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十四 割れ鍋に綴じ蓋
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「なに?天守を燃やし、姫を傷ものにし、修理を斬ったとな」
上様が天井を仰いだ。
「まったく、派手にやってくれたのう」
ため息をついている。
「信じられんが、まことのことじゃな?」
正直に報告している。
「はあ・・・傷ものという言い方は、ちょっと」
違う気がするが。
「姫に傷を負わせたのであろう」
「面目次第もございませぬ」
大和は平伏した。
言い訳はできない。
「覚悟はできておるな」
「はい」
対面の日である。
姫の回復を待っていたために、この日はのびのびになっていたが、今日、すべてに決着がつくのだ。
「入って良いぞ」
戸が開く気配がして、榊阿波守と美鶴が入ってきた。
それぞれ左右に別れて座る。
「阿波よ」
上様が、先ほどとは違うため息をついている。
「これほどの姫を隠しておったとは」
「は、恐れ入りまする」
「美鶴にございます。お目にかかれて恐悦にございます」
「怪我はもう癒たか」
「はい。おかげさまで、かように動けるようになりました」
「大和のうつけのせいで、とんだ目に遭うたのう。わしからも詫びよう。この通りだ」
「上様、頭を上げてください」
阿波があわてて言う。
「此度のことは、美鶴が自ら招いたこと。大和さまのせいではございませぬ」
「甘やかさんで良いわ」
大和は、阿波守と美鶴を見比べた。
やはり親子だ。似たところがある。
どうして気づかなかったのだろう。
正装の姫の衣装が似合っていて、美しい。
「話を戻すが」
と上様が美鶴を見ながら言う。
「美鶴ならば、輿入れ先など引くてあまたじゃろうに、なにゆえ今まで出さなんだ?」
そこが気になっているらしい。
「はあ、それは・・・」
阿波が口ごもった。
「これの母親は、村の女でして、孕った後も、城へは上がらぬ、私の子であることも公にするなと申すもので」
「捨て置いたのか」
「はい。美鶴によう似て、勝気な女でして・・・」
「押し切られたか」
「はい」
額の汗を拭いている。
「女子ゆえ、それでも良いかと放っておきましたもので。・・・山育ちゆえ、とても大名の奥は務まりませぬ」
「なんの、どこへ出しても恥ずかしくないぞ。・・・馬が好きなのか。暴れ馬を乗りこなしたと聞いたが」
「はい。父から、武術はならぬと固く戒められておりましたが、馬に乗るくらいならば良いと」
「なるほど、武術まで修められては、釣り合う男はいなくなるのう」
「じゃじゃ馬が過ぎまする」
上様が豪快に笑った。
「大和さまのお話を聞き、もしやと思い、このお話に賭けてみようとお受け致しました次第。いつまでも村に放っても置けぬので」
「うつけとじゃじゃ馬か。まるで割れ鍋に綴じ蓋じゃな」
阿波守の勘は外れていなかった。
「まあ、それはあまりにひどうございます」
美鶴が抗議した。
「いやいや、最強の割れ鍋に綴じ蓋じゃ」
「褒められた気がいたしませぬ」
美鶴が笑うが、大和は不機嫌に言った。
「鍋でも蓋でもようござるが、早く結論を」
じっとしているのも、待つのも苦手だった。
「わかったわかった」
と上様は言いながらも一息つく。
「美鶴よ。わしはそなたの見る目に賭けて良いと思う。存念を申してみよ。・・・伊那代をどうする?」
「はい・・・」
美鶴が大和に目を向けた。
「大和さまは、未だ未熟にて、今のままでは、お家の再興は難しいかと思われます。しかし、家中の方々、下々の者たちの意見を取り入れ、目の行き届いた政をなされば、いずれ、修理さまを超えられると信じておりまする」
「と言うことは・・・」
「お一人でなされようとしてはいけませぬ。わらわも、その中に加えていただきとうございます。おそばで見届けさせてくださりませ」
「なんと」
「傷ものにされました責任は取っていただきまする。もはやよそに嫁に行くわけにも参りませぬゆえ」
「・・・」
視線が大和に集まった。
「やっ・・・そういう意味では・・・」
あわてて手を振った。
「末永くよろしゅうお願いいたしまする」
美鶴が手をついて言った。
「え?・・・それって・・・」
上様も、阿波守も頷いている。
「よっしゃー!」
ようやく飲み込めた大和が雄叫びをあげる。
「では、早速皆に報告を。・・・では、失礼いたします!」
美鶴にとびっきりの笑顔を向けて、腰を浮かした。
とてもじっとしていられない。
「騒々しい奴よ。これで肩の荷が降りる。奴の嬉しそうな顔は久しぶりじゃでな」
高砂や~~と謡う声が次第に遠ざかった。
「大変なのはこれからじゃぞ、美鶴。修理を斬ったことを快く思わぬ者も多かろう」
「はい」
「大和の手綱をしっかり締めてやってくれ」
「お任せくださりませ」
手をついた。
「一つだけ、お願いがございます」
「何なりと申してみよ」
「父上がお遣わしくださった隠密の影を、私に下さりませ。引き続き、使わせていただきたく存じます」
「隠密を、とな」
「まあ、よかろうて。好きにいたせ」
「ありがたき幸せ」
深く頭を下げた。
美鶴も覚悟を決めている。
大和を支えるということは、己を生きるということだと。
上様が天井を仰いだ。
「まったく、派手にやってくれたのう」
ため息をついている。
「信じられんが、まことのことじゃな?」
正直に報告している。
「はあ・・・傷ものという言い方は、ちょっと」
違う気がするが。
「姫に傷を負わせたのであろう」
「面目次第もございませぬ」
大和は平伏した。
言い訳はできない。
「覚悟はできておるな」
「はい」
対面の日である。
姫の回復を待っていたために、この日はのびのびになっていたが、今日、すべてに決着がつくのだ。
「入って良いぞ」
戸が開く気配がして、榊阿波守と美鶴が入ってきた。
それぞれ左右に別れて座る。
「阿波よ」
上様が、先ほどとは違うため息をついている。
「これほどの姫を隠しておったとは」
「は、恐れ入りまする」
「美鶴にございます。お目にかかれて恐悦にございます」
「怪我はもう癒たか」
「はい。おかげさまで、かように動けるようになりました」
「大和のうつけのせいで、とんだ目に遭うたのう。わしからも詫びよう。この通りだ」
「上様、頭を上げてください」
阿波があわてて言う。
「此度のことは、美鶴が自ら招いたこと。大和さまのせいではございませぬ」
「甘やかさんで良いわ」
大和は、阿波守と美鶴を見比べた。
やはり親子だ。似たところがある。
どうして気づかなかったのだろう。
正装の姫の衣装が似合っていて、美しい。
「話を戻すが」
と上様が美鶴を見ながら言う。
「美鶴ならば、輿入れ先など引くてあまたじゃろうに、なにゆえ今まで出さなんだ?」
そこが気になっているらしい。
「はあ、それは・・・」
阿波が口ごもった。
「これの母親は、村の女でして、孕った後も、城へは上がらぬ、私の子であることも公にするなと申すもので」
「捨て置いたのか」
「はい。美鶴によう似て、勝気な女でして・・・」
「押し切られたか」
「はい」
額の汗を拭いている。
「女子ゆえ、それでも良いかと放っておきましたもので。・・・山育ちゆえ、とても大名の奥は務まりませぬ」
「なんの、どこへ出しても恥ずかしくないぞ。・・・馬が好きなのか。暴れ馬を乗りこなしたと聞いたが」
「はい。父から、武術はならぬと固く戒められておりましたが、馬に乗るくらいならば良いと」
「なるほど、武術まで修められては、釣り合う男はいなくなるのう」
「じゃじゃ馬が過ぎまする」
上様が豪快に笑った。
「大和さまのお話を聞き、もしやと思い、このお話に賭けてみようとお受け致しました次第。いつまでも村に放っても置けぬので」
「うつけとじゃじゃ馬か。まるで割れ鍋に綴じ蓋じゃな」
阿波守の勘は外れていなかった。
「まあ、それはあまりにひどうございます」
美鶴が抗議した。
「いやいや、最強の割れ鍋に綴じ蓋じゃ」
「褒められた気がいたしませぬ」
美鶴が笑うが、大和は不機嫌に言った。
「鍋でも蓋でもようござるが、早く結論を」
じっとしているのも、待つのも苦手だった。
「わかったわかった」
と上様は言いながらも一息つく。
「美鶴よ。わしはそなたの見る目に賭けて良いと思う。存念を申してみよ。・・・伊那代をどうする?」
「はい・・・」
美鶴が大和に目を向けた。
「大和さまは、未だ未熟にて、今のままでは、お家の再興は難しいかと思われます。しかし、家中の方々、下々の者たちの意見を取り入れ、目の行き届いた政をなされば、いずれ、修理さまを超えられると信じておりまする」
「と言うことは・・・」
「お一人でなされようとしてはいけませぬ。わらわも、その中に加えていただきとうございます。おそばで見届けさせてくださりませ」
「なんと」
「傷ものにされました責任は取っていただきまする。もはやよそに嫁に行くわけにも参りませぬゆえ」
「・・・」
視線が大和に集まった。
「やっ・・・そういう意味では・・・」
あわてて手を振った。
「末永くよろしゅうお願いいたしまする」
美鶴が手をついて言った。
「え?・・・それって・・・」
上様も、阿波守も頷いている。
「よっしゃー!」
ようやく飲み込めた大和が雄叫びをあげる。
「では、早速皆に報告を。・・・では、失礼いたします!」
美鶴にとびっきりの笑顔を向けて、腰を浮かした。
とてもじっとしていられない。
「騒々しい奴よ。これで肩の荷が降りる。奴の嬉しそうな顔は久しぶりじゃでな」
高砂や~~と謡う声が次第に遠ざかった。
「大変なのはこれからじゃぞ、美鶴。修理を斬ったことを快く思わぬ者も多かろう」
「はい」
「大和の手綱をしっかり締めてやってくれ」
「お任せくださりませ」
手をついた。
「一つだけ、お願いがございます」
「何なりと申してみよ」
「父上がお遣わしくださった隠密の影を、私に下さりませ。引き続き、使わせていただきたく存じます」
「隠密を、とな」
「まあ、よかろうて。好きにいたせ」
「ありがたき幸せ」
深く頭を下げた。
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