25個のスイーツのあとで

かじや みの

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5−3 ゴーストとさくらパフェ

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「おまかせします。西野さんが行かれる予定の場所で」
「では、お昼にはまだ時間がありますから、蹴上にでも行きましょうか」

 歩き出した西野についていく。

「蹴上の桜は見たことがありますか?」
「いいえ。桜の時期に、なかなか出掛けられなくて。人混みもあまり得意ではないので。桜は地元のか名古屋でもたくさん咲いていますし」
「名古屋城の桜もいいですしね。鶴舞公園とか」
「そうです、そうです」
「地元はどちらなんですか?」
「伊勢です。伊勢神宮の近くで」
「おお。それはいいところですね。宮川の桜もいいですよね」
「よくご存知で」

 西野が笑ってくれるのが嬉しかった。
 夢の中にいるような、ふわふわした気持ちになる。

 電車に乗って、蹴上に向かった。

「電車で大丈夫でしたか? 車だと気を遣わせると思いましたので」
「大丈夫です。電車の旅も好きですから」

 確かに車だと気詰まりかもしれなかった。

 恋人でも、仕事仲間でもないのに二人きりの車内は緊張する。

 でも、電車も電車で、かなりイケメンの西野と、ぽっちゃり平凡の美香では釣り合わないから、人に見られるのは恥ずかしい。

 実際は、電車でもたくさんの人が乗っていて、二人を気にする人もいないのだ。

 それなのに、気になてしまうのは、デブなんか連れて歩けないと言われたことを思い出すからだろう。



 蹴上インクライン。

 琵琶湖疏水を行き来する船のための線路の跡地。

 保存されたレールの両側に桜が植えられている。

「うわあ、綺麗」

 まだ満開には早かったが、十分綺麗だ。

「写真では見たことがあるんですが、本物だー」

 カシャっとシャッター音が聞こえる。

 西野が小型の一眼レフを構えていた。

「いい写真が撮れました。あとでお見せしますね」

 そう言って、取材モードに入ったらしく、美香を放って写真を撮りだした。


 お昼は京都駅に戻って、ホテルでランチを食べた。

「ここは初めて?」
「はい。こんな豪華なランチ、初めてです。いつもその辺で蕎麦とかうどんとかなので。あの・・・いいのでしょうか」
 ランチでもコース料理なので、かなりの値段するだろうが、ご馳走してくれるという。
「経費で落ちますから、遠慮しないでください」

 経理をしている美香には、どういうことかはわかるので、奢ってもらうことにした。

「美味しい~~幸せ~~」
「それそれ、その顔ですよ。僕が好きなのは」

 ドキッとする言葉をさらりと言われて、顔が熱くなる。

「癒されます」
「こちらこそ、です」

 こっちの方こそ、その笑顔に癒されている。

 今、幸せな気分に浸っていたくて、気になることを質問するのは、後にすることにした。

「この後は、宇治に行こうと思います。宇治の桜もいいですよ」
「初めてです。楽しみだなあ」


 電車で移動して、宇治に着いた。

 駅からの徒歩圏内に、宇治橋や、平等院があり、観光スポットが集まっている。
 二人で並んで歩きながら巡るのは、本当に楽しかった。

「源氏物語のゆかりの地でもあるのですね。確かに、平安っぽい」
「そうですね。お好きですか? 源氏物語」
「あはは。読んだことはないですけど、光源氏がたくさんの女の人と、付き合うお話、ですよね」
「そういうことになりますか。宇治のお話は、光源氏の息子たちの話です」
「そうなんだ。初めて知りました」

 宇治橋の上にいる。

「西野さんも、光源氏みたいに、たくさん彼女がいたりして。モテそうだから」

 光源氏の話題が出たついでに言ってみた。

 川風が気持ちいい。

 景色を見ながらなら、何を聞いても流せる気がした。

「そんなふうに見えますか? 僕は誰にでも声をかけたりしませんよ。美香さんの買い被りです」
「女の人の方から寄ってくるんじゃないですか?」

 美香は食い下がった。
 女の人がいないわけがない。

「確かに寄ってはきますけど。そういう野心を持った人には、僕は興味がないので」
「野心?」
「カフェでゆっくり話しましょうか」


「うわあ、すごい。美味しそう」
 目の前に置かれた桜パフェに、ニヤニヤが止まらない。

 宇治茶の緑と桜のピンクの色合わせがかわいい。
 目でも楽しめるのが、パフェの魅力だ。

 西野が前にいることも忘れてしまう。

「本当にお好きなんですね」
「はい。痩せるわけないですよね」
「無理して痩せることはないですよ。美香さんは、そのままで十分素敵です」

 また甘いことを言われて、舌だけでなく、心も蕩けてしまう。

「そんなこと、言われるの、初めてで、私・・・太っていることで、フラれるので」
「そんな男と付き合うことはないです。もうキッパリ忘れてください。少しでもお力になれればとお誘いしたのです」
「ありがとうございます。おかげで、いい思い出になりました」

 この桜パフェは、一生忘れない。
 その思い出だけで、今は十分だった。

「これで、終わりだと思ってる?」

 ふと真面目な顔になって、西野が美香を見つめた。

「西野さんには、奥様か、恋人がいらっしゃると思います」
 見つめ返して言ってみた。

「確かに、前はいました。バツイチです。こういう仕事は、なかなか家に帰れなくて、愛想尽かされたのです。恋人はどうかな。恋人と思われている人はいますが」
 と曖昧に苦笑する。

「あなたは、自分の力で立っていかれる人です。応援していますよ。僕でお役に立てることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

 それは、美香を恋人だと思っていないということだろう。

 当たり前のことを確認しただけ。
 甘い言葉に有頂天になってはいけないのだ。

「ありがとうございます。お抹茶が飲みたいのですけど、いいですか?」

 口に広がる苦味が、残っていた甘さを消した。


 京都駅で、別れを告げた。

「今日は、何から何までありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。楽しかったですよ」

「あ、いたあ、京一郎! どこに行ってたの?」
 甲高い女の声がし、派手な身なりの若い女性が走ってくる。
「も~~まだこっちにいるんでしょ?」
 人前にもかかわらず、キスしそうな勢いで抱きつく。

 美香は、さっと離れて切符を買いに行った。

「誰かと一緒だったの? 置いていくなんてひどい」

 西野が何を言ったのかは聞こえなかった。

 お互いの姿は人混みに紛れて見えなくなった。

 人混みがありがたいと初めて思った。
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