【完結】誰に抱かれてもあなたへの愛は揺らがない

かじや みの

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恋の舞

父の仇

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「まさか、な。お紺の娘か」
 ゆきは後ずさった。
 この浪人が、叔母を探していた人だろうか。
「よく似ている」
 と呟いて、近づいてくる。
 叔母よりも年上のようだった。
 父が生きていれば、ちょうどこのくらいの歳ではないだろうか。
 母を知っているということは、父のことも知っているのかもしれない。
「誰?・・・尾張の人?」
「そうだ、元尾張藩士・・・お紺はどうした?」
「亡くなりました」
「そうか」
 浪人は目を細め、寂しそうな顔をした。
「知らなかったのですか?」
「あれからすぐに尾張を出奔したのでな。お前の父、佐倉行成ゆきなりを斬った時から・・・」
「え!?」
 ゆきは耳を疑い、体をこわばらせた。

(この人は何を言っているの?)

「父を・・・斬った?・・・」

「ゆき! 逃げなさい!」
 止まった思考を、切迫した叔母の声が呼び戻した。
「叔母さま!」
 どこかから現れたお染が、浪人に体当たりした。
「この子に手を触れたら、容赦しないわ!」
「お染・・・」
 もみ合う二人を見ながら、逃げないと、と思うのに、叔母をこのままにしていいのだろうかと躊躇った。
「早く!」
 うながされて走り出したのと、叔母が当て身をくらって崩れ落ちたのが同時だった。


 ◇  ◇  ◇


 お染は自身番屋に運ばれて、手当を受けていた。

「お染だな」
「はい」
 知らせを受けて和馬と平助が着くと、座り直して手をついたが、浪人と争ったせいで乱れた髪がまだそのままだった。
 その時の状況を話し、
「旦那、あの子を助けてください! お願いします!」
 必死の形相で訴えた。
「平助!」
「へい、がってんだ!」
 平助も涙声になって、飛び出していく。
 もう日暮れだが、二人の姿は目撃されているはずだった。
「話を聞かせてもらおうか」
「はい」
「桜堤でゆきを置き去りにしたのは、わざとか?」
 顔を上げたお染は、静かに和馬を見つめた。
 芸者らしく、襟元を開けているが、嫌味な感じはなく、髪が乱れていながら凛とした佇まいだ。
 面差しが、どことなくゆきに似ていた。
「いいえ、わざとではありません。見つけてしまったのです。あの人を・・・」
「浪人を、か。何者だ」
「元尾張藩士、土屋左近。・・・ゆきの父親である佐倉行成を斬った男」
「何?」
「ゆきにしてみれば、親の仇です」
「それでどうした」
「後をつけました」
「なぜだ」
「土屋が江戸にいることはわかっていました。でも、この江戸で、出会うことは、奇跡に近い。・・・つい、後を追ってしまったのです。もうすっかり忘れていたのに、見かけた途端に思い出してしまいました。・・・わけを問うのは野暮というもの」
 チラリと苦笑した口元に、色香がにじんだ。
「ということは、その男に、惚れていたのか」
「はい。大昔のことですけれど。決して報われない思いを、抱いておりました・・・土屋が惚れていたのは、姉の、お紺で・・・」
「ゆきの母親だな」
「はい。そして、姉が惚れていたのは、佐倉です」
「土屋が佐倉を斬ったのは・・・」
「それだけではないと思いますが、姉を争っての刃傷と、もっぱらの噂でした」
「・・・」
 和馬がため息をついた。
「その時、姉は、ゆきをみごもっておりました」
「罪なことだ」
 二人とも目を伏せ、少し間があった。

「それからどうした」
「後をつけましたが、途中でまかれてしまいました。その時に、おそらくさとられてしまったのでしょうね」
「深川でお染を探す浪人者がいたと」
「ええ、あの界隈のことは、耳に入りますので」
「こちらも探していたのだが、それも知っておって出てこなかったのか」
「はい。申し訳ございません。ゆきを巻き込むことはできませんから」
「なんという名で出ておるのだ。お染ではないな」
「深川では、吉次と名乗っております」
「なるほど。それではわからんわけだ」
「申し訳ございません」
「もう一つ、教えてくれ。なぜ、土屋がゆきの前に現れるとわかった」
「それは・・・」
 お染は、言葉を探すように間をあけ、思い切ったように、顔を上げた。
「私を探す土屋を待ち伏せし、後をつけました。当然さとられるのですが、向こうが私を探す理由を知りたかったものですから・・・」




「お染、か」
 稲荷神社の鳥居の前で、土屋が振り返った。
「土屋さま、お久しぶりでございます。江戸にいらしたのですね」
「お前もな」
「私をなぜ探すのです?」
「お前の方こそ、おれをつけただろう」
「ええ、お懐かしいお顔を見かけたもので。まさか、旧交を温めようというんじゃありませんよね」
「やはり芸者をしておったか」
「当たり前です。それしかしようがありませんから。土屋さまは何を?」
「見ての通りだ。用心棒などをして食い繋いでおる。芸者遊びなんぞできる身分ではない。だが、江戸を離れることになったゆえ、少し遊んでみようかと思ってな。どうせ遊ぶなら、見知った顔の方がよかろう」
「昔はよく、遊んでましたものね」
「懐かしいな。お紺は達者か」
「尾張にはあれから?」
「行けるわけがなかろう。おれは追放された身だぞ」
 お染はもう、お紺がこの世にいないことを黙っていた。


「土屋はお金を持っていました。私は、江戸を出ると言う土屋を、短い間だけでもいいと思い、家に誘い、共に暮らしました。その時に、土屋を訪ねてきた男と話しているのを聞いてしまったのです」
「何を話していたのだ」
「目障りな同心の家内の者を殺せと。江戸を離れる置き土産にしろと。片桐さまにおゆきが匿われていることは知っていました。ですから気になって、土屋を追っていたのです」
「そいつは、押し込みの一味か」
 和馬の険しい顔が、苦しげに歪む。
「奉行所に行ってくる。居場所がわかり次第土屋をお縄にする」
「その時は私も連れて行ってください」
 お染が懇願した。


 ◇  ◇  ◇ 


 あっけなく浪人につかまってしまった。
「頼みがある」
 と浪人が小声で囁くように言った。
「黙ってついてこい」
 父と母と叔母を知る男に対する興味はあるものの、恐怖で震えながら、おとなしくついていくしかなかった。

 浪人がゆきを連れてきたのは、茶屋だった。

「金ならある」

 茶屋の者にもそう言って、座敷に上がり、酒を注文した。
 いわゆる、男女が密会をする出会い茶屋である。

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