織姫道場騒動記

かじや みの

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「初めに確かめたいのですが。結城どのは、この試合に勝ったら、いかがされるおつもりですか」

 たくさんいる見物人も、固唾をのんでその答えを待った。

 まだ結城から、詳しいことを何も聞いていない。
 己のことは、名前以外、出自もなぜ旅をしてるのかも何も話していない。

 だが、ボロを着ていた昨日とは、別人のようで、凛とした力強さを醸し出している。

「それがしが勝ったら・・・」
 結城の目が、スッと細められた。

「この道場をお譲りいただきます。そして、あなたも。・・・道場破りとは、そういうものでしょう?」

 見物人がざわざわしはじめた。

「昨日、道場の様子を見させてもらい、欲しくなりました」

 身の毛もよだつとはこのことだ。
 里絵は思わず、両腕を抱くように肩を窄めた。

「わかりました。あなたが、この道場に相応しいかどうか、試させていただきます」

 織絵は平然と応じる。

「勝つよね?」
 里絵は、隣に座る幼馴染の小弥太に向かってつぶやいた。

 小弥太は、織姫道場には数少ない下級藩士の子息だ。
 源兵衛が道場に立っていた頃から通い、織絵が再開してからもまた通ってきている。
 里絵の親友と言ってもいい。

「どうかな」
 小弥太の囁きに、思わずその顔を見やった。
「なにそれ、どういうこと?」
「この人、強い・・・」
 小弥太はじっと、結城を見つめている。

 感じていることは、同じなのだ。

 胸を締め付けられるような不安に襲われている。

 道場が再び静まり返る。

 審判するのは、大月源兵衛である。

 剣を握れなくても、目は確かだ。

 源兵衛が、上座で、開始の合図をすると、二人は礼をして間合いをとり、木刀を構えた。

 織絵は青眼に構えたまま動かなくなる。

 初めは岩のように、だが、次第にそれは大きくなっていくのだ。

 大岩になり、小山になり、大きな山になる。
 農作業で鍛えた足腰の強さは、並の男よりも勝る。

 その力を、剣に乗せて落ちかかる。
 受け止められる者はそうそういない。

 対する結城は、下段の構え。
 力みの一切ない、その立ち姿は、どこかで見たことがある、と里絵は思った。

(宮本武蔵だ・・・)
 本人ではない。
 宮本武蔵が描いた自画像の写しを見たことがある。
 骨董屋が持ってきたものを、源兵衛がとても欲しがっていたが、当然買えなかった。
 手に入らないとわかって、余計に食い入るように見た記憶がある。

 武蔵の、二刀を持って、両腕を垂らした姿と、結城の姿が重なった。

 目は、武蔵ほど鋭くないが、眠そうな目を半眼にして、飄々と立っている。

 風だ。
 変幻自在に姿を変える、風のように、捉えどころがない。

 織絵の山を包み込むような風。

 動けない。
 動かないのではなく、動けない。

 どれほどのときが経ったのだろうか。

 織絵が突然、木刀を引き、膝をついた。

「参りました。結城才介どの。あなたに、当道場をお譲りします」
 と、頭を垂れた。

 里絵の中で、刻が止まった。

 みんなが唖然として言葉も出ない。

 剣を交えずして、織絵が負けた!?

 何が起こったのか、飲み込めない。

 結城は、織絵と同じように木刀を引いて、正座し、両手をついている。

 織絵の顔は、負けたはずなのに、なぜか晴々としていた。

 源兵衛も、頷いている。

 そんな・・・。

 何これ何これ何これ・・・。
 ぐるぐると頭の中でこだまする。

 里絵はたまらず立ち上がると、道場を出て、駆け出した。

(これは、何?)

 怒り、悲しみ、憎悪、絶望・・・・。

 色々な感情が入り乱れ、頭が混乱する。

(嘘だ・・・信じない! こんなの、信じない!)

 泣きながら走った。
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