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一話 この子誰の子
三
「文四郎さん、朝餉はまだなんでしょう? 食べていきませんか」
雪江が、そう声をかけてきた。
まだ、おきみの話を聞く前だ。
「え、まあ、まだですが・・・」
おきみが泣いている。
他人の赤子に乳をやって、自分の子に思いを馳せてしまったのだろう。
落ち着くまで、朝飯を食べていけということなのだろうか。
でも、放っておいていいものかどうか。
「おきみさんには、私がついています。うちの人がおりますから、話がてら食べていらっしゃい」
「ありがとうございます」
そう言われて、肝心のお方を忘れていたことに気がついた。
駒井さまにまだ挨拶していなかった。
「朝からお邪魔をして、申し訳ございませぬ」
と、駒井家の居間に顔を出し、当主の駒井淳三郎に頭を下げた。
「挨拶はよい。食っていけ」
文四郎の膳が用意してあった。
「姉がご迷惑をおかけして・・・」
「よいよい。知らぬ間柄でもあるまい」
駒井家の子どもたちが、行儀良く座って挨拶した。
「いつの間にか大きくなられましたな」
「十と八つだ」
上が男の子で、下が女の子だ。
文四郎がいるからか、二人ともすました顔をしている。
遠慮なく膳の前に座ると、子どもたちは、もう食べ終えて、膳を自分で下げに行った。
さすがに躾が行き届いている。
上役と一緒に食事をするのは、ちょっと気が引けた。
「いただきます」
朝からご馳走だった。
家族を持つと、こうなのだろうな、と自分の子供の頃を思い出して、懐かしくなった。
今の文四郎の朝餉は、ご飯に湯をぶっかけてかき込むだけになっている。
もしくは、外で食べる。
「赤子をどうする?」
駒井が訊いてきた。
文四郎を気の毒がっているのが、表情から読み取れる。
「姉上からの預かりものですから、致し方ありません」
そう言うしかなかった。
「当家で預かってやってもよいが。女手もあるしな」
「いえ、おきみさんをおいてもらっているだけで、ありがたいと思っております」
おきみは、駒井家にとってはなんの関わりもない女子なのだ。
かといって、文四郎が一人で住む朝倉家に、おきみを住まわせるわけにもいかない。
だから、おきみは駒井家に預かってもらったのだろう。
赤子も、となるとやはり気が引ける。
姉も、そう思って、赤子は、文四郎に預けたのだ。
「近頃、赤子に関わる相談事が増えておるようだ。そなたはおきみの赤子を取り戻してやれ。拐かしだとすれば、急いだ方が良いだろう」
「は。わかりました」
急いで、箸を動かした。
「そなたが独り者ゆえ、何かと不都合だ。嫁を世話してやろう。なるべく早いうちにな」
「はあ・・・」
話が変な方へ飛んだ。
「それは、お構いなく」
「なぜだ。意中の女子でもおるのか」
「いえ、そういうわけでは・・・」
苦笑いし、逃げるように居間を出た。
部屋に戻ると、雪江が赤子を抱き、あやしていた。
「ご馳走さまでした」
「いいえ。お粗末さまでした。そういえば、この子の名前はどうします? 凛さまったら、名前はまだないとおっしゃって、びっくりしました。生まれたばかりでもないのに。・・・明かせない事情があるのだとは思いますが」
そういえば、手紙にも、名前はないからつけてくれとあった。
「どのくらい、なのですか」
「そうねえ、三月くらいでしょうか」
おきみも頷いている。
「一番可愛らしい頃よね。ふくふくして。・・・懐かしいわ」
と、頬ずりした。
赤子は機嫌よくきゃっきゃ言っている。
確かに名前がなくては都合が悪い。
「しかし、急に言われましても・・・」
猫や犬の子のようにはいかない。
浮かんでこなかった。
「雪江さまがつけてくださいよ」
「
「男だから・・・大五郎、とか?」
雪江がぷっと吹き出した。
「適当に言ってます?」
「どうせ、本当の名前ではないのですから、なんでもいいのですよね」
「まあ、文四郎さんったら。怒ってるでしょ」
そりゃ、怒るだろうと思ったが、黙った。
「それより、話を聞こうか」
「はい」
おきみが、文四郎に向き直った。
もう泣き止んで、すっきりした顔になっている。
「子供の父親は誰なんだ?」
「はい」
と、少しためらうように、間が空いた。
文四郎は、どこかのお店の若旦那のお手がついたとか、そういう類の話ではないかと思っていた。
が、
「お旗本の、佐々木外記さまです」
「は?・・・」
口をあんぐり開けてしまった。
雪江が、そう声をかけてきた。
まだ、おきみの話を聞く前だ。
「え、まあ、まだですが・・・」
おきみが泣いている。
他人の赤子に乳をやって、自分の子に思いを馳せてしまったのだろう。
落ち着くまで、朝飯を食べていけということなのだろうか。
でも、放っておいていいものかどうか。
「おきみさんには、私がついています。うちの人がおりますから、話がてら食べていらっしゃい」
「ありがとうございます」
そう言われて、肝心のお方を忘れていたことに気がついた。
駒井さまにまだ挨拶していなかった。
「朝からお邪魔をして、申し訳ございませぬ」
と、駒井家の居間に顔を出し、当主の駒井淳三郎に頭を下げた。
「挨拶はよい。食っていけ」
文四郎の膳が用意してあった。
「姉がご迷惑をおかけして・・・」
「よいよい。知らぬ間柄でもあるまい」
駒井家の子どもたちが、行儀良く座って挨拶した。
「いつの間にか大きくなられましたな」
「十と八つだ」
上が男の子で、下が女の子だ。
文四郎がいるからか、二人ともすました顔をしている。
遠慮なく膳の前に座ると、子どもたちは、もう食べ終えて、膳を自分で下げに行った。
さすがに躾が行き届いている。
上役と一緒に食事をするのは、ちょっと気が引けた。
「いただきます」
朝からご馳走だった。
家族を持つと、こうなのだろうな、と自分の子供の頃を思い出して、懐かしくなった。
今の文四郎の朝餉は、ご飯に湯をぶっかけてかき込むだけになっている。
もしくは、外で食べる。
「赤子をどうする?」
駒井が訊いてきた。
文四郎を気の毒がっているのが、表情から読み取れる。
「姉上からの預かりものですから、致し方ありません」
そう言うしかなかった。
「当家で預かってやってもよいが。女手もあるしな」
「いえ、おきみさんをおいてもらっているだけで、ありがたいと思っております」
おきみは、駒井家にとってはなんの関わりもない女子なのだ。
かといって、文四郎が一人で住む朝倉家に、おきみを住まわせるわけにもいかない。
だから、おきみは駒井家に預かってもらったのだろう。
赤子も、となるとやはり気が引ける。
姉も、そう思って、赤子は、文四郎に預けたのだ。
「近頃、赤子に関わる相談事が増えておるようだ。そなたはおきみの赤子を取り戻してやれ。拐かしだとすれば、急いだ方が良いだろう」
「は。わかりました」
急いで、箸を動かした。
「そなたが独り者ゆえ、何かと不都合だ。嫁を世話してやろう。なるべく早いうちにな」
「はあ・・・」
話が変な方へ飛んだ。
「それは、お構いなく」
「なぜだ。意中の女子でもおるのか」
「いえ、そういうわけでは・・・」
苦笑いし、逃げるように居間を出た。
部屋に戻ると、雪江が赤子を抱き、あやしていた。
「ご馳走さまでした」
「いいえ。お粗末さまでした。そういえば、この子の名前はどうします? 凛さまったら、名前はまだないとおっしゃって、びっくりしました。生まれたばかりでもないのに。・・・明かせない事情があるのだとは思いますが」
そういえば、手紙にも、名前はないからつけてくれとあった。
「どのくらい、なのですか」
「そうねえ、三月くらいでしょうか」
おきみも頷いている。
「一番可愛らしい頃よね。ふくふくして。・・・懐かしいわ」
と、頬ずりした。
赤子は機嫌よくきゃっきゃ言っている。
確かに名前がなくては都合が悪い。
「しかし、急に言われましても・・・」
猫や犬の子のようにはいかない。
浮かんでこなかった。
「雪江さまがつけてくださいよ」
「
「男だから・・・大五郎、とか?」
雪江がぷっと吹き出した。
「適当に言ってます?」
「どうせ、本当の名前ではないのですから、なんでもいいのですよね」
「まあ、文四郎さんったら。怒ってるでしょ」
そりゃ、怒るだろうと思ったが、黙った。
「それより、話を聞こうか」
「はい」
おきみが、文四郎に向き直った。
もう泣き止んで、すっきりした顔になっている。
「子供の父親は誰なんだ?」
「はい」
と、少しためらうように、間が空いた。
文四郎は、どこかのお店の若旦那のお手がついたとか、そういう類の話ではないかと思っていた。
が、
「お旗本の、佐々木外記さまです」
「は?・・・」
口をあんぐり開けてしまった。
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