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敵は誰?
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近衛雅朝は、中務省の侍従として、仕えることになった。
側近として、帝を支える役目だ。
両親は泣いて喜び、しばらく屋敷を空けていたことを不問にしてくれた。
夕姫の入内もあり、近衛家の一族としての地位も上がって、鼻高々だ。
親孝行ができてよかった。
お上が夕姫を寵愛していることは、伝え聞いているようで、機嫌がいい。
寵愛されたのは、おれなんだけど、と思いながら、否定しない。
本物の二人は、隠れ家できっと仲良くやっている。
寵愛されているのは間違いない。
余計な心配をかけたくないから、無論何も話していない。
騙している後ろめたさはなかった。
それが、家のため、家族のためでもあるのだ。
初出仕の挨拶に、表の帝に会いにいく。
本来なら、極度の緊張を強いられる場面だが、正体を知っている雅朝には、好奇心が上回った。
どんなふうに、お上を演じているのだろうか。
どんな顔で、おれを見るのだろうか。
御簾が下まで降りている。
先達にうながされるままに、前に座り、平伏した。
「この度、侍従としておそばにお仕えすることになりました。近衛雅朝にございます」
と、まずは紹介される。
御簾が少しだけ巻き上げられた。
一段高いところにいる帝の、座っている膝が見えた。
「近衛雅朝と申しまする」
「・・・」
何も聞こえない。
扇の先端を、招くように動かしている。
「お上は、あまりお声がお出にならぬ。おそばに寄って、お声をお聞き申し上げるのだ」
「はい。・・・あの、上がってもよろしいのですか」
頭を低くしたまま、先達を見てきいた。
作法がまったくわかっていなかった。
トントン、とお上が扇をついている。
良いという合図か、早くという合図だろうか。
「上がらねば、お聞きできぬだろう」
そんなこともわからないのかと、細面で顎がしゃくれた先達に嘲笑された。
御簾が開けられ、烏帽子をぶつけないように気をつけて、上に上がった。
膝が触れるほど近づいてみると、お上は扇で口元を隠して笑っていた。
上体を雅朝の方に倒してさらに顔を近づけ、内緒話をするように、雅朝の耳元に口を寄せた。
「よく来たな、雅。良い考えであろう。実際に今のお上は口がきけない。お体が回復されても、お声が元のように出られるかわからない。これならば、交代しても違和感を持たれぬ」
確かに。
雅朝はうなずいた。
扇で隠れているから、お上の口元は、外からは見えない。
「お前からは話しかけるな。お前の仕事は、お上の言葉を伝えるだけだ。いいな。怪しまれぬよう」
「・・・」
神妙にうなづく。
誰が見ているかわからないのだ。
「公達の姿もなかなか似合うな。うなじが色っぽくてそそる」
「は?」
思わず振り返って、お上の顔を見てしまった。
誰も聞いていないとはいえ、顔が赤くなったかもしれない。
「抱かれたくなったら後宮へ来い。朝まで密談しよう」
誰が行くか! と言いそうになるのを堪える。
お上はニヤニヤする顔を扇で隠しているし、御簾で影になるため、下段からは見えないだろう。
元気そうでよかった。
少しの間、見つめ合った。
先達が咳払いをする。
「お上はなんと仰せだ?」
上段から慌てて降りた。
「よく来たなと。励むようにと、仰せにございました」
「うむ」
それだけか? と言いたそうだった。
「それから、夕姫は元気にしておると」
先達が、さもあろうとうなずいたので、ほっとする。
「これからお上のお言葉を聞きにくる方々に、間違いなくお伝えせねばならぬ。まあ、お耳は達者ゆえ、違っておれば、指摘されるだろうが。私情で申してはならぬぞ。あくまでも、お上のお言葉だからな」
鋭く雅朝を睨みながら言う。
「それに、相手は左大臣や右大臣などのお歴々だ。粗相がないようにしてくれ。しばらくは、私がついておるゆえ、早く覚えるように」
「はい」
政の中枢に、いきなり放り込まれて、ちゃんと仕事ができるのか、不安になってきた。
この日は、先達のそばで、その仕事ぶりを見るだけだった。
大臣などの高級な貴族たちのが次々とやってきて、帝に拝謁する。
顔を覚えるいい機会となったが、同時に、顔を覚えられることになった。
夕姫の入内で取り立てられた兄が、どのような男なのか、好奇と蔑みとが混ざったような目で見てくる。
実力ではなく、女の尻で、のしあがろうとする者への蔑みだろう。
今の雅朝には、全員敵のように思えた。
そして、最後に、一際煌びやかな男が姿を現した。
「東宮さまであらせられる」
先達が耳打ちし、平伏する。
東宮といえば、次期帝だ。
今の帝には、未だ子がおらず、不測の事態になれば、この人がその座に座る。
「新しい顔のようだな」
「近衛雅朝と申しまする。以後お見知り置きくださいませ」
と先達が紹介した。
「ほう、新しい妃の身内の者か」
お上に挨拶に来たはずなのに、雅朝の前から動かない。
「寵があついと聞いている。さぞかし美しいのであろうな」
膝をつき、扇が伸びてくる。
「顔をあげよ」
「・・・」
帝に似た顔立ち。歳も、それほど離れていないようだ。
先帝の弟君の子。
むしろ美しさでいえば、こちらの方に軍配が上がりそうだった。
端正で、線が細いように見えて、しかし目の光は鋭い。
「なるほど。美しかろう。さすがお上もお目が高いな」
お世辞なのか?
にっと屈託のない笑顔を向けてくる。
「東宮へも遊びに来い」
ようやくお上の前へ進み、礼をした後、長居するつもりはないようで、すぐに下がった。
側近として、帝を支える役目だ。
両親は泣いて喜び、しばらく屋敷を空けていたことを不問にしてくれた。
夕姫の入内もあり、近衛家の一族としての地位も上がって、鼻高々だ。
親孝行ができてよかった。
お上が夕姫を寵愛していることは、伝え聞いているようで、機嫌がいい。
寵愛されたのは、おれなんだけど、と思いながら、否定しない。
本物の二人は、隠れ家できっと仲良くやっている。
寵愛されているのは間違いない。
余計な心配をかけたくないから、無論何も話していない。
騙している後ろめたさはなかった。
それが、家のため、家族のためでもあるのだ。
初出仕の挨拶に、表の帝に会いにいく。
本来なら、極度の緊張を強いられる場面だが、正体を知っている雅朝には、好奇心が上回った。
どんなふうに、お上を演じているのだろうか。
どんな顔で、おれを見るのだろうか。
御簾が下まで降りている。
先達にうながされるままに、前に座り、平伏した。
「この度、侍従としておそばにお仕えすることになりました。近衛雅朝にございます」
と、まずは紹介される。
御簾が少しだけ巻き上げられた。
一段高いところにいる帝の、座っている膝が見えた。
「近衛雅朝と申しまする」
「・・・」
何も聞こえない。
扇の先端を、招くように動かしている。
「お上は、あまりお声がお出にならぬ。おそばに寄って、お声をお聞き申し上げるのだ」
「はい。・・・あの、上がってもよろしいのですか」
頭を低くしたまま、先達を見てきいた。
作法がまったくわかっていなかった。
トントン、とお上が扇をついている。
良いという合図か、早くという合図だろうか。
「上がらねば、お聞きできぬだろう」
そんなこともわからないのかと、細面で顎がしゃくれた先達に嘲笑された。
御簾が開けられ、烏帽子をぶつけないように気をつけて、上に上がった。
膝が触れるほど近づいてみると、お上は扇で口元を隠して笑っていた。
上体を雅朝の方に倒してさらに顔を近づけ、内緒話をするように、雅朝の耳元に口を寄せた。
「よく来たな、雅。良い考えであろう。実際に今のお上は口がきけない。お体が回復されても、お声が元のように出られるかわからない。これならば、交代しても違和感を持たれぬ」
確かに。
雅朝はうなずいた。
扇で隠れているから、お上の口元は、外からは見えない。
「お前からは話しかけるな。お前の仕事は、お上の言葉を伝えるだけだ。いいな。怪しまれぬよう」
「・・・」
神妙にうなづく。
誰が見ているかわからないのだ。
「公達の姿もなかなか似合うな。うなじが色っぽくてそそる」
「は?」
思わず振り返って、お上の顔を見てしまった。
誰も聞いていないとはいえ、顔が赤くなったかもしれない。
「抱かれたくなったら後宮へ来い。朝まで密談しよう」
誰が行くか! と言いそうになるのを堪える。
お上はニヤニヤする顔を扇で隠しているし、御簾で影になるため、下段からは見えないだろう。
元気そうでよかった。
少しの間、見つめ合った。
先達が咳払いをする。
「お上はなんと仰せだ?」
上段から慌てて降りた。
「よく来たなと。励むようにと、仰せにございました」
「うむ」
それだけか? と言いたそうだった。
「それから、夕姫は元気にしておると」
先達が、さもあろうとうなずいたので、ほっとする。
「これからお上のお言葉を聞きにくる方々に、間違いなくお伝えせねばならぬ。まあ、お耳は達者ゆえ、違っておれば、指摘されるだろうが。私情で申してはならぬぞ。あくまでも、お上のお言葉だからな」
鋭く雅朝を睨みながら言う。
「それに、相手は左大臣や右大臣などのお歴々だ。粗相がないようにしてくれ。しばらくは、私がついておるゆえ、早く覚えるように」
「はい」
政の中枢に、いきなり放り込まれて、ちゃんと仕事ができるのか、不安になってきた。
この日は、先達のそばで、その仕事ぶりを見るだけだった。
大臣などの高級な貴族たちのが次々とやってきて、帝に拝謁する。
顔を覚えるいい機会となったが、同時に、顔を覚えられることになった。
夕姫の入内で取り立てられた兄が、どのような男なのか、好奇と蔑みとが混ざったような目で見てくる。
実力ではなく、女の尻で、のしあがろうとする者への蔑みだろう。
今の雅朝には、全員敵のように思えた。
そして、最後に、一際煌びやかな男が姿を現した。
「東宮さまであらせられる」
先達が耳打ちし、平伏する。
東宮といえば、次期帝だ。
今の帝には、未だ子がおらず、不測の事態になれば、この人がその座に座る。
「新しい顔のようだな」
「近衛雅朝と申しまする。以後お見知り置きくださいませ」
と先達が紹介した。
「ほう、新しい妃の身内の者か」
お上に挨拶に来たはずなのに、雅朝の前から動かない。
「寵があついと聞いている。さぞかし美しいのであろうな」
膝をつき、扇が伸びてくる。
「顔をあげよ」
「・・・」
帝に似た顔立ち。歳も、それほど離れていないようだ。
先帝の弟君の子。
むしろ美しさでいえば、こちらの方に軍配が上がりそうだった。
端正で、線が細いように見えて、しかし目の光は鋭い。
「なるほど。美しかろう。さすがお上もお目が高いな」
お世辞なのか?
にっと屈託のない笑顔を向けてくる。
「東宮へも遊びに来い」
ようやくお上の前へ進み、礼をした後、長居するつもりはないようで、すぐに下がった。
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