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1章 王女、敵国へ潜入する
5 出会い
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「テオ、なにしているの? 早く手伝ってちょうだい!」
苛立たしげなナタリーの声がする。
「はい。ただいま!」
今日は、王城主催の舞踏会が開かれる日だった。
奥さまとナタリーが出席することになっていた。
この日のために用意されたドレスで着飾って王城へ行く。
一般の人たち、それでも、有力者に限られるが、王城に入れるまたとない機会だ。
ヤン王国は、リアよりも大きな国なので、舞踏会も規模が大きく、華やかなのだろう。
リア王国でも、度々開かれて、楽しい時を過ごしたことを思い出す。
もちろん、召使いのテオが行けるところではない。
ナタリーは体が大きいので、ドレスも特注のものだった。
豊かな胸元を大胆にあけた、鮮やかなブルーのドレスは大人っぽくて、テオが見ても美しさにうっとりしてしまう。
テオはドレスを着慣れていたので、着せるのは、難なくできた。
「あら、うまいじゃないの」
「ありがとうございます」
「テオ、こっちもお願い」
「はい」
奥さまのドレスは、胸元は多く開いてはいるが、すっきりとしたデザインにブラウンの落ち着いた色が上品だった。
髪は専門の美容師に結ってもらっている。
着飾った二人は、見違えるほど美しくなり、いつにも増して、自信に満ちている。
「第二王子、リュークンさまのお目に止まったりしないかしら」
奥さまが、ナタリーを眺めて言った。
「そんなことはないわよ、お母さま。他国のお姫様もいらっしゃるのだから。むりむり」
まんざらでもない口調でナタリーが笑った。
「リュークンさま・・・?」
テオが思わず呟いた。
「今日の舞踏会は、王子のお嫁さん探しも兼ねているんですってよ」
上機嫌なナタリーが、テオに教えてくれた。
「行ってらしゃいませ」
華やかな場所が大好きな二人が意気揚々と、部屋を出ていく。
舞踏会に行けなくても、二人がいないと思うだけで、屋敷の空気が軽くなり、ほっとした。
部屋を片付けと、掃除をしておく。
王子の花嫁選びか・・・。
叱られることも、いじめられることもなく、貴重な束の間の休息なのに、なんで気持ちは晴れないの?
会ったこともない人。
誰と結婚しようが、もう、関係ない。
と思うのだが、なぜかモヤモヤした。
モヤモヤしてしまうのは、おそらく、自分と比べてしまうから。
勝者と敗者の違いだ。
みじめな自分が、余計にみじめに感じてしまう。
「なんで泣けてくるんだろう」
悔しい。
「何を泣いているんだい?」
不意に声をかけられて、びくっとした。
ぼんやりして、人が近づいてきたのに気づかなかった。
振り返ると、ナタリーの婚約者、キルクだった。
同業の商人の息子で、婿に入ることが決まっていた。
「お嬢さまは、舞踏会に・・・」
「知ってるよ。だから来たんじゃにか。母上もいないし、こんなことは滅多にないからね」
キルクがニヤニヤしながら近づいてくる。
「また泣かされたのかい。かわいそうに。召使いは大事にしなきゃいけないのにね。僕が優しくしてあげるからね」
「いや!」
抱きしめにくるのを、押し退けて逃げた。
ナタリーに会いにくるキルクの視線が、時々いやらしくまとわりつくのを感じて、ゾッとしていたのだ。
「逃げなくていい。婿に入っても、可愛がってあげるよ」
「やめてください!」
掴まれた腕を振り解いて、なんとか店まで逃げ、外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
王子は、舞踏会に出席するために、王都に入っていた。
だが、王城にいても落ち着かず、街に出てきた。
もう舞踏会は始まる頃だろう。
「どちらに行かれるのです?」
ヤリスが慌てて追いかけてくる。
王子だと一目でわかるような衣装は着替えて、置いてきた。
ガウンを羽織り、目立たないようにしている。
「くだらない」
このまま帰りたいくらいだ。
政略結婚ではなく、自分で選んでいいと言うが、兄の息のかかった姫を紹介されるに決まっている。
何もかも兄の思い通りになるのが嫌で、出席したくない。
父王は、もう表には出で来られなくなってはいるが、幸い奥で御療養中だった。
会えれば、それで王都に来た甲斐もある。
王がお隠れになれば、もう王城へなんか来たくない。
会場では、姿の見えなくなった王子を慌てて探すだろうか。
いいきみだ。
「どうされたのですか」
「少し風に当たりたい。王子と呼ぶなよ」
「は」
広場に出た。
もう夜になったが、街灯が灯され、真っ暗にはならない。
今夜は、市民までが華やかな気分になるのか、人出も多く、にぎやかな雰囲気だった。
誰かがこちらに向かって走ってくる。
「誰か、捕まえてくれ。召使いが逃げたんだ!」
男の声が、走ってくる者を追いかけている。
すぐ脇をすり抜けて行こうとする、召使いの腕を、ほとんど無意識に掴んでいた。
鋭い視線が、突き刺すように見上げてきた。
「・・・」
この目は、どこかで・・・。
「捕まえていただいて、ありがとうございます」
追いかけてきた男が、荒い息をととのえながら、頭を下げてきた。
「家はどこか。また逃げるかもしれんから、送っていってやろう」
このまま引き渡す気になれず、そう言った。
召使いはまだ少女と言っていいほど若い。
逸らした目が、絶望の色を帯びるのを見て、稲妻が走るように思い出していた。
あのときの少女だ。
苛立たしげなナタリーの声がする。
「はい。ただいま!」
今日は、王城主催の舞踏会が開かれる日だった。
奥さまとナタリーが出席することになっていた。
この日のために用意されたドレスで着飾って王城へ行く。
一般の人たち、それでも、有力者に限られるが、王城に入れるまたとない機会だ。
ヤン王国は、リアよりも大きな国なので、舞踏会も規模が大きく、華やかなのだろう。
リア王国でも、度々開かれて、楽しい時を過ごしたことを思い出す。
もちろん、召使いのテオが行けるところではない。
ナタリーは体が大きいので、ドレスも特注のものだった。
豊かな胸元を大胆にあけた、鮮やかなブルーのドレスは大人っぽくて、テオが見ても美しさにうっとりしてしまう。
テオはドレスを着慣れていたので、着せるのは、難なくできた。
「あら、うまいじゃないの」
「ありがとうございます」
「テオ、こっちもお願い」
「はい」
奥さまのドレスは、胸元は多く開いてはいるが、すっきりとしたデザインにブラウンの落ち着いた色が上品だった。
髪は専門の美容師に結ってもらっている。
着飾った二人は、見違えるほど美しくなり、いつにも増して、自信に満ちている。
「第二王子、リュークンさまのお目に止まったりしないかしら」
奥さまが、ナタリーを眺めて言った。
「そんなことはないわよ、お母さま。他国のお姫様もいらっしゃるのだから。むりむり」
まんざらでもない口調でナタリーが笑った。
「リュークンさま・・・?」
テオが思わず呟いた。
「今日の舞踏会は、王子のお嫁さん探しも兼ねているんですってよ」
上機嫌なナタリーが、テオに教えてくれた。
「行ってらしゃいませ」
華やかな場所が大好きな二人が意気揚々と、部屋を出ていく。
舞踏会に行けなくても、二人がいないと思うだけで、屋敷の空気が軽くなり、ほっとした。
部屋を片付けと、掃除をしておく。
王子の花嫁選びか・・・。
叱られることも、いじめられることもなく、貴重な束の間の休息なのに、なんで気持ちは晴れないの?
会ったこともない人。
誰と結婚しようが、もう、関係ない。
と思うのだが、なぜかモヤモヤした。
モヤモヤしてしまうのは、おそらく、自分と比べてしまうから。
勝者と敗者の違いだ。
みじめな自分が、余計にみじめに感じてしまう。
「なんで泣けてくるんだろう」
悔しい。
「何を泣いているんだい?」
不意に声をかけられて、びくっとした。
ぼんやりして、人が近づいてきたのに気づかなかった。
振り返ると、ナタリーの婚約者、キルクだった。
同業の商人の息子で、婿に入ることが決まっていた。
「お嬢さまは、舞踏会に・・・」
「知ってるよ。だから来たんじゃにか。母上もいないし、こんなことは滅多にないからね」
キルクがニヤニヤしながら近づいてくる。
「また泣かされたのかい。かわいそうに。召使いは大事にしなきゃいけないのにね。僕が優しくしてあげるからね」
「いや!」
抱きしめにくるのを、押し退けて逃げた。
ナタリーに会いにくるキルクの視線が、時々いやらしくまとわりつくのを感じて、ゾッとしていたのだ。
「逃げなくていい。婿に入っても、可愛がってあげるよ」
「やめてください!」
掴まれた腕を振り解いて、なんとか店まで逃げ、外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
王子は、舞踏会に出席するために、王都に入っていた。
だが、王城にいても落ち着かず、街に出てきた。
もう舞踏会は始まる頃だろう。
「どちらに行かれるのです?」
ヤリスが慌てて追いかけてくる。
王子だと一目でわかるような衣装は着替えて、置いてきた。
ガウンを羽織り、目立たないようにしている。
「くだらない」
このまま帰りたいくらいだ。
政略結婚ではなく、自分で選んでいいと言うが、兄の息のかかった姫を紹介されるに決まっている。
何もかも兄の思い通りになるのが嫌で、出席したくない。
父王は、もう表には出で来られなくなってはいるが、幸い奥で御療養中だった。
会えれば、それで王都に来た甲斐もある。
王がお隠れになれば、もう王城へなんか来たくない。
会場では、姿の見えなくなった王子を慌てて探すだろうか。
いいきみだ。
「どうされたのですか」
「少し風に当たりたい。王子と呼ぶなよ」
「は」
広場に出た。
もう夜になったが、街灯が灯され、真っ暗にはならない。
今夜は、市民までが華やかな気分になるのか、人出も多く、にぎやかな雰囲気だった。
誰かがこちらに向かって走ってくる。
「誰か、捕まえてくれ。召使いが逃げたんだ!」
男の声が、走ってくる者を追いかけている。
すぐ脇をすり抜けて行こうとする、召使いの腕を、ほとんど無意識に掴んでいた。
鋭い視線が、突き刺すように見上げてきた。
「・・・」
この目は、どこかで・・・。
「捕まえていただいて、ありがとうございます」
追いかけてきた男が、荒い息をととのえながら、頭を下げてきた。
「家はどこか。また逃げるかもしれんから、送っていってやろう」
このまま引き渡す気になれず、そう言った。
召使いはまだ少女と言っていいほど若い。
逸らした目が、絶望の色を帯びるのを見て、稲妻が走るように思い出していた。
あのときの少女だ。
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