衆の中に、お知り合いがおられぬか、お聞きしたかったからです」
「・・・」
 詮議するような厳しい視線が、新一郎をとらえた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...