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氷の舞
披露目
ゆきは、舞の師匠について、稽古に励み、周囲も驚くほどの速さで、芸者としてお座敷に出ることになった。
子供の頃から舞の稽古を積んできた者たちから見たら、ゆきは異色だったが、吉次の姪であることや、尾張で修行したのだろうという憶測もあって、すんなりと決まった。
初のお披露目は、吉次の馴染みの旦那衆だ。
長く芸者をしている叔母の馴染みなので、それなりに歳がいっていて、落ち着いており、初めてのお座敷にはもってこいの環境だった。
このお座敷での評価が、今後の売れ行きを左右する。
大事なお披露目だ。
名は、雪也と付けられた。
「雪也、無理に笑ったり、媚を売らなくてもいいからね。あなたの売りは、踊りよ。それ以外のことは興味ないと突っぱねていいから」
緊張した面持ちのゆきに、叔母がそう声をかけた。
「まあ、私の馴染みの旦那だから、大船に乗ったつもりでいればいいわ」
ゆきの舞は、師匠について稽古したことで磨きがかかり、どこへ出しても恥ずかしくないほどに仕上がっていた。
だが、ところどころ癖が出て、師匠や、他の芸者とは、微妙に動きが変わってしまう時があった。
そこが、どう評価されるのか。
覚えたての舞は、まだ体になじまず、飛ばして間違えたりしてしまうのだが、三味線の調子と、うたの歌詞から勝手にふりを付けてしまうのだ。
一人舞なら、なんとか誤魔化せても、何人かで舞うときは、はずれてしまう。
だから、ゆきの場合は、初めから一人でいこうと揚げ屋の方でも話は通っていた。
最初から異例尽くしの雪也の披露目は、宣伝もせず、ひっそりと行われた。
澄んだ水を思わせる青の衣装に、華やかなかんざしを差し、薄く白粉を塗った顔は、自分ではないようだった。
(これが、雪也の顔なんだ)
唇に紅をさす。
(雪也を演じよう。芸者の雪也はゆきではない。ゆきはもう、ここにはいない。和馬さまのもとに置いてきた)
そう自分に言い聞かせた。
「雪也でございます。どうぞ、吉次同様、ご贔屓賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
三味線を構える吉次の前で、雪也は手をついた。
お座敷で、客の前で舞うのは初めてだった。
「吉次にこんな姪がいたとはね。今まで黙っていたなんて、ずるいじゃないか」
「姉の子で、尾張から連れて来たんですよ」
「そのための里帰りだったのかい? いい子じゃないか」
「姉も芸者でしてね。期待してくださいな」
「生粋の芸者っ子か。私が実力を確かめてやろう」
「お手柔らかにお願いしますよ。旦那」
叔母が親しげに言葉を交わしているのは、越後屋という絹問屋の主人で徳右衛門。
五十を過ぎて、鬢に白いものがまじるが、高い鼻梁に二重の大きな目が優しげに雪也を見ている。
「何を見せてくれるのかい? 得意なものをやってみなさい」
吉次の馴染み客は、目が肥えている。
体が目的の芸者遊びではないのだ。
芸がお粗末ならば、今後、お呼びがかからないだろう。
「では、朝霧を」
雪也は言った。
「朝霧を舞えるのか。初めてにしてはまた、難しいものを・・・」
越後屋が笑った。
「楽しみだね」
男女の別れのうただ。
愛し合った二人の、朝の別れ。
朝霧の中を帰るのは、男か、女か。
どちらでも解釈できる歌詞に、舞で男か女かを演じわけることができる。
雪也が選んだのは、女の舞。
別れたくない女の思いを、顔の表情を消して、体と目だけで表現する。
伸ばす指先に、愛しい人への思いをのせる。
しっとりとした三味線の音色とうたに合わせて、動きもゆったりと、物憂げな感じは、情事の後の物憂さを感じさせる。
見返り、艶かしい腰つきに、流し目。
ここで、ぞくっとさせるような色香が出せれば・・・。
越後屋の大きな目が見開かれている。
舞が終わるまで、身動きしなかった。
「吉次、これは驚いたな」
「お気に召していただけましたか」
雪也は、越後屋の前で座り、酒器を取り上げて差し出した。
盃に酒を注ぐ。
雪也を見つめる目が、熱を帯びている。
「いいものを見せてもらった。本当に初めてなのかい?」
「ありがとうございます」
「この子は売れるよ。私が世話をしていいかね」
「そりゃあもう、越後屋の旦那にお世話していただけるのでしたら、いい宣伝にもなりましょう」
世話をするとは、芸者の着物や身の回りのものの費用などを出してくれる旦那になることで、旦那がいるいないで、芸者の格も違ってくる。
そして、旦那とは夜を共にする。
雪也は、越後屋とともに、屋根船に乗った。
「お前は、もう男を知っているね」
「・・・」
なんと返せばいいのかわからず、目を逸らして黙った。
叔母には、旦那になる人は、客とは違うといい含められている。
暗に、寝なさいということだ。
越後屋はそのための金をだし、その支度も裏ではすでに整えられているのだった。
もう逃げられない。
「そうでなければ、あれほどの色は出せないよ」
「・・・」
「そうだ、その目だ」
越後屋は、目を細めて笑い、手を伸ばして雪也の手を握った。
子供の頃から舞の稽古を積んできた者たちから見たら、ゆきは異色だったが、吉次の姪であることや、尾張で修行したのだろうという憶測もあって、すんなりと決まった。
初のお披露目は、吉次の馴染みの旦那衆だ。
長く芸者をしている叔母の馴染みなので、それなりに歳がいっていて、落ち着いており、初めてのお座敷にはもってこいの環境だった。
このお座敷での評価が、今後の売れ行きを左右する。
大事なお披露目だ。
名は、雪也と付けられた。
「雪也、無理に笑ったり、媚を売らなくてもいいからね。あなたの売りは、踊りよ。それ以外のことは興味ないと突っぱねていいから」
緊張した面持ちのゆきに、叔母がそう声をかけた。
「まあ、私の馴染みの旦那だから、大船に乗ったつもりでいればいいわ」
ゆきの舞は、師匠について稽古したことで磨きがかかり、どこへ出しても恥ずかしくないほどに仕上がっていた。
だが、ところどころ癖が出て、師匠や、他の芸者とは、微妙に動きが変わってしまう時があった。
そこが、どう評価されるのか。
覚えたての舞は、まだ体になじまず、飛ばして間違えたりしてしまうのだが、三味線の調子と、うたの歌詞から勝手にふりを付けてしまうのだ。
一人舞なら、なんとか誤魔化せても、何人かで舞うときは、はずれてしまう。
だから、ゆきの場合は、初めから一人でいこうと揚げ屋の方でも話は通っていた。
最初から異例尽くしの雪也の披露目は、宣伝もせず、ひっそりと行われた。
澄んだ水を思わせる青の衣装に、華やかなかんざしを差し、薄く白粉を塗った顔は、自分ではないようだった。
(これが、雪也の顔なんだ)
唇に紅をさす。
(雪也を演じよう。芸者の雪也はゆきではない。ゆきはもう、ここにはいない。和馬さまのもとに置いてきた)
そう自分に言い聞かせた。
「雪也でございます。どうぞ、吉次同様、ご贔屓賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
三味線を構える吉次の前で、雪也は手をついた。
お座敷で、客の前で舞うのは初めてだった。
「吉次にこんな姪がいたとはね。今まで黙っていたなんて、ずるいじゃないか」
「姉の子で、尾張から連れて来たんですよ」
「そのための里帰りだったのかい? いい子じゃないか」
「姉も芸者でしてね。期待してくださいな」
「生粋の芸者っ子か。私が実力を確かめてやろう」
「お手柔らかにお願いしますよ。旦那」
叔母が親しげに言葉を交わしているのは、越後屋という絹問屋の主人で徳右衛門。
五十を過ぎて、鬢に白いものがまじるが、高い鼻梁に二重の大きな目が優しげに雪也を見ている。
「何を見せてくれるのかい? 得意なものをやってみなさい」
吉次の馴染み客は、目が肥えている。
体が目的の芸者遊びではないのだ。
芸がお粗末ならば、今後、お呼びがかからないだろう。
「では、朝霧を」
雪也は言った。
「朝霧を舞えるのか。初めてにしてはまた、難しいものを・・・」
越後屋が笑った。
「楽しみだね」
男女の別れのうただ。
愛し合った二人の、朝の別れ。
朝霧の中を帰るのは、男か、女か。
どちらでも解釈できる歌詞に、舞で男か女かを演じわけることができる。
雪也が選んだのは、女の舞。
別れたくない女の思いを、顔の表情を消して、体と目だけで表現する。
伸ばす指先に、愛しい人への思いをのせる。
しっとりとした三味線の音色とうたに合わせて、動きもゆったりと、物憂げな感じは、情事の後の物憂さを感じさせる。
見返り、艶かしい腰つきに、流し目。
ここで、ぞくっとさせるような色香が出せれば・・・。
越後屋の大きな目が見開かれている。
舞が終わるまで、身動きしなかった。
「吉次、これは驚いたな」
「お気に召していただけましたか」
雪也は、越後屋の前で座り、酒器を取り上げて差し出した。
盃に酒を注ぐ。
雪也を見つめる目が、熱を帯びている。
「いいものを見せてもらった。本当に初めてなのかい?」
「ありがとうございます」
「この子は売れるよ。私が世話をしていいかね」
「そりゃあもう、越後屋の旦那にお世話していただけるのでしたら、いい宣伝にもなりましょう」
世話をするとは、芸者の着物や身の回りのものの費用などを出してくれる旦那になることで、旦那がいるいないで、芸者の格も違ってくる。
そして、旦那とは夜を共にする。
雪也は、越後屋とともに、屋根船に乗った。
「お前は、もう男を知っているね」
「・・・」
なんと返せばいいのかわからず、目を逸らして黙った。
叔母には、旦那になる人は、客とは違うといい含められている。
暗に、寝なさいということだ。
越後屋はそのための金をだし、その支度も裏ではすでに整えられているのだった。
もう逃げられない。
「そうでなければ、あれほどの色は出せないよ」
「・・・」
「そうだ、その目だ」
越後屋は、目を細めて笑い、手を伸ばして雪也の手を握った。
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