隠密姫

かじや みの

文字の大きさ
15 / 17

十三 告白

しおりを挟む
 馬舎の前まで走ってきた。
 燃えているのは天守だ。
「お前の主人は必ず助ける」
 ねぎらいの抱擁をして、降りた。
「姫さま!」
 声のした方を見ると、井戸から頭を出した影がいた。
「馬が暴れていたので出してやったのですが、まさか姫さまを連れてくるとは」
 と驚いている。そして瞬時に厳しい顔になった。
「大和さまは、天守に。ここから通じております。中は火の海かもしれません」
「わらわが行く!急げ!」
 と、迷わず空井戸に飛び込んだ。
 素早い身のこなしに、影は唸った。
「こちらに」
 危険にも関わらず、思わず案内してしまっている。


「焼け死にを選ばれたのですね。じわじわと焼かれるのも悪くありません」
 息苦しい。
 対峙していられなくて、膝をついた。
「藤野・・・お前の言う通り、主人は一人で十分だな。わかっていた。俺は、主の器ではない」
 何かしゃべっていないと意識を持っていかれそうだった。
「いいえ、違います」
 意外にも、藤野が首を振った。
「修理さまは、若さまが怖いのです。それゆえに、亡き者になさりたいのです。そうしなければ、いずれ、己の首が危ないと思っておられる」
「・・・」
「そろそろ楽にして差し上げましょう」
 刀を抜いた。
 その時、何かがふわりと目の前に現れた。
「待て!刀を引け!」
 威厳のある声が響いた。
「!?」
 大和は幻覚を見たのかと思った。
 神が最期に惚れた女を見せてくれているのだ。
「わらわが、榊阿波守息女、美鶴である!わらわが江戸に戻らぬ時は、伊那代はないと思え!早ようここから逃れよ!」
「な・・・」
 やはり幻覚?
 何を言っているのかよくわからない。
 藤野が弾かれたように笑い出した。
「よくぞここまで参られた。しかし、そなたは姫さま付きの腰元どのでは?姫ではない!あのおりにお会いしましたな」
 美鶴が息を呑んだ。
 藤野はあの時、姫を見ている。
「共にあの世へ行きましょうか」
 藤野が躊躇なく袈裟に刀を振り下ろした。
 倒れてくる美鶴の体を抱き止める。
 ずっしりと重たい。幻ではない。
 肩口から胸にかけて、斬られて血が流れ出している。
 藤野がなおも刀を振り下ろした。
 刀と刀がぶつかる鋭い音がした。
 黒装束の忍びらしい男が、藤野の刃を受け止めている。
「大和さま、お下知を。・・・下知なくば動けませぬ!・・・姫さまをお早く!」
「斬れ!」
 断腸の思いで叫び、ぐったりしている女を抱き上げた。
 見回すと、火の海の中に、黒く開いている場所がある。
 そこを目掛けて走った。


 冷たい空気を吸ううちに、頭がはっきりしてくる。
 後から追いついてきた隠密の手を借りて、井戸から上がった。
「死ぬな」
 抱いている腕に力を込めた。
 颯がそばにきて、鼻面を押し付けてきた。
「姫の宿舎へ行く。城は安心できない」
 と隠密に言い、颯に馬具をつけてもらっていた。
 早く手当をするに越したことはないが、藤野のような輩がいるかもしれなかった。
 休んでいる暇はない。
 右腕で姫を抱き、左手で手綱を握った。
 怪我が治りきっていない左腕の感覚がなくなっているために、慎重に進んだ。
「本当に姫なのか・・・」
 だとしたら、俺よりもうつけではないか、と思う。
 相当のじゃじゃ馬だ。
「何故、俺を助けにきたのだ」
「・・・・」
 姫の唇が動いた。
「約束を・・・いたしました。大和さまを助けると・・・舞台から降りないで・・・」
「ならば、見届けてくれ。これからもずっと・・・」
 唇が微笑んでいた。
「死ぬな」


 襖を開けた時、そこには修理がいた。
 何事かと振り返った修理の顔が驚きを隠せない。
「これは叔父上。若殿は死んだとでも報告にこられたか。藤野は死にました」
 上座に座る姫が悲鳴をあげた。
 立ち上がって降りてくる。
「姫さま!姫さま!ご無事なのですか」
 縋って取り乱している。
 姫に付き従う侍に、美鶴を預けた。
「これは、如何なる・・・」
「そういうことだ。姫を斬った。もう伊那代は終わりだ。責任を取れるか」
 修理の顔がみるみる屈辱に歪んでいく。
「おのれっ!」
 差していた短刀をさっと抜き放った。
 その刃を向けた先は、先ほどまで姫の席に座っていた女子だった。
 斬りかかろうと、背後に迫る。
 刃を持つ右腕を掴んだ。
 そのまま、部屋から連れ出す。
「叔父上、お覚悟を」
 修理が斬りかかってくる。
 体を捻ってかわす。
 まだ、こちらの覚悟が決まらない。
 ここで決めなければ、また同じことの繰り返しだ。
 わかってはいるが、体がいうことを聞かない。
 体力が限界に近い。
 おそらく、一撃しかもたない。
 居合斬りの構えをとった。
 いつも冷静な修理が、怒りで我を忘れている。
 今しかない。
 全ての力を一閃に込めた。
 右腕に骨を断つ手応えがあった。
 が、その後、つんのめって畳に突っ伏した。
 刀を鞘に収めることもできなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」 天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた―― 信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。 清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。 母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。 自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。 友と呼べる存在との出会い。 己だけが見える、祖父・信長の亡霊。 名すらも奪われた絶望。 そして太閤秀吉の死去。 日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。 織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。 関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」 福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。 「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。 血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。 ※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。 ※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 ※7月22日第2章完結。 ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...