【完結】隠れ刀 花ふぶき

かじや みの

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3話 立花家の危機

二 敵か味方か(三)

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 牧が目付の名を記した紙を見せた。
 その中に、佐野の名前があり、湯川の名があった。
「なぜ、目付なのですか?」
 目付は旗本御家人を取り締まるのが役目だ。
 立花家との関わりがわからない。
「目付衆の間で出世争いが激しくなっているらしい。次に上へ行くのは誰かと。万年同心のそれがしなどには縁のないことだが」
「花ふぶきを出世の道具に?」
「賄賂にはもってこいなのではないですか」
「・・・」
「お気を悪くされたかな。刀を欲しがる者にはふた通りある。単純に刀が好きで収集したいと思う者と、刀が好きなお偉方に献上することによって利を得たい者」
「・・・」
「どちらの方かの見分けは付け難い。いや、両方というお方もおられるでしょう。おっと話がそれましたな。この中に、立花家と付き合いのあった者がいれば、調べも進むはずです。知っていた方が有利ですからな。まあ、知らなくても手を出してくることもあるでしょうが」
「・・・」
 新一郎は迷った。
「しかし、町方は手出しができないのでしょう? 突き止めたところで・・・」
「さよう、踏み込むことはできません。せいぜい上の方に注進するのが関の山ですがね」
「残念ですが、心当たりはありません」
「本当に?」
 疑わしそうな目で見てくる。
「いえ、・・・心当たりは、・・・ありますが、言えません」
 嘘を貫き通すべきだったかもしれない。
 が、迷いが言葉に出てしまっている。
 牧が笑う。
「あなたは嘘がつけない方ですな。そこがまた良いのですがね」
「申し訳ありません。急がなければならないことはわかっていますが、まずは、こちらで探ってみます。・・・探らせてください」
「・・・」
 不満げではあったが、
「いいでしょう。何かありましたらお知らせください」
 と言った牧の顔には、嫌味なところがなかった。


 佐野が関わっているのだろうか。
 今宵は月もなく、暗い道を提灯も持たずに歩いている。
 十年で何があったのだろう。
 己も含めて、さまざまなことがあった。
 何も変わったところがなさそうな角谷だって、言わないだけで、色々あっただろう。
 お互いの家を行き来し、共に学び、遊んだあの頃から、今を想像できただろうか。
 これほど、疎遠になり、敵かもしれないと思ってしまっている今を。

 考え事をしながら歩いていたせいで、微かな風が襲いかかってくる気配に気がつくのが遅れた。
 体を捻ってかわしたが、左腕に痛みが走り、塀に右肩がぶつかり、咄嗟に刀を抜くことができなかった。
 塀に背中をつけるようにして、辺りを窺う。
 闇だ。
 足音もしなかった。
 塀に背をつけている者を斬るのは難しい。
 必ず誘い出しにくる。
 待たない。
 先に動いた。
 走る。
 やはり、追ってくる。
 微かに足音がし、気配が近づく。
 斬ってくる。
 今度は抜き合わせて、防いだ。
 重い。
 上に跳ね上げて、横なぎに見舞った。
 空を斬る刃音がする。
 耳元で風が動く。
 後ろに下がる。
 左腕の感覚がない。
 深手かもしれない。
 また走る。
 少しでも灯りがあるところに出たかった。
 後ろから刃音。
 脅しではないのか。
 暗がりで殺るつもりか。
 体の向きを変えて、刀を振る。
 胸元を刃がかすっていく。
 息が上がってくる。
 左手が使えないこともあり、長引けば不利だ。
 立ち止まり、刀を青眼に構えた。
 左腕が重くなっている。
 右腕に変に力が入って、構えた刀が揺れた。
 闇と対峙するような感覚になる。
 が、相手は目の前にいるのだ。
 目に頼るな。
 一撃で仕留める。
 上からのしかかって来るような斬撃が来た。
 右に出ながら、こちらも刀を引き上げ、左袈裟に振り下ろした。
 腕に斬った手応えがあり、相手の呻く声がした。


 来た道を引き返した。
 八丁堀の牧の屋敷から、それほど離れてはいなかった。
 戸を叩く。
「いかがされた」
 牧が驚いている。
「灯りを貸していただけませんか」
 報告を兼ねて、襲ってきた者が、何者かを確かめたかった。

 だが、牧と共に戻った時には、もう跡形もなくなっていた。
 手応えはあったはずなのだが、動けるほど、軽傷だったのだろうか。
 それとももうすでに片付けられたのか。
「確かに血痕は残っているようです。何者でしょうな」
 牧が心配そうに新一郎を見た。
 左腕から血が滴っている。
「お怪我は・・・大事ありませんか」
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