9 / 40
2章 かぶき者
2 一瞬の再会
しおりを挟む
景司は、通り井で水を飲んで、一息ついた。
通り井は、川から水を引いた水道で、町の人々だけではなく、旅人も自由に飲むことができる。
歩き出そうとしたとき、旅籠屋の一軒から、突き飛ばされるようにして、旅人が道に転がり出てきた。
「どうか、お許しを」
と、土下座している。
「いいや、許さん」
とその後ろから出てきたのは、派手な身なりの、恰幅のいい武士だった。
「我らを愚弄するものは、生かしておけん」
刀に手をかけて脅した。
本気で怒っているわけではない。
口元に浮かんだ笑みが、それを物語っている。
いたぶって楽しもうというのだろう。
道ゆく人々が遠巻きにして、成り行きを見ている。
見ているだけで、誰も止めに入ろうとしない。
「人殺しをなんとも思わん奴らや。下手に手ぇ出したら、命がいくらあっても足りん」
増蔵が小声で言った。
奴らと言ったのは、暖簾の奥にまだ二人、武士が隠れていたからだ。
「かぶき者や」
「これが、かぶき者・・・」
武士が、刀を抜こうとした。
そのとき、通り井で手桶に水を汲んでいた十五、六の娘が、手桶を下げたまま、大股で近づき、武士に水をぶっかけた。
「おお!」
見ていた人々が驚きの声をあげた。
「早く! 早く逃げて!」
娘が叫んだ。
「このあまっ」
武士が怒って刀を抜いた。
見物人から悲鳴があがる。
「おあきちゃん!」
近所の娘なのか、名を呼ばれたが、恐怖のあまり固まったまま動けないようだった。
その隙に、旅人は逃げている。
「待て」
そう声をかけたのは、暖簾の奥にいた仲間の武士だった。
一見、優男のように見える。
刀を振り上げた仲間の腕を強引におろさせた。
「いい度胸だ。気に入ったぜ」
と娘に笑いかけている。
「相良、放せ。我慢ならねえ」
「ばか、おめえの負けだ。さっさと収めねえか」
旅人は逃げ、危機は去ったはずだが、緊張が解けないのは、相良と呼ばれた武士が、興味をそそられたという目で娘を見ているからだ。
はたして、
「飲み直しだ」
蛇がカエルを捕らえる素早さで娘の腕を掴んだ。
「付き合ってもらうぞ」
と旅籠屋に連れ込もうとする。
「いやっ、お侍は嫌い!」
景司は、拳を握りしめた。
水をかけられたのは、自分だ。
何をしているんだと、ハッとさせられた。
このまま放っておくなんて、できない。
そうだよな、景三郎。
刀を振るう機会が増え、景三郎に話しかけることも多くなった。
武士の子だからか、正義感が強いのは景三郎だ。
景司はそれほどでもないと、自分では思っている。
「おい、あかんやろ、やめとけ」
増蔵の制止の声も耳に入らない。
前に出ていった。
「待ちな。これが武士のすることか」
一斉に視線が集まった。
「ほう、小僧、娘のいろか」
相良がニヤリと笑う。
「おい、相良、今度は止めるなよ」
水をかぶって鬱憤をためた武士が、言うなり殴りかかってきた。
殺す前に戦いを楽しもうというのだろう。
一撃、二撃とかわした。
「面白い」
見かけよりもできると思ったらしい。
「高木、独り占めはずるいぜ。こっちにもまわせ」
様子を見ていたもう一人が、たまらずに出てきた。
おもちゃを見つけた子供のようなはしゃぎようだ。
「まだだ、もうちょっと待て」
指をポキポキ鳴らした。
さっきとは比べ物にならない攻撃がくる。
危うくかわしながら、反撃の隙をうかがった。
頭を殴りにきた拳を、身を沈めてかわし、飛び込んでいって腹に拳を叩き込んだ。
しかし、高木がニヤリと笑う。
びくともしない。
横っつらを殴られて吹っ飛んだ。
まともにくらったので、すぐに起き上がれない。
つかまって殴る蹴るの暴行を受けた。
「なんだ、もうおしまいか?」
うずくまった景司を見下ろして、つまらなさそうに言う。
「夏目、おめえの出る幕はねえぜ」
「おれにもやらせろ」
夏目と呼ばれた武士が、高木を押し退けた。
景司を蹴って仰向かせると、胸を踏みつける。
そして、景司の差している刀を鞘ごと抜き取った。
「返せ! このやろう!」
「まだ口をきく力が残っておったか」
夏目の足に力が入り、肋骨がきしむ。
「おい、いつまでかかっていやがる。さっさと始末しな」
相良の言葉に、夏目が残忍な笑みを浮かべた。
景司は力を振り絞って、刀にとりついた。
だが、掴んだのは、鞘だ。
「ばかめ」
夏目が足で景司の体を蹴ると、刀が鞘から抜けて、分かれた。
鞘を構える。
白刃がうなりをあげて、景司を襲った。
これは脅しだ。
難なく見切って、かわすと、鞘を、夏目ではなく、相良に向かって投げた。
相良はさすがに受け止めたが、娘を捕まえていた方の力が緩んで、娘を逃した。
見物人からどっと歓声があがる。
武士たちが殺気立ち、夏目が刀を構え直したとき、
「待て、何事だ! 往来での刃傷沙汰はやめていただこう」
見物人の間から、笠を被った侍が出てきた。
その声に、景司がはっと身をかたくする。
「いや、なんでもござらん」
相良が苦笑して答えた。
侍が笠のふちを持ち上げて、景司に目を向ける。
「右京・・・」
目が合った。
右京の目が、見開いた。
口が開き、何かを言いかける。
痛めつけられて、顔から血を流し、立っているのもやっとだったが、踵を返した。
何も聞きたくなかった。
「景三郎か?」
右京の半信半疑の声を背中で聞いた。
「おい、待て!」
人々を押し退けて逃げる。
見られた。
心臓がバクバクいっている。
苦しい。
情けなくて、涙がにじんだ。
人気のない路地に入る。
道に出て、メチャクチャに走った。
誰かにぶつかった。
侍だった。
右京と同じような笠をかぶっていて、一瞬ドキっとしたが、よく見ると別人で、しかも、息を呑むほどの美貌の持ち主だった。
「ごめん」
美貌の侍が、景司の口を塞ぎ、鳩尾に当て身を食らわした。
通り井は、川から水を引いた水道で、町の人々だけではなく、旅人も自由に飲むことができる。
歩き出そうとしたとき、旅籠屋の一軒から、突き飛ばされるようにして、旅人が道に転がり出てきた。
「どうか、お許しを」
と、土下座している。
「いいや、許さん」
とその後ろから出てきたのは、派手な身なりの、恰幅のいい武士だった。
「我らを愚弄するものは、生かしておけん」
刀に手をかけて脅した。
本気で怒っているわけではない。
口元に浮かんだ笑みが、それを物語っている。
いたぶって楽しもうというのだろう。
道ゆく人々が遠巻きにして、成り行きを見ている。
見ているだけで、誰も止めに入ろうとしない。
「人殺しをなんとも思わん奴らや。下手に手ぇ出したら、命がいくらあっても足りん」
増蔵が小声で言った。
奴らと言ったのは、暖簾の奥にまだ二人、武士が隠れていたからだ。
「かぶき者や」
「これが、かぶき者・・・」
武士が、刀を抜こうとした。
そのとき、通り井で手桶に水を汲んでいた十五、六の娘が、手桶を下げたまま、大股で近づき、武士に水をぶっかけた。
「おお!」
見ていた人々が驚きの声をあげた。
「早く! 早く逃げて!」
娘が叫んだ。
「このあまっ」
武士が怒って刀を抜いた。
見物人から悲鳴があがる。
「おあきちゃん!」
近所の娘なのか、名を呼ばれたが、恐怖のあまり固まったまま動けないようだった。
その隙に、旅人は逃げている。
「待て」
そう声をかけたのは、暖簾の奥にいた仲間の武士だった。
一見、優男のように見える。
刀を振り上げた仲間の腕を強引におろさせた。
「いい度胸だ。気に入ったぜ」
と娘に笑いかけている。
「相良、放せ。我慢ならねえ」
「ばか、おめえの負けだ。さっさと収めねえか」
旅人は逃げ、危機は去ったはずだが、緊張が解けないのは、相良と呼ばれた武士が、興味をそそられたという目で娘を見ているからだ。
はたして、
「飲み直しだ」
蛇がカエルを捕らえる素早さで娘の腕を掴んだ。
「付き合ってもらうぞ」
と旅籠屋に連れ込もうとする。
「いやっ、お侍は嫌い!」
景司は、拳を握りしめた。
水をかけられたのは、自分だ。
何をしているんだと、ハッとさせられた。
このまま放っておくなんて、できない。
そうだよな、景三郎。
刀を振るう機会が増え、景三郎に話しかけることも多くなった。
武士の子だからか、正義感が強いのは景三郎だ。
景司はそれほどでもないと、自分では思っている。
「おい、あかんやろ、やめとけ」
増蔵の制止の声も耳に入らない。
前に出ていった。
「待ちな。これが武士のすることか」
一斉に視線が集まった。
「ほう、小僧、娘のいろか」
相良がニヤリと笑う。
「おい、相良、今度は止めるなよ」
水をかぶって鬱憤をためた武士が、言うなり殴りかかってきた。
殺す前に戦いを楽しもうというのだろう。
一撃、二撃とかわした。
「面白い」
見かけよりもできると思ったらしい。
「高木、独り占めはずるいぜ。こっちにもまわせ」
様子を見ていたもう一人が、たまらずに出てきた。
おもちゃを見つけた子供のようなはしゃぎようだ。
「まだだ、もうちょっと待て」
指をポキポキ鳴らした。
さっきとは比べ物にならない攻撃がくる。
危うくかわしながら、反撃の隙をうかがった。
頭を殴りにきた拳を、身を沈めてかわし、飛び込んでいって腹に拳を叩き込んだ。
しかし、高木がニヤリと笑う。
びくともしない。
横っつらを殴られて吹っ飛んだ。
まともにくらったので、すぐに起き上がれない。
つかまって殴る蹴るの暴行を受けた。
「なんだ、もうおしまいか?」
うずくまった景司を見下ろして、つまらなさそうに言う。
「夏目、おめえの出る幕はねえぜ」
「おれにもやらせろ」
夏目と呼ばれた武士が、高木を押し退けた。
景司を蹴って仰向かせると、胸を踏みつける。
そして、景司の差している刀を鞘ごと抜き取った。
「返せ! このやろう!」
「まだ口をきく力が残っておったか」
夏目の足に力が入り、肋骨がきしむ。
「おい、いつまでかかっていやがる。さっさと始末しな」
相良の言葉に、夏目が残忍な笑みを浮かべた。
景司は力を振り絞って、刀にとりついた。
だが、掴んだのは、鞘だ。
「ばかめ」
夏目が足で景司の体を蹴ると、刀が鞘から抜けて、分かれた。
鞘を構える。
白刃がうなりをあげて、景司を襲った。
これは脅しだ。
難なく見切って、かわすと、鞘を、夏目ではなく、相良に向かって投げた。
相良はさすがに受け止めたが、娘を捕まえていた方の力が緩んで、娘を逃した。
見物人からどっと歓声があがる。
武士たちが殺気立ち、夏目が刀を構え直したとき、
「待て、何事だ! 往来での刃傷沙汰はやめていただこう」
見物人の間から、笠を被った侍が出てきた。
その声に、景司がはっと身をかたくする。
「いや、なんでもござらん」
相良が苦笑して答えた。
侍が笠のふちを持ち上げて、景司に目を向ける。
「右京・・・」
目が合った。
右京の目が、見開いた。
口が開き、何かを言いかける。
痛めつけられて、顔から血を流し、立っているのもやっとだったが、踵を返した。
何も聞きたくなかった。
「景三郎か?」
右京の半信半疑の声を背中で聞いた。
「おい、待て!」
人々を押し退けて逃げる。
見られた。
心臓がバクバクいっている。
苦しい。
情けなくて、涙がにじんだ。
人気のない路地に入る。
道に出て、メチャクチャに走った。
誰かにぶつかった。
侍だった。
右京と同じような笠をかぶっていて、一瞬ドキっとしたが、よく見ると別人で、しかも、息を呑むほどの美貌の持ち主だった。
「ごめん」
美貌の侍が、景司の口を塞ぎ、鳩尾に当て身を食らわした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる