隠密姫

かじや みの

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十 対決

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「ご家老が、お目にかかりたいと参っております」
 部屋の外から声がかかった。
「明日にしてくれ。今は気分が悪い」
 今すぐ対面する気になれなかった。
 やっと着替えを終えて、体を休めようとしていたところなのに、己を殺そうとしている奴に会って、わざわざ機嫌まで悪くしたくなかった。
 いずれは対決しなければならないが、今じゃない。
 左肩を押さえた。
 傷が疼く。
 ご家老さま、お待ちを、という声が聞こえたが、押し通るつもりらしい。
 断りもなく戸が開けられた。
「これはこれは、ご無事でようございました」
「慌てて何事だ。明日にせよと言ったんだが。死にぞこないの俺を見に来たのか」
 不機嫌を隠さずに尖る。
「ご無事を確かめられて嬉しゅうございます」
「心にもないことを言うな」
 喧嘩腰になり、そばいにる十郎がやきもきしていた。
「猟師を口封じに殺したな?叔父上の指図であろう」
 修理は口を歪めただけで、動揺する様子もない。
「何を証拠にそのような・・・」
 苦笑する余裕すらあった。
 その不敵さが、痛手を受けた大和を凌駕して、鼠をいたぶる猫の如く居丈高な態度となっていた。
「もしそうならば、いかがなされる?この修理をお斬りなされるか」
「ああ、・・・斬る」
 と言ったが、その言葉に力がなく、痛みを堪えて顔が歪んでいる。
「若!」
 十郎がたまらずに大和を支えた。
 突っ伏してしまうのではないかと思うほど、憔悴しているように見えた。
「それがしを斬れば、この伊那代はどうなるか、よくお考えくだされ」
「ご家老!」
 十郎が咎めた。
「若はこれまで通り、うつけでいてくだされば良いのです。・・・では、お大事に」
 と、勝ち誇ったように帰っていく。
 お家にとって大事なのはどちらか。
 誰の答えもおそらく同じだ。
 大森修理がいなければならない。
 大和は初めて悔しいと思った。
 これまで、政は修理に任せておけばいいと軽く考えていたのだ。
 己の甘さがこれほど己を苦しめるとは、まったく想像していなかった。
 だが、どうすればいいのかわからない。
 このまま修理の言いなりになって、藩主の座を譲るのか。
 民のためにもその方がいいのなら・・・

 ーー舞台を降りる・・・か

 今の俺を見たら、あの人はなんと言うだろう。


 怪我が回復するまで、何もできないのが辛かった。
 馬に乗ることも、舞を舞うことも、武術の稽古もできない。
 もしかしたら、完全に回復せず、動かせなくなるのではないかという恐怖もある。
 修理が姫の元を頻繁に訪れているという。
 藩の存続をお願いしているというが、大和には修理を藩主にするよう働きかけているとしか思えない。
 口がうまい修理のことだ。
 姫が修理の言葉にほだされて、首を縦に振るかもしれない。
 江戸に立ってしまうかもしれない。
 大和に策などない。
「何もできないって、辛いな」
 思わず口をついて出てきた弱音に、十郎までも気の毒そうな顔をする。
 本当にこのまま終わるのか。
 殺されるのを黙って待つのか。

 隠密の調べでは、修理は、商人と結託して利を上げさせ、懐を肥やしているらしい。
 大和の所業を実際よりも悪いように噂を流し、民の信頼をなくさせるように仕向けていた。
 それを今更、修理に正しても、言い逃れされるのがオチだという気がして、せっかく教えてもらったが、切り札として使う気にならない。
 己がうつけだという自覚はあるのだ。
 ではどうするべきか、これまでに考えたことがないほど考えた。
 怪我をしなければ、こんな機会もなかったかもしれない。
 ふと、ひらめくものがあった。
 修理は、うつけでいればいいと言った。
 ならば、そうさせてもらおうではないか。
 俺は俺のやり方で、修理に対抗する。
「十郎、町へ出るぞ。ついて来い」
 外から眺めているだけでは、本当のことはわからない。
 できることがあるはずだ。
 今、何もできないからこそできることが。

 ーー俺の舞台は、俺が作る。

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