逆襲の王女は敵国の王妃をめざす

かじや みの

文字の大きさ
4 / 44
1章 王女、敵国へ潜入する

4 召使いの初仕事

しおりを挟む
 店の奥が住居になっており、貴族の屋敷に負けないくらいの広さと豪華さがあった。

 ヤン王国の豊かさと、ここの旦那さまの商才を表している。

 テオは、奥さまに引き渡された。

 小さい旦那さまに比べて、奥さまは背が高く、横にも大きかった。

「召使いが辞めてしまって、困っていたところなのよ。ちょうどよかったわ」

 中庭に井戸があり、レバーを上下に押して、水を汲み上げる。

 ここで、ラビを洗えると思った。

「ちょっとナタリー、手伝ってちょうだい」

 奥さまが誰かを呼んだ。

「あら、新しい、召使い? ああよかった。召使いに逃げられてどうしようかと思っていたのよ。あんた名前は?」
 現れたのは、奥さまによく似た大きな体格の女だ。
 娘だろう。

「テオと申します」
「着替えを持ってきてあげて。これでは汚くて家にもあげられない」
「わかったわ」

 奥さまは、テオの腕を乱暴に掴んで井戸のそばまで連れて行った。

「ああ汚い。いったいどこで拾ってきたのかしら。どこの浮浪児よ」

 口調も乱暴で、居丈高なものに変わっている。
 本性を現したようだ。

「そこを動くんじゃないよ。水は貴重なんだからね。あんたに使うのはもったいないが、水で流さないと、その汚れは取れないからねえ。まったく」

 大仰に舌打ちした。

 掴まれた腕が痛い。
 どさっとほられるように乱暴に座らされた。

 レバーが押される。
 水がどっと出てきて、テオの頭に落ちてくる。

 冷たい。

 息ができないほどの水量に、思わず喘いだ。
 だが、すぐに止んだ。

「さあ、お脱ぎ。自分で洗濯するんだよ。誰も見てやしないから。早く」

 声が冷たく響く。

「持ってきたわ、お母さま。聞こえていたわよ。こんなところで着替えさせるなんて酷だわ。せめてここでなきゃ、かわいそうよ」
 ナタリーが連れて行ったのは、物置小屋だ。

「早くおし。仕事がたあんと待っているんだから」
「なんでカルンなんて持っているのかしら」
 ラビがひょいと取り上げられた。
「あ、返して!」
 思わず叫んで腕を伸ばした。

「こんなもの、持ってたら仕事にならないじゃないの。店のやつと一緒にしておくわね」
「やめて!」
 追いかけて行こうとして、足蹴にされた。

「召使いの分際で、口ごたえするんじゃないわよ」

「この子は、お仕置きが必要なようね」

 テオははっとした。

 反抗してはだめだ。
 復讐のために、私は、ここに来たのだ。
 これしきのこと、耐えなければ。

「申し訳ございません」

 耐えるのよ、テオ。

 自分で自分を励ましておさえる。
 歯を食いしばった。

「すぐに着替えます」

 考えてはだめ。
 感覚を麻痺させるのだ。

 もう、王女じゃない。

 物置小屋に入り、着替え始めた。



 召使いとしての暮らしが始まった。

 主な仕事は掃除だった。

 洗濯物は集めておく。
 業者に引き渡すのだ。

 テオのものは、自分で洗う。

 食事は専用にコックがいて、できた食事を運んでいけばよい。

 貴族のように何人も召使いがいるわけではなかった。

 店で働く人はみんな通いで、世話をするのは旦那さまの家族のみなので、一人で十分なのだ。

 けれど、慣れない仕事は覚えるのも大変で、叱られない日はない。

 どんくさいと、ひどい時には、手も足も飛んできた。

 召使いって、こんなに大変なものなのか。

 少なくとも王城では、そんなことはなかったはずだ。

 でも、使う側の人間に、使われる側の気持ちがわかるわけではない。

 あまりにものほほんと、気楽に生きてきたと思う。

 リカはどんな気持ちで仕えてくれていたのだろう。
 思い出すたびに、リカのことが気になり、寂しくなった。

 だが、泣きはしなかった。

 悲しんで、泣いている暇もないほどに、目まぐるしく、忙しい日々だったから。

 唯一ほっとできるのは、店で売られているカルンの水槽を眺めているときだけだった。
 それも、店の掃除をしながら、見るだけだったが。

「ラビ。仲間と一緒にいられてよかったね」
 考えてみれば、ラビにとっては、この方がいいのだ。

 誰かに買われないことだけを願った。

 テオを見つけて、ラビがキュウキュウ飛び跳ねている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚
恋愛
婚約破棄の濡れ衣を着せられ、すべてを失った侯爵令嬢フェリシア。 絶望の果てに辿りついた隣国で、彼女の人生は思わぬ方向へ動き始める。 「君はもう一人じゃない。私の護る場所へおいで」 手を差し伸べたのは、冷徹と噂される隣国公爵――だがその本性は、驚くほど甘くて優しかった。 新天地での穏やかな日々、仲間との出会い、胸を焦がす恋。 そして、フェリシアを失った母国は、次第に自らの愚かさに気づいていく……。 過去に傷ついた令嬢が、 隣国で“執着系の溺愛”を浴びながら、本当の幸せと居場所を見つけていく物語。 ――「婚約破棄」は終わりではなく、始まりだった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。 涙を流して見せた彼女だったが── 内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。 実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。 エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。 そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。 彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、 **「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。 「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」 利害一致の契約婚が始まった……はずが、 有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、 気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。 ――白い結婚、どこへ? 「君が笑ってくれるなら、それでいい」 不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。 一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。 婚約破棄ざまぁから始まる、 天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー! ---

殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上
恋愛
※断罪シーンは4話からです。 「……位置よし。座標、誤差修正なし」 私はホールのちょうど中央、床のモザイク模様が星の形を描いている一点に立ち、革靴のつま先をコンコンと鳴らしました。 「今日、この場に貴様を呼んだのは他でもない。貴様の、シルヴィアに対する陰湿な嫌がらせ……、そして、未来の国母としてあるまじき『可愛げのなさ』を断罪するためだ!」 会場がざわめきます。 「嫌がらせ?」 「あの公爵令嬢が?」 殿下は勢いづいて言葉を続けました。 しかし、この断罪劇は、誰も予想しなかった方向へと転がり始めたのです。

処理中です...