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4章 対決 桑名城
3 別れと極楽
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胸ぐらを掴まれる。
泣きそうになって、涙をこぼすまいと、右京を睨みつけた。
何事かと人だかりがしはじめている。
「本気なのか。今からでも遅くない。すぐにやめろ」
右京が囁くように言った。
熱を帯びた目が請うように見つめ返してくる。
同じだ。
あのときと、何も変わっていない。
あの頃に戻りたかった。
懐かしくて、涙がこぼれそうになる。
体が、もう一度、あの温もりを欲している。
乱暴だったけれど、愛されたことを、全部体が覚えている。
変わってしまったのは、おれの方だ。
どうやったら戻れるの?
戻れっこない。
もう戻れないからこそ、好きなんだと気がついた。
あの頃は、あまりにも当たり前で、鬱陶しいくらいだったのに。
「脱げよ。こんなもの、脱いでしまえ」
「脱いでどうするの? おれをかこうの? それもいいけど」
冷めた笑いが、自分の口から漏れた。
「ばかじゃないの? もうあの頃のおれじゃない。 今おれは、光徳院さまの子としてここに立っているんだ」
右京の顔が苦しげに歪んだ。
「もう、終わったんだよ」
震える声で、告げた。
睨みつけたままで。
突き飛ばされて、尻餅をつく。
「ばかはどっちだ! このわからずや!」
「若!」
「構うな!」
間に割って入りそうな留吉を制した。
右京が刀の柄に手をかけている。
「さあ、斬れ!」
ふんぞり帰るようにあぐらをかいて座り、腕組みして叫んだ。
思いっきりかぶき者を気取り、人の前で挑発する。
右京に野次が飛ぶ。
力を振り上げる方が悪者になるのだ。
冷たい風が熱くなった頬を冷やしてくれる。
「今日のところは見逃してやる。・・・もう、次はない」
右京が背を向けた。
振り切るように、足早に去っていく。
あんなに会いたかったのに、おれは何をやってるんだろう。
暗い空を見上げた。
「ばかだな・・・」
本当に終わっちゃった。
戦いたくなかったはずなのに。
本当に敵同士になってしまった。
「若・・・」
留吉が心配そうな顔で覗き込んできた。
答える代わりに、両手を伸ばした。
「もう、若は・・・子供やないんやから」
力が抜けて、立ち上がる気力がない。
文句を言いながらも、抱くように立ち上がらせてくれた。
賭場まで帰ってくると、髑髏を脱いで、置いてくる。
留吉は、元締のところでそのまま働いていた。
ねぐらに戻るのは、伊織と一緒だった。
いつもは見えないところで景司を見守っている伊織だが、夜道は並んで歩いてくれる。
寒いので綿入れを羽織っているが、それでも寒くて伊織にひっついた。
伊織も右京とのことは見ているはずだ。
増蔵が用意してくれた家に帰る。
灯りを入れ、火鉢に火を起こす。
家のことは、ほとんど伊織がやってくれる。
「伊織がいなかったら、おれ、生きてけないかも」
仲間だと言っておきながら、便利に使ってしまっている。
「おそばに置いていただけるだけで、私は幸せです」
「伊織は、式部が好きなんじゃないの?」
「好きですよ」
「離れてて寂しくなったりしないの?」
「平気です。若がそばにいてくれますから。私を人として扱ってくださるのは、若だけです。道具か、人形か、汚いものを見るような目で見られるのが普通です」
「そんなことないって」
「災いのもとだと、何度斬られそうになったことか」
怖いことをさらりと軽く言って、伊織は笑った。
「美人すぎるからだよ、きっと。伊織は何も悪くないのに」
「私は、人として、何かが欠けているのかもしれません。おそらく、死ねば、地獄行きです」
「そんなこと言うなよ。こんなに優しくて癒される人はいないのに」
「そう言ってくださるのは、若だけです」
「そんなことないって」
「可愛い人・・・」
伊織が言って、優しく抱いてくれた。
右京と別れて傷ついた心も癒されるようだ。
「一つだけ、私の願いをきいてくださいますか?」
「なに? 伊織の願いならなんでも聞くよ」
「若を、抱いてもいいですか? 極楽を味わってみたいのです。この世に生きた証に」
「え?・・・」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
泣きそうになって、涙をこぼすまいと、右京を睨みつけた。
何事かと人だかりがしはじめている。
「本気なのか。今からでも遅くない。すぐにやめろ」
右京が囁くように言った。
熱を帯びた目が請うように見つめ返してくる。
同じだ。
あのときと、何も変わっていない。
あの頃に戻りたかった。
懐かしくて、涙がこぼれそうになる。
体が、もう一度、あの温もりを欲している。
乱暴だったけれど、愛されたことを、全部体が覚えている。
変わってしまったのは、おれの方だ。
どうやったら戻れるの?
戻れっこない。
もう戻れないからこそ、好きなんだと気がついた。
あの頃は、あまりにも当たり前で、鬱陶しいくらいだったのに。
「脱げよ。こんなもの、脱いでしまえ」
「脱いでどうするの? おれをかこうの? それもいいけど」
冷めた笑いが、自分の口から漏れた。
「ばかじゃないの? もうあの頃のおれじゃない。 今おれは、光徳院さまの子としてここに立っているんだ」
右京の顔が苦しげに歪んだ。
「もう、終わったんだよ」
震える声で、告げた。
睨みつけたままで。
突き飛ばされて、尻餅をつく。
「ばかはどっちだ! このわからずや!」
「若!」
「構うな!」
間に割って入りそうな留吉を制した。
右京が刀の柄に手をかけている。
「さあ、斬れ!」
ふんぞり帰るようにあぐらをかいて座り、腕組みして叫んだ。
思いっきりかぶき者を気取り、人の前で挑発する。
右京に野次が飛ぶ。
力を振り上げる方が悪者になるのだ。
冷たい風が熱くなった頬を冷やしてくれる。
「今日のところは見逃してやる。・・・もう、次はない」
右京が背を向けた。
振り切るように、足早に去っていく。
あんなに会いたかったのに、おれは何をやってるんだろう。
暗い空を見上げた。
「ばかだな・・・」
本当に終わっちゃった。
戦いたくなかったはずなのに。
本当に敵同士になってしまった。
「若・・・」
留吉が心配そうな顔で覗き込んできた。
答える代わりに、両手を伸ばした。
「もう、若は・・・子供やないんやから」
力が抜けて、立ち上がる気力がない。
文句を言いながらも、抱くように立ち上がらせてくれた。
賭場まで帰ってくると、髑髏を脱いで、置いてくる。
留吉は、元締のところでそのまま働いていた。
ねぐらに戻るのは、伊織と一緒だった。
いつもは見えないところで景司を見守っている伊織だが、夜道は並んで歩いてくれる。
寒いので綿入れを羽織っているが、それでも寒くて伊織にひっついた。
伊織も右京とのことは見ているはずだ。
増蔵が用意してくれた家に帰る。
灯りを入れ、火鉢に火を起こす。
家のことは、ほとんど伊織がやってくれる。
「伊織がいなかったら、おれ、生きてけないかも」
仲間だと言っておきながら、便利に使ってしまっている。
「おそばに置いていただけるだけで、私は幸せです」
「伊織は、式部が好きなんじゃないの?」
「好きですよ」
「離れてて寂しくなったりしないの?」
「平気です。若がそばにいてくれますから。私を人として扱ってくださるのは、若だけです。道具か、人形か、汚いものを見るような目で見られるのが普通です」
「そんなことないって」
「災いのもとだと、何度斬られそうになったことか」
怖いことをさらりと軽く言って、伊織は笑った。
「美人すぎるからだよ、きっと。伊織は何も悪くないのに」
「私は、人として、何かが欠けているのかもしれません。おそらく、死ねば、地獄行きです」
「そんなこと言うなよ。こんなに優しくて癒される人はいないのに」
「そう言ってくださるのは、若だけです」
「そんなことないって」
「可愛い人・・・」
伊織が言って、優しく抱いてくれた。
右京と別れて傷ついた心も癒されるようだ。
「一つだけ、私の願いをきいてくださいますか?」
「なに? 伊織の願いならなんでも聞くよ」
「若を、抱いてもいいですか? 極楽を味わってみたいのです。この世に生きた証に」
「え?・・・」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
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