逆襲の王女は敵国の王妃をめざす

かじや みの

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1章 王女、敵国へ潜入する

1 亡国

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 突如として現れた軍隊は、リア王国の王城を取り囲んだ。

 父王に呼ばれて、テオーネルラは王の部屋に走った。

 いったい何が起こったの?

 朝からただならない気配に、街全体が覆われているような重苦しさを感じていた。

 王城の中も慌ただしい。

 敵国の攻撃が始まっているようだった。

 部屋にいたのは、父王ファラ、母である王妃リリアネルラ、兄の王太子レンだ。

「テオ」
 まっすぐ王妃の胸に飛び込んだ。
 髪を優しく撫でてくれる。

 金髪の、長く艶やかな、自慢の髪だ。

「ねえ、どうして軍隊がここに? なぜ攻めてくるのですか? どこの国の軍隊なの?」

「テオーネルラ、落ち着いて聞くのだよ」
 父王が、肩に手を置いた。

「そなたの婚約が破棄された。軍隊は、そのヤン王国のものだ」

「なんですって!?」

 天地がひっくり返る、とはこのことを言うのだろう。
 足元がゆらぎ、落ちていくような感覚だ。

 テオーネルラには、婚約者がいた。
 ヤン王国の第二王子、リュークンだ。
 会ったことはない。
 両国の同盟を強固にするための、政略結婚だった。
 嫁ぐのも間近に迫ってきていた。

「婚約が破棄されたということは、同盟関係が終わったということだ。わかるね」

「有無を言わせぬ一方的で汚いやり口だ。リュークンめ、そんな奴だとは思わなかった。められたとしか思えない」

 兄が拳を握り、憤慨した。

「国はどうなるのですか?」

 テオーネルラは、涙目になって父王を見る。

「もう、囲まれてしまった。ヤン王国の軍隊は強靭きょうじんだ。我が軍に敵うはずもない。数の上でもな」

「そんな!」

 ヤン王国は、リア王国とは比べ物にならないほど大きく、強い国だった。

「さあ、急いで」
 王妃が侍女のリカを呼んだ。

「逃げるのです。私たちはあとから行きますから」

 さあ、とリカに部屋を出るようにうながされた。

「これに着替えていただきます」
 リカが持っているのは、召し使いの服だ。

 部屋を出るとき、キュウ!と鳴いて、ラビがテオーネルラを胸に飛び込んできた。

 毛糸のようなもふもふの毛の丸っこい生き物。

 カルンという名前の、元は野性種だったが、ペット用に改良されて、多くの家庭で飼われるようになった動物だ。

 テオーネルラが幼い頃、おねだりして、白い毛のカルンを王室でも飼っていた。
 うさぎのように白く、ぴょんぴょん跳ねるので、ラビと名前をつけていた。
 大きさは個体によっていろいろだが、ラビはちょうど猫が丸まったほどの大きさだった。

 植物の性質も持つカルンは、水と太陽だけで生きられる。

 ラビを抱きしめて、テオーネルラは振り返った。

 嫌な予感がする。
 愛する家族の姿を目に焼けつけておかなくてはと思ったが、涙でにじんで三人の姿がぼやけてしまう。

「お父様! お母様! お兄様! きっとご無事で!」
 思わず叫んだ。

 テオーネルラと入れ違いに、鎧を身に纏った将軍が部屋に入っていった。

「王様、我が軍は、全滅でございます。早くお逃げに・・・」

 将軍の悲痛な叫びが、テオーネルラの耳にも届いた。

 同時に、轟音が鳴り響く。

 大砲が放たれたのだ。

 リカにうながされて、入ったのは、召し使いの暮らす部屋だった。
 泣いている暇はない。

 無言で着替えた。

「リカ、ハサミを」

 テオーネルラは強い口調で言った。

「いかがなされるのです?」

 テオーネルラは、ハサミを受け取ると、艶やかな金髪に刃を入れた。

「姫さま!」
 リカが悲鳴をあげる。

「リカ、今から、私はテオです。召し使いのテオよ!」

 長い髪は邪魔だ。

 轟音とともに、城が揺れた。
 バラバラと天井から瓦礫が降ってきた。

 揃えている暇はなかった。

 ざんばらになった金髪を振り、テオは急いだ。

 何としても生き延びる!

 大砲が王城を壊していく。
 瓦礫が降り、崩れそうな足元に、何度も転びそうになった。

 服も髪も顔も、すぐに煤だらけになる。
 ラビもグレーになった。

 轟音はやまない。

 夢中で駆けた。
 後ろを振り返らなかった。

 王城を出た。
 城壁もあらかた壊されてしまっている。

 町もめちゃくちゃだ。
 あちこちで火の手が上がり、人々が逃げ惑う。

 兵士の姿がちらほらと見える。
 あれは敵国の兵士だ。
 見たことのない鎧を着ている。

 胸が張り裂けそうにドキドキしている。

 ふと、後ろを振り返ってみた。

 思わず足が止まる。

 ない!

 ない! ない!

 お城が跡形もなく破壊されていた。

「わあああああっーーーー!!」

 ぷっつりと何かが途切れたようだった。

 ラビを抱いてうずくまる。

 もう一歩も動けそうになかった。

 兵士が何事かと集まってきた。

「召し使いのようだ。王城の使用人かもしれん。連れて行け」

 泣きじゃくるテオを立たせて歩かせる。

 お父様、お母様、お兄様!

 叫びそうになるのを押し殺して、泣いた。
 リカが手をつないでくれなかったら、暴れたかもしれなかった。

 兵士がラビを取り上げようとした。

「お待ちください」
 リカが、兵士に果敢にも抗議の声をあげた。
「この子は頭が少し弱いのです。カルンがないと不安で、暴れるかもしれません。取り上げないでください。お願いします」

 年上でしっかり者のリカがうまくとりなしてくれて、ラビを取られずにすんだ。

 ラビのもふもふがかろうじて、テオの神経を保たせてくれている。

 荷馬車に乗せられた。

 敵国に連行されるのだ。

 国とは、こうもあっけなく滅びるものなのか。

 大好きなリア王国がなくなってしまうなんて、想像もできなかった。

 破壊され煙があがる王城とリアの街を目に焼き付けた。

 許せない!

 テオは、ラビを抱き馬車に揺られながら誓いを立てた。

 ヤン王国に復讐を・・・。

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