隠密姫

鍛冶谷みの

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序 出発

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 ここは、城下の外れのお寺。
「姫さま、お支度をお手伝いさせていただきます」
 姫さまの控えの間。
 両手をつき、頭をさげてから襖を開けて、中に入っていった。
「え?…あの~、姫さまは」
 部屋の中を見回してみたが、私と同じ腰元の姿をした人が一人いるだけだった。
 肌の色は浅黒いけれど、眉も目元もキリッとして、唇も薄く勝ち気そうな美人だ。
 年上にも見えるけれど、十七の私とそうそう変わらないかもしれない。
「ここにおるぞ」
 その人はニヤリと笑って言った。
「どちらに?」
 わけがわからない。
 近づいて来たその人が、私の手を取り立たせる。
 近くで見ても美人だ。
 そばかすが目立つけれど気にならない。
「名前は?」
 と聞いてくる。
「茜と申します」
「あかねどの」
「はい」
「声を出してはならぬぞ」
「はい?」
 首を傾けると、その人は私の帯締をサッと解いた。
「えっ?」
 そして後ろに回って帯をほどき、引っ張られ、くるくると回される。
(あ~~れ~~!!)
 何をされるの??
 声を出すなって言われたけど、どうしよう?
 よろよろする私の体を抱き止めて、耳元で囁かれた。
「しっ。何も案ずるな。大人しくしていてくれればよい」
 腰紐まで解かれて、着物が剥ぎ取られていく。
 わけがわからず、何もできずにボーッとなって、されるがままの私に、またその人が囁く。
「今からそなたは美鶴姫、わらわは茜じゃ」
「え!?」
「わらわの代わりに駕籠に乗ってもらう。駕籠が嫌いなのじゃ」
 そんな・・・!
「頼んだぞ」
「ひ、ひ、ひ、姫さまーーー!!」
 思わず叫んでしまったが、姫さまに口を押さえられ、言葉にはならなかった。
 頭がくらくらしてきた。
 気を失うのでは?と思うほどの衝撃で、冷や汗が流れる。
「きっと似合うぞ」
 襦袢姿の私に、振袖を着せ掛ける。
 鮮やかな赤地に鶴の刺繍が施されていて、帯は黒地で、さまざまな花模様の刺繍がびっしり。
 あまりの豪華さに、またくらくらしてくる。
「何結びがよいかのう」
 私の全身を眺めて考えている。
 ずっしり重い帯を結ぶ手つきも力強く、早い。もたついて叱られてばかりいる私とは大違いだ。
「よし、どこからどう見ても姫じゃ」
 着付けが終わると座らされ、髷が直される。
(これが私?)
 うっとりするような豪華な着物と髷が鏡に映し出され、我を忘れて見入ってしまった。
 姫さまが笑っている。
「な?よいであろう。このからくりは誰にも見破れぬ。わらわは家中の者に会ったことはないし、そなたは、城に上がったことのない同じ年頃の娘を、と特別に探してもらったのだ。この佐伯以外に誰もわらわたちのことは知らぬのじゃからな」
 のう、佐伯、と襖の向こうに声をかけた。
「は」
 と声がする。
「大事ない。開けてよいぞ」
 すっと戸が開いて、膝をついている侍が見えた。
 そう、このお侍だ。私をここへ連れて来てくれたのは。
「いざという時は助けてくれる。頼るがよい。わらわも頼りにしておる」
 佐伯がかしこまった。
「我らは一蓮托生じゃ。詳しいことは道中ゆっくり話す。何しろ同じ部屋で寝起きすることになるからの」
 にっこりと姫さまが笑う。
「大船に乗ったつもりで堂々と振る舞っておればよい。堂々とな」
「はい」
「これで、顔を隠すとよい」
 姫さまが扇を手渡した。
「さあ、ゆくぞ」
 姫さまが手をとった。
 広げた扇で口元を隠してみる。
 誰の目にも触れたことのない、深窓の姫君らしく。
「そうそう、その調子です」
 姫さまの口調が、腰元のものになる。
「言葉に詰まったときは、私にふればよろしゅうございます。お答えいたしますゆえ」
 私は頷いた。

 本堂ヘ渡り、御本尊さまに旅の安全を祈念して出発となる。
 冷や汗が止まらない。
 手が震えてきた。
 その手を姫さまがぎゅっと握ってくれた。
(いったいどうなるの?・・・)
 扇で顔が隠せてよかった。

 導かれて階を降り、駕籠の前まできた。
 人一人が乗れるだけの小さな姫駕籠だ。
 髷をぶつけないよう気をつけて乗り込む。
 狭い。姫さまはこれが苦手なのかも。
 駕籠が動き出した。
 奇妙な旅の始まりだ。
 小窓を少し開けて外を見る。
 姫さまの茜がすぐそばを歩いている。
 安心だけど、まだ心臓がドキドキしている。

 これは後日聞いた話なのだけれど、
 城下を離れ、しばらく進んだところで、姫さまが駕籠へ声をかけたという。
「姫さま、ご覧なされ、もうご城下とはしばらくお別れにございますぞ」
 城下を一望でき、遠く海まで見渡せる場所だった。
 のに・・・。
 返事がなく、訝しんで窓を開けてみたら、姫さま姿のわたしは、駕籠の中で眠りこけていた。
「茜は案外肝がすわておるな」
 と笑われたものだった。
 だって、駕籠の揺れが意外に心地よかったのですもの。
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