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1章 王女、敵国へ潜入する
4 召使いの初仕事
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店の奥が住居になっており、貴族の屋敷に負けないくらいの広さと豪華さがあった。
ヤン王国の豊かさと、ここの旦那さまの商才を表している。
テオは、奥さまに引き渡された。
小さい旦那さまに比べて、奥さまは背が高く、横にも大きかった。
「召使いが辞めてしまって、困っていたところなのよ。ちょうどよかったわ」
中庭に井戸があり、レバーを上下に押して、水を汲み上げる。
ここで、ラビを洗えると思った。
「ちょっとナタリー、手伝ってちょうだい」
奥さまが誰かを呼んだ。
「あら、新しい、召使い? ああよかった。召使いに逃げられてどうしようかと思っていたのよ。あんた名前は?」
現れたのは、奥さまによく似た大きな体格の女だ。
娘だろう。
「テオと申します」
「着替えを持ってきてあげて。これでは汚くて家にもあげられない」
「わかったわ」
奥さまは、テオの腕を乱暴に掴んで井戸のそばまで連れて行った。
「ああ汚い。いったいどこで拾ってきたのかしら。どこの浮浪児よ」
口調も乱暴で、居丈高なものに変わっている。
本性を現したようだ。
「そこを動くんじゃないよ。水は貴重なんだからね。あんたに使うのはもったいないが、水で流さないと、その汚れは取れないからねえ。まったく」
大仰に舌打ちした。
掴まれた腕が痛い。
どさっとほられるように乱暴に座らされた。
レバーが押される。
水がどっと出てきて、テオの頭に落ちてくる。
冷たい。
息ができないほどの水量に、思わず喘いだ。
だが、すぐに止んだ。
「さあ、お脱ぎ。自分で洗濯するんだよ。誰も見てやしないから。早く」
声が冷たく響く。
「持ってきたわ、お母さま。聞こえていたわよ。こんなところで着替えさせるなんて酷だわ。せめてここでなきゃ、かわいそうよ」
ナタリーが連れて行ったのは、物置小屋だ。
「早くおし。仕事がたあんと待っているんだから」
「なんでカルンなんて持っているのかしら」
ラビがひょいと取り上げられた。
「あ、返して!」
思わず叫んで腕を伸ばした。
「こんなもの、持ってたら仕事にならないじゃないの。店のやつと一緒にしておくわね」
「やめて!」
追いかけて行こうとして、足蹴にされた。
「召使いの分際で、口ごたえするんじゃないわよ」
「この子は、お仕置きが必要なようね」
テオははっとした。
反抗してはだめだ。
復讐のために、私は、ここに来たのだ。
これしきのこと、耐えなければ。
「申し訳ございません」
耐えるのよ、テオ。
自分で自分を励ましておさえる。
歯を食いしばった。
「すぐに着替えます」
考えてはだめ。
感覚を麻痺させるのだ。
もう、王女じゃない。
物置小屋に入り、着替え始めた。
召使いとしての暮らしが始まった。
主な仕事は掃除だった。
洗濯物は集めておく。
業者に引き渡すのだ。
テオのものは、自分で洗う。
食事は専用にコックがいて、できた食事を運んでいけばよい。
貴族のように何人も召使いがいるわけではなかった。
店で働く人はみんな通いで、世話をするのは旦那さまの家族のみなので、一人で十分なのだ。
けれど、慣れない仕事は覚えるのも大変で、叱られない日はない。
どんくさいと、ひどい時には、手も足も飛んできた。
召使いって、こんなに大変なものなのか。
少なくとも王城では、そんなことはなかったはずだ。
でも、使う側の人間に、使われる側の気持ちがわかるわけではない。
あまりにものほほんと、気楽に生きてきたと思う。
リカはどんな気持ちで仕えてくれていたのだろう。
思い出すたびに、リカのことが気になり、寂しくなった。
だが、泣きはしなかった。
悲しんで、泣いている暇もないほどに、目まぐるしく、忙しい日々だったから。
唯一ほっとできるのは、店で売られているカルンの水槽を眺めているときだけだった。
それも、店の掃除をしながら、見るだけだったが。
「ラビ。仲間と一緒にいられてよかったね」
考えてみれば、ラビにとっては、この方がいいのだ。
誰かに買われないことだけを願った。
テオを見つけて、ラビがキュウキュウ飛び跳ねている。
ヤン王国の豊かさと、ここの旦那さまの商才を表している。
テオは、奥さまに引き渡された。
小さい旦那さまに比べて、奥さまは背が高く、横にも大きかった。
「召使いが辞めてしまって、困っていたところなのよ。ちょうどよかったわ」
中庭に井戸があり、レバーを上下に押して、水を汲み上げる。
ここで、ラビを洗えると思った。
「ちょっとナタリー、手伝ってちょうだい」
奥さまが誰かを呼んだ。
「あら、新しい、召使い? ああよかった。召使いに逃げられてどうしようかと思っていたのよ。あんた名前は?」
現れたのは、奥さまによく似た大きな体格の女だ。
娘だろう。
「テオと申します」
「着替えを持ってきてあげて。これでは汚くて家にもあげられない」
「わかったわ」
奥さまは、テオの腕を乱暴に掴んで井戸のそばまで連れて行った。
「ああ汚い。いったいどこで拾ってきたのかしら。どこの浮浪児よ」
口調も乱暴で、居丈高なものに変わっている。
本性を現したようだ。
「そこを動くんじゃないよ。水は貴重なんだからね。あんたに使うのはもったいないが、水で流さないと、その汚れは取れないからねえ。まったく」
大仰に舌打ちした。
掴まれた腕が痛い。
どさっとほられるように乱暴に座らされた。
レバーが押される。
水がどっと出てきて、テオの頭に落ちてくる。
冷たい。
息ができないほどの水量に、思わず喘いだ。
だが、すぐに止んだ。
「さあ、お脱ぎ。自分で洗濯するんだよ。誰も見てやしないから。早く」
声が冷たく響く。
「持ってきたわ、お母さま。聞こえていたわよ。こんなところで着替えさせるなんて酷だわ。せめてここでなきゃ、かわいそうよ」
ナタリーが連れて行ったのは、物置小屋だ。
「早くおし。仕事がたあんと待っているんだから」
「なんでカルンなんて持っているのかしら」
ラビがひょいと取り上げられた。
「あ、返して!」
思わず叫んで腕を伸ばした。
「こんなもの、持ってたら仕事にならないじゃないの。店のやつと一緒にしておくわね」
「やめて!」
追いかけて行こうとして、足蹴にされた。
「召使いの分際で、口ごたえするんじゃないわよ」
「この子は、お仕置きが必要なようね」
テオははっとした。
反抗してはだめだ。
復讐のために、私は、ここに来たのだ。
これしきのこと、耐えなければ。
「申し訳ございません」
耐えるのよ、テオ。
自分で自分を励ましておさえる。
歯を食いしばった。
「すぐに着替えます」
考えてはだめ。
感覚を麻痺させるのだ。
もう、王女じゃない。
物置小屋に入り、着替え始めた。
召使いとしての暮らしが始まった。
主な仕事は掃除だった。
洗濯物は集めておく。
業者に引き渡すのだ。
テオのものは、自分で洗う。
食事は専用にコックがいて、できた食事を運んでいけばよい。
貴族のように何人も召使いがいるわけではなかった。
店で働く人はみんな通いで、世話をするのは旦那さまの家族のみなので、一人で十分なのだ。
けれど、慣れない仕事は覚えるのも大変で、叱られない日はない。
どんくさいと、ひどい時には、手も足も飛んできた。
召使いって、こんなに大変なものなのか。
少なくとも王城では、そんなことはなかったはずだ。
でも、使う側の人間に、使われる側の気持ちがわかるわけではない。
あまりにものほほんと、気楽に生きてきたと思う。
リカはどんな気持ちで仕えてくれていたのだろう。
思い出すたびに、リカのことが気になり、寂しくなった。
だが、泣きはしなかった。
悲しんで、泣いている暇もないほどに、目まぐるしく、忙しい日々だったから。
唯一ほっとできるのは、店で売られているカルンの水槽を眺めているときだけだった。
それも、店の掃除をしながら、見るだけだったが。
「ラビ。仲間と一緒にいられてよかったね」
考えてみれば、ラビにとっては、この方がいいのだ。
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テオを見つけて、ラビがキュウキュウ飛び跳ねている。
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