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十一 刺客の正体
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変装などしない。
若殿だと一目でわかる格好で町へ出た。
江戸で生まれ、長く暮らしていたため、伊那代のことをよくわかっていなかった。
人通りの多い、商家や飯屋、屋台が並ぶ通りを歩く。
人々は、恐々と遠巻きにして眺めているだけだった。
若殿は、粗暴で喧嘩っ早くて民の気持ちなど考えない、と思われている。
その噂を裏付けるように、縁談は次々に壊れている事実があるのだ。
弁明などできない。
ただ、そのままの人となりを見てもらうしかなかった。
繁盛していそうな蕎麦屋に入った。
「そばを一杯、いや、二杯もらえるか」
「へ!?」
店の主人が驚いて目を見開いていた。
他の客も急に静かになり、気まずそうにしている。
若殿が何をしに来たのかと訝っている。
ほどなく、湯気の立つそばが目の前に置かれた。
注目されている。
十郎も居心地が悪そうだった。
遠慮なくすする。
黙って見られることには慣れている。
いつも給仕の者に話しかけては無視されている。
「うん、うまい!熱いそばがこれほどうまいとはな」
大和の言葉に、場の空気が一変した。
「城では冷たいものしか食えんのだ」
「そいつはお気の毒に」
と笑いが起こった。
一気に、汁まで飲み干して
「美味かった。また食いにきてもいいか」
食べ終えて、十郎が銭を払っている間、
「俺は、伊那代のことを何も知らぬ。うまい食い物のことを誰か教えてくれんか?」
問いかけた。
「食い物、って若さまは、食いしん坊ですね」
また笑いが起こる。
「知らないんなら教えてやるよ」
と言い出す者が現れ、どこそこの何がうまいと口々に言い合う。
「そんなにあるのか。よし、全部行くか。1日で食い切れるかのう」
「1日では無理だよ」
笑い声に送られて店を後にし、今度は屋台を覗き、団子などを食べ歩く。
遠巻きにしていた町の人々も、陽気な大和に笑顔を見せはじめた。
子供達が後をついて歩く。
「ああ、食った食った」
城に戻り、畳にじかに大の字になって寝転んだ。
「若、お疲れでしょう」
十郎が苦笑している。
今まで見る所を間違えていたと思う。
いや、あえて見ないようにしていたのかもしれない。
修理の領分に踏み込んではいけないような、そんな空気があったのだ。
「明日も行こう。村の方も歩いてみたい」
歩くだけなら、怪我をしていてもどうにかできる。
「それは危険なのでは?また狙われるやもしれませぬ」
「そうかもしれんな。俺が動けば動くほど、修理は気が揉めるはずだ」
流した噂が事実ではないことが明らかになり、不正が暴かれては面倒だと思うだろう。
鉄壁に見えた修理の守りに風穴を開けたい。
いくら危険でも、やめる訳にはいかない。
揺さぶりをかけるのだ。
翌日、町へ出かけようと、本丸を出ると、追いかけてくる者がいた。
「それがしも、お供に加えていただけませぬか」
例の銃撃事件の時に供をした近習の一人、藤野だった。
あの日、修理がぜひにも連れて行けとよこした者だ。
護衛役ができるほどに剣の腕も立つ。
監視役に違いない。
十郎が、どうするのかと目で問うている。
「そうだなあ。・・・まあ、よかろう。好きにいたせ」
「ありがたき幸せ。それがしは目立たぬようについておりまする」
共に行動するわけではないという。
「かまわぬ」
「若・・・」
十郎がそばにより、声を顰めた。
「くれぐれも気を付けて。怪我が治りきらない今が一番危ないのですぞ」
「まさか町中で襲うこともなかろう」
昨日と同じく蕎麦屋から始め、今日は、食べ物以外の名産品を売る店にも顔をだす。
木工細工などの工芸品ができる様子を眺めたりした。
もちろん食べ歩きも欠かさない。
串に刺した平べったい餅に味噌を塗ったものを買い、一本を離れた所にいる藤野に差し出した。
それがしは・・・と遠慮するが、食え、と押し付ける。
「お前、猟師を斬ったのか。叔父上の指図だな」
鎌を掛けてみる。
藤野の目つきが鋭くなった。
「俺も斬れと言われたか」
「・・・」
「叔父上にいいように使われるな」
「いえ、これはお家のためです。修理さまが申されました。若殿がいなければ、お家は安泰だと。・・・主殺しではない。国を救うことだと」
雷に打たれたような衝撃に貫かれた。
己が何を言ったのか気がついたのか、気まずい顔になって、背をむけ、逃げるように去っていった。
「あれ?藤野はどうしたのですか」
話を聞いていない十郎がそばに寄ってくる。
立ち尽くした大和は黙ったままだった。
若殿だと一目でわかる格好で町へ出た。
江戸で生まれ、長く暮らしていたため、伊那代のことをよくわかっていなかった。
人通りの多い、商家や飯屋、屋台が並ぶ通りを歩く。
人々は、恐々と遠巻きにして眺めているだけだった。
若殿は、粗暴で喧嘩っ早くて民の気持ちなど考えない、と思われている。
その噂を裏付けるように、縁談は次々に壊れている事実があるのだ。
弁明などできない。
ただ、そのままの人となりを見てもらうしかなかった。
繁盛していそうな蕎麦屋に入った。
「そばを一杯、いや、二杯もらえるか」
「へ!?」
店の主人が驚いて目を見開いていた。
他の客も急に静かになり、気まずそうにしている。
若殿が何をしに来たのかと訝っている。
ほどなく、湯気の立つそばが目の前に置かれた。
注目されている。
十郎も居心地が悪そうだった。
遠慮なくすする。
黙って見られることには慣れている。
いつも給仕の者に話しかけては無視されている。
「うん、うまい!熱いそばがこれほどうまいとはな」
大和の言葉に、場の空気が一変した。
「城では冷たいものしか食えんのだ」
「そいつはお気の毒に」
と笑いが起こった。
一気に、汁まで飲み干して
「美味かった。また食いにきてもいいか」
食べ終えて、十郎が銭を払っている間、
「俺は、伊那代のことを何も知らぬ。うまい食い物のことを誰か教えてくれんか?」
問いかけた。
「食い物、って若さまは、食いしん坊ですね」
また笑いが起こる。
「知らないんなら教えてやるよ」
と言い出す者が現れ、どこそこの何がうまいと口々に言い合う。
「そんなにあるのか。よし、全部行くか。1日で食い切れるかのう」
「1日では無理だよ」
笑い声に送られて店を後にし、今度は屋台を覗き、団子などを食べ歩く。
遠巻きにしていた町の人々も、陽気な大和に笑顔を見せはじめた。
子供達が後をついて歩く。
「ああ、食った食った」
城に戻り、畳にじかに大の字になって寝転んだ。
「若、お疲れでしょう」
十郎が苦笑している。
今まで見る所を間違えていたと思う。
いや、あえて見ないようにしていたのかもしれない。
修理の領分に踏み込んではいけないような、そんな空気があったのだ。
「明日も行こう。村の方も歩いてみたい」
歩くだけなら、怪我をしていてもどうにかできる。
「それは危険なのでは?また狙われるやもしれませぬ」
「そうかもしれんな。俺が動けば動くほど、修理は気が揉めるはずだ」
流した噂が事実ではないことが明らかになり、不正が暴かれては面倒だと思うだろう。
鉄壁に見えた修理の守りに風穴を開けたい。
いくら危険でも、やめる訳にはいかない。
揺さぶりをかけるのだ。
翌日、町へ出かけようと、本丸を出ると、追いかけてくる者がいた。
「それがしも、お供に加えていただけませぬか」
例の銃撃事件の時に供をした近習の一人、藤野だった。
あの日、修理がぜひにも連れて行けとよこした者だ。
護衛役ができるほどに剣の腕も立つ。
監視役に違いない。
十郎が、どうするのかと目で問うている。
「そうだなあ。・・・まあ、よかろう。好きにいたせ」
「ありがたき幸せ。それがしは目立たぬようについておりまする」
共に行動するわけではないという。
「かまわぬ」
「若・・・」
十郎がそばにより、声を顰めた。
「くれぐれも気を付けて。怪我が治りきらない今が一番危ないのですぞ」
「まさか町中で襲うこともなかろう」
昨日と同じく蕎麦屋から始め、今日は、食べ物以外の名産品を売る店にも顔をだす。
木工細工などの工芸品ができる様子を眺めたりした。
もちろん食べ歩きも欠かさない。
串に刺した平べったい餅に味噌を塗ったものを買い、一本を離れた所にいる藤野に差し出した。
それがしは・・・と遠慮するが、食え、と押し付ける。
「お前、猟師を斬ったのか。叔父上の指図だな」
鎌を掛けてみる。
藤野の目つきが鋭くなった。
「俺も斬れと言われたか」
「・・・」
「叔父上にいいように使われるな」
「いえ、これはお家のためです。修理さまが申されました。若殿がいなければ、お家は安泰だと。・・・主殺しではない。国を救うことだと」
雷に打たれたような衝撃に貫かれた。
己が何を言ったのか気がついたのか、気まずい顔になって、背をむけ、逃げるように去っていった。
「あれ?藤野はどうしたのですか」
話を聞いていない十郎がそばに寄ってくる。
立ち尽くした大和は黙ったままだった。
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