逆襲の王女は敵国の王妃をめざす

かじや みの

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1章 王女、敵国へ潜入する

2 追われる王子

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 数日前、ヤン王国ではーー。


 第二王子、リュークンが、執務室で書類に目を通していた。
 濃いブラウンの髪の毛が頬にかかり、頬杖をついた顔の半分を隠している。
 高い鼻梁に、切れ長の目は鋭い印象だが、髪と同じ色の瞳は、柔らかい光をたたえていた。

 手のひらに乗るほどの小さなカルンが、机の上を転がっている。

 薄いピンク色のカルンは、リア王国から迎える王女のために買い求めたものだった。

 名前はつけていない。
 王女につけてもらうつもりだ。

 キュキュウ

 鳴いて跳び跳ね、何かを訴えている。

 手のひらに乗せ、撫でてやった。
 大人しくなる。
 撫でられるのが好きらしい。

 気に入ってくれるだろうか。

「王子、王様がお呼びです」
 執事が戸を開けて入ってきた。

「わかった。すぐ行く」
 リュークンは、カルンをポケットに入れた。



 父王は、急に弱られて、政務のほとんどは、兄である王太子、アレキデーテが行うようになっていた。
 はたして、父王の隣には、アレキデーテの姿がある。

「お呼びでしょうか」
 片膝をつき、顔を上げた。

「わが国は、リア王国を攻める」
 アレキデーテがさらりと告げた。

「は? 今なんと・・・」
 ただならぬことを聞いて、耳を疑った。

「リア王国を滅ぼす」
 不敵な笑みを浮かべて、兄は言った。

 黒に近い髪は、男らしく短く刈られ、浅黒い肌に盛り上がった逞しい筋肉をこれみよがしに晒すような衣装を好み、それが似合ってもいる。

 見た目通りに、武力を重んじ、他国をも、隙あらば力で制圧しようとする。
 それが兄だ。

「恐れながら、リア王国とは、同盟を結んでおります。滅ぼすなどと、人の道に外れます」

 リュークンは、強い口調で抗議した。

 父王に目で訴える。

 王は、力無く首を振っている。
 アレキデーテを抑える力はもはやない、ということだ。

「まもなく婚儀が執り行われ、滅ぼさずとも、両国の関係は・・・」
「手ぬるい!」
 弟の言葉を遮り、声を荒げた。

「これは、悲願でもある海を手にいれるまたとない好機ぞ! 婚約は破棄させてもらう。リア王国など、他国の力で護られ、大した武力も持たぬ小国だ。捻り潰すのはいとも容易い」

「兄上! なりませぬ!」

 思わず、兄に詰め寄った。

「無闇に恨みを買うようなことは・・・」
「嫁なら俺が探してやろう。そう焦ることもあるまいがな」
「そういうことではありませぬ。私は、国を思って!」

 その時、兵士が二人、リュークンに近づき、両腕をとらえた。

「お前には、しばらく大人しくしていてもらう。リア王国に密告でもされたら台無しだからな」
「なんだと!」

 振りほどこうとするが、兵士たちはびくともしなかった。

「父上!」

 助けを求めるように王を見た。

「許せ、リュークン」

 父の言葉に、力が抜けた。

 連れて行かれたのは、石壁で四方を囲まれた、牢獄のような隠し部屋だった。

 上の方に明かり取りの窓があるだけで、外の様子はまったくわからない。

 兄が言った通り、リア王国を滅ぼすのは簡単だろう。

「すまない。・・・レン」
 王太子のレンとは、何度か顔を合わせたことがあった。

 冷たいベッドに腰掛け、頭を抱えた。

 そして、まだ見ぬ王女、テオーネルラ。

 レンの妹ならば、可憐で美しいだろうと想像してみる。
 が、かえって辛くなった。

 助けられないおのれが情けない。

 キュキュウ

 弱々しい鳴き声が聞こえて、我にかえった。

 ポケットを探ると、カルンを取り出す。

「ごめん、忘れてた」
 息苦しくなったのかもしれない。

 机の上に、水を入れたボットとコップが置いてある。

 コップに水を入れて、カルンを浮かべた。
 指でふわふわの毛を押して、水に沈めてやる。

 ヨレヨレになっていた毛が、だんだんと元に戻ってくる。



 牢獄から出されたリュークンを待っていたのは、リア王国の滅亡という現実だった。

 そして、領地への退去を命じられた。

 追放と同じことだった。

 王都には、もう居場所はないのだ。

 退去の日、父王の部屋に、挨拶にいった。

 もう起き上がることができないほど、王の病気は重く、二度と会えないような気がした。

 リュークンは、父の手を握り、涙を流した。
 言葉はいらない。
「お元気で・・・」
 父から、疎まれたわけではないことは、よくわかっている。

 それどころか、唯一と言っていいほどの、理解者だった。

 王の目は、慈しむように王子を見ていた。



「王子、支度は整いました。出発いたしましょう」
 子飼いの者たちも、すべて王都を引き上げる。

 王子だとわからないような、身をすっぽりと覆うガウンをまとい、馬に乗った。

 城門を出る。

 それほど感傷的になってはいない。
 もう、兄のものになった城になど、興味もなかった。

 田舎の領地に戻ってのんびりしよう。


 街の人々も、リュークン一行を気にかけてはいなかった。

 街並みが途切れ、家々もまばらになってきた。

 王都を出て、田舎道にさしかかる。

 けれど、この道は王都の出入り口になっているので、人馬、荷馬車の出入りが多い。

 ふと、何かが目の前を横切った。

 馬が驚いて止まり、いななく。

 リュークンは、振り落とされないよう、手綱をしめた。

「カルン?」

 横切ったものを目で追った。

 うさぎかと思ったが、うさぎにしては丸すぎる。
 グレーの毛玉が、ピョンピョン跳ねている。

 その後から、それを追いかけて、人が横切った。

 ざんばらの髪に、灰をかぶったように全身が煤汚れている。

 大きなカルンを捕まえた。
 胸に抱き抱えている。

「こら、無礼だぞ!」

 その浮浪児のような子に、側近のヤリスが怒鳴った。

 走っていきかけたその子が振り返る。

 少女?

 馬に乗ったリュークンを横目に睨むようにして見上げた目に、撃たれたようにはっとした。

 恨みのこもった、激しい視線。
 それでいて、深い悲しみに沈むような瞳。

 だが、すぐに走り去っていった。
「待て!」
 呼び止めようとしたが遅かった。
「ヤリス、あの子を追ってくれ」
「は」

 ヤリスは首を傾げたが、馬を降りると、追っていった。

 なぜか気になった。

 リア王国から来たのではないかと思ったのだ。

 程なくして、ヤリスが一人で戻ってきた。

「申し訳ありませぬ。見失いました」
「そうか。急にすまなかったな」
「どうかされましたか」
「いや、なんでもない」

 馬を歩かせた。

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